第10話 ロストチートログ
神様不在もそろそろ放っては置けないことになってきた。
単に拗ねているだけでもないだろう。
何かしら情報を得るため、俺は何か手掛かりを探すことにした。
「ミカ、鍵は?」
「臨時権限を取得。神アーカイブ、開きます。」
「留守中に書庫を漁る。書類整理も立派な職務だな。」
「不法侵入です。」
「それっぽい顔してれば、大抵のことは職務になるのさ。」
扉が開く。
光の棚が無数に立ち上がり、声のノイズが空に漂った。
世界の履歴書みたいな場所だ。
「再生します。」
『……チートとは、人間の欲望、願望の切れ端だ。
放置すると世界に散らばってしまう。だから、私が整理する必要がある。』
「神の日記みたいなものか。」
『配るのは仕事の半分。半分は、捨てること。』
「配布と廃棄。物流業だな。」
「言い方が現実的です。」
別のログが滲む。
『未採用チート一覧――“誰かを完全に理解する”“永遠に後悔しない”“現実を完璧にする”。』
「全部アウトくさいな。」
「不採用理由、“現実を壊す恐れ”。」
「珍しく判断がまともだな。ちゃんと仕事してる。」
「記録に残します。」
「やめとけ。調子に乗られても困る。」
光の棚の奥で、小さなファイルが点滅した。
ラベルは読めない。
再生を試みると、ノイズ混じりに短い声が流れた。
「…にた…ない。………生き…い…」
途切れた。
どこか懐かしい響きだった。
「古いデータですね。」
「消えかけてるみたいだな。」
「再生しますか?」
「いや、やめとこう」
白井は棚を閉じた。
出口のあたりで、端末が勝手に起動する。
日付は、神が消える前日。
『私の作った世界とはそれほどまでにつまらないものだったのだろうか
白井君、私は少し休む。』
「…逃げ口上が重たいな。」
「業務委譲とも言えます。」
「言葉遊びで仕事を押し付けてほしくないもんだな。」
神界オフィス。
椅子は空、コーヒーは薄い。
机に付箋が一枚。
《倉庫を勝手に開けた罰は給与天引き —神》
「どっかで見てんのかよ!」
「腐っても神ですね」
「ちょっと心配だからさっさと戻ってこい!」
窓の外、雲の縁が街の光で濡れていた。
欲望は今日もあふれていて、それでも世界は回り続ける
──現実補正係、書類整理として稼働中。




