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第32話「法廷への道のり」

第32話より、第2部のスタートです。

 王国軍徴用令が発表された翌日の深夜、セレスティアは小屋の机に向かって法的文書の作成に没頭していた。


 ろうそくの炎が揺らめく中、王立学院で学んだ法学の知識を総動員して、徴用令の不当性を証明する抗議書を執筆している。


「まず、徴用令発令の法的根拠から検証しましょう」


 王国法第三編「国家緊急時の特別措置」を詳細に検討する。



 徴用が許可される条件として、「明確かつ現在の危険」「他の手段では対処不可能な緊急性」「国民の生命財産への直接的脅威」の三要件すべてを満たす必要がある。


「現在の魔族の活動状況では、これらの要件を満たしているとは言えません」


 セレスティアのペンが羊皮紙の上を滑る。


 次に手続きの適正性を検証した。


「徴用令の発令から実行までは最低二週間の準備期間が必要」という王国法の規定に対し、今回は一週間しか与えられていない。


「これは明らかな手続き違反です」


 さらに、徴用対象者の選定基準も問題だった。


「軍事的効率性を考慮すれば、人口の多い都市部から徴用するのが合理的」


 しかし今回は、辺境の小村から非効率的に徴用しようとしている。


「この選定基準は軍事合理性を著しく欠いている」


 一つ一つの問題点を法的根拠と共に整理し、論理的に構築していく。


 最後に、徴用令の背景にある政治的意図についても言及した。


「特定個人への嫌がらせを目的とした徴用令は、王国法の精神に反する」


 レオンから得た情報によると、この徴用令はマリアンヌの建言によるものだという証拠もある。


「権力の私的濫用として、厳しく糾弾されるべき行為です」


 夜が白み始める頃、ついに完璧な抗議書が完成した。


「これなら、王宮法廷でも十分に通用するでしょう」


 法的論理に隙はない。手続きの瑕疵、軍事合理性の欠如、政治的濫用の疑い。すべてを網羅した完璧な法的文書だった。


 しかし、相手は王国そのものだ。法的に正しいからといって、必ずしも勝利できるとは限らない。


「でも、戦わなければ絶対に負けます」


 セレスティアは決意を新たにした。


 翌朝、村民集会でセレスティアは抗議書の完成を報告した。


「皆さんの協力で、法的に完璧な抗議書ができました」


 村人たちの表情に希望の光が宿る。


「でも、法廷で戦うためには、さらに多くの証拠が必要です」


「どのような証拠でしょうか?」


 ゲルハルト村長が尋ねる。


「まず、村の詳細な人口構成です」


 セレスティアが説明を始める。


「年齢別、職業別、家族構成別の正確なデータが必要です」


「それは村の台帳でわかります」


「ありがとうございます。次に経済状況の詳細データです」


「農作物の生産量、織物工房の売上、税収の推移」


「過去五年間の変化も含めて、すべて記録する必要があります」


 村人たちは真剣に聞いていた。


「そして、魔物被害の実態です」


「被害の頻度、規模、対処方法」


「レオン様一人でどの程度対処できているかの詳細な記録」


 ハンスが手を上げた。


「私たちにできることはなんでも協力します」


「ありがとうございます。皆さんの証言も重要な証拠になります」


 セレスティアが村人一人一人を見回す。


「特に、徴用対象となる男性の方々には、それぞれの村での役割を詳しく記録していただきたいのです」


「農作業での専門技術、家族への経済的責任、村の防衛への貢献」


「これらがすべて、徴用による村への打撃を証明する材料となります」


 ベルントが立ち上がった。


「私は小麦の品種改良を担当しています」


「私がいなくなれば、来年の収穫に大きな影響が出ます」


「それです。そういう具体的な影響を、すべて文書化する必要があります」


 女性たちも協力を申し出た。


「私たちも証言できます」


「夫がいなくなったら、どんなに困るか」


「子どもたちへの影響はどうなるか」


「織物工房の運営にどんな支障が出るか」


 アガサが涙ながらに訴える。


「私たちの生活がどれほど破綻するか、詳細に記録しましょう」


 セレスティアは感動していた。


村人全員が一丸となって、この困難に立ち向かおうとしている。


「皆さんの協力があれば、必ず勝利できます」


「法廷では、私たちの絆の強さも証拠になります」


 エルナ婆が杖をついて立ち上がった。


「セレス、お前が来てから、この村は本当に変わった」


「最初は追放された令嬢を警戒していたが」


「今では、お前なしの村など考えられない」


「それが一番の証拠じゃないかね」


 村人たちが大きく頷いた。


「そうです。セレス姫様は私たちの家族です」


「家族を引き離すような命令は、絶対に許せません」


 その場にいる全員の結束が、目に見えるほど強固になった。


 午後になると、レオンが重要な情報を持って帰ってきた。


「王都の知り合いから連絡があった」


 セレスティアと二人きりになると、レオンが報告を始める。


「この徴用令の背景について、かなり詳しい情報を入手できた」


「どのような内容ですか?」


「やはり、マリアンヌの策謀だった」


 レオンの表情が険しくなる。


「彼女は王太子に『辺境の反乱分子を監視下に置くべき』と進言したらしい」


「反乱分子?」


「君のことだ」


「私が反乱分子?」


 セレスティアは驚いた。


「マリアンヌの主張によると、『追放されたにも関わらず辺境で影響力を拡大している』『王国への反乱を企てている可能性がある』ということらしい」


「そんな馬鹿な」


「もちろん、根拠のない中傷だ」


 レオンが憤りを隠さない。


「だが、王太子はそれを信じて徴用令を発令した」


「つまり、村の男性たちを王都に連れて行き、君から離すことで君の影響力を削ぐという目的だ」


 その政治的意図の卑劣さに、セレスティアは怒りを覚えた。


「でも、これは逆に私たちにとって有利な証拠になりますね」


「どういうことだ?」


「徴用令の真の目的が軍事的必要性ではなく、個人的な嫌がらせだという証明になります」


 セレスティアの法的思考が冴える。


「権力の私的濫用として、王宮法廷でも厳しく糾弾されるはずです」


「なるほど。確かにそうだな」


 レオンも理解した。


「他にも情報がある」


「王宮内でも、この徴用令に疑問を持つ貴族がいるようだ」


「それは心強いですね」


「特に、君の法廷での論戦を評価している者もいる」


「前回の税務問題での君の手腕を覚えている貴族たちだ」


 この情報は希望的だった。


「完全に孤立無援というわけではなさそうですね」


「ああ。戦える環境は整いつつある」


 レオンがセレスティアの手を取る。


「俺も全力で支援する」


「騎士としての人脈を最大限活用する」


「ありがとうございます」


 二人の連携で、この困難を乗り越える道筋が見えてきた。


 夕方の見回りで、レオンとセレスティアは村の将来について語り合った。


「もしも法廷で敗れたら」


「敗れません」


 レオンがセレスティアの言葉を遮る。


「絶対に敗れさせない」


 その決意の強さに、セレスティアは驚いた。


「でも、相手は王国です」


「王国だろうとなんだろうと関係ない」


 レオンの瞳に、今まで見たことのない炎が燃えている。


「俺は君とこの村を絶対に守る」


「レオン」


「君は俺の光だ」


 レオンが立ち止まってセレスティアを見つめる。


「この村の人たちは俺の家族だ」


「大切なものを奪おうとする者は、たとえ王であっても許さない」


 その言葉には、以前とは違う強さがあった。


 単なる騎士としての義務感ではなく、愛する者を守りたいという個人的な感情が込められている。


「君がこの村に来てから、俺の世界は変わった」


「守るべきものができた」


「生きる意味を見つけた」


 レオンの告白に、セレスティアの胸が熱くなる。


「それを奪おうとする者には、俺の全てを賭けて戦う」


「たとえ王国全体を敵に回しても」


 その決意は、もはや騎士の使命を超えていた。


 愛する女性と、愛する村のための、純粋で強烈な意志。


「私も同じ気持ちです」


 セレスティアが応える。


「この村で本当の家族を見つけました」


「あなたという愛する人にも出会えました」


「もう二度と、大切なものを奪われたくありません」


 二人の決意が重なり合う。


「俺たちなら必ず勝てる」


「はい。必ず勝利します」


 月明かりの下で、二人は強く手を握り合った。


 明日からの戦いは厳しいものになるだろう。


 しかし、愛する人と愛する村のために。


 二人は最後まで戦い抜く覚悟を固めていた。


「この村と君を絶対に守る」


 レオンの誓いが、静かな夜に響いた。


 その言葉には、単なる保護欲を超えた、深い愛情が込められている。


 まだ「溺愛」とまでは言えないが、確実にレオンの愛情の質が変化し始めていた。


 セレスティアを失うことへの恐怖と、彼女を守りたいという強烈な欲求。


 それが、やがて圧倒的な愛情表現へと発展していくのだろう。


 明日は王都への出発だ。


 新たな戦いが、今始まろうとしていた。

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