第30話「王国軍徴用令と新たな危機」
レオンと愛を確認し合ってから一週間後の朝、セレスティアは織物工房で新しいデザインの検討をしていた。
隣国からの注文が増え続けており、より多様な製品を提案する必要があった。村の経済状況は劇的に改善し、将来への希望に満ちていた。
「セレス姫様、大変です」
アガサが慌てた様子で工房に駆け込んできた。
「どうかしましたか?」
「王都から使者が来ています。それも、今度は王国軍の将校が」
セレスティアの表情が引き締まった。前回の税務官とは格が違う。軍の将校が直接来るということは、相当重大な件だ。
「わかりました。すぐに行きます」
工房の作業を中断して、セレスティアは村の中央広場に急いだ。
そこには、きらびやかな軍服に身を包んだ中年の将校が立っていた。騎馬で来たようで、立派な軍馬が繋がれている。
村人たちは緊張した面持ちで、遠巻きに様子を窺っていた。
「私がこの村の顧問を務めているセレスティア・ルクレールです」
「ほう、噂の追放令嬢か」
将校が無礼な視線でセレスティアを見回す。
「我が名はアルベルト・シュタイナー大佐。王国軍西方方面軍所属だ」
「本日はなんの御用でしょうか?」
「勅命を伝えに来た」
アルベルト大佐が羊皮紙の巻物を取り出す。
「国王陛下の御名において、ケースラント村に重大な命令が下された」
村人たちの間に、不安の波が広がった。
「勅命の内容は」
大佐が巻物を広げて読み上げ始める。
「『魔族の脅威増大に対処するため、辺境各村の成年男子を王国軍に徴用する』」
「徴用?」
セレスティアが驚いた。
「そうだ。十八歳から四十歳までの健康な男子は、すべて王国軍に入隊せよとの命令だ」
その内容に、村人たちは愕然とした。
「そんな、急に言われても」
「家族はどうなるのですか」
「農作業は誰がするんですか」
村人たちから不安の声が上がったが、大佐は冷淡に答えた。
「王国の安全保障が最優先だ。個人の事情は二の次だ」
「でも、この村には魔物の脅威があります」
セレスティアが抗議する。
「男性たちがいなくなったら、村を守ることができません」
「それは辺境騎士の仕事だ」
大佐がレオンの方を見る。
「レオン・ヴォルフガング。お前もこの命令を承知しているはずだ」
レオンは厳しい表情で立っていたが、何も答えなかった。
「返答期限は一週間だ」
大佐が巻物を丸める。
「来週の今日、徴用対象者をすべて連れて王都に向かう」
「一週間では短すぎます」
「王国の命令に議論の余地はない」
大佐が馬に跨る。
「準備を怠るな。遅れれば村全体の責任となる」
そう言い残して、大佐は馬を走らせて去っていった。
広場には重苦しい沈黙が残された。
将校が去った後、村人たちは呆然としていた。
「徴用だって」
「男性全員が連れて行かれるなんて」
「そんなことになったら、村はどうなるんだ」
徐々に現実が理解されるにつれて、絶望の声が広がっていく。
「ハンス、お前も対象年齢だな」
「ベルントも、ヨハンも」
「若い男性はほとんど全員だ」
ケースラント村の男性で、徴用対象となるのは十二人。村の総人口五十人余りの中で、働き盛りの男性の大部分に相当する。
「農作業はどうするんだ」
「重労働は男手がないと無理だ」
「魔物が現れたら、だれが戦うんだ」
次々と現実的な問題が指摘される。
特に深刻なのは、家族の分離だった。
「パパ、どこに行くの?」
幼い子どもがハンスにしがみつく。
「王都に、お仕事に行かなければならないんだ」
「いつ帰ってくるの?」
「それは、わからない」
ハンスが苦しそうに答える。
戦争が長期化すれば、帰還は何年後になるか分からない。最悪の場合、二度と帰ってこない可能性もある。
「お母さん、泣かないで」
別の家族でも、同様の光景が繰り広げられている。
妻たちは涙を流し、子どもたちは状況を理解できずに困惑している。
「なんとかならないのでしょうか」
年配の女性マリアがセレスティアに縋るような目を向ける。
「王国の命令とはいえ、あまりに理不尽です」
「そうですね」
セレスティアも困惑していた。
「でも、王命に逆らうことは」
村長のゲルハルトが重々しく口を開く。
「反逆罪に問われる可能性があります」
その言葉に、村人たちはさらに絶望した。
「では、従うしかないのですか」
「大切な家族を、戦場に送るしかないのですか」
涙ながらの訴えに、セレスティアは胸が痛んだ。
せっかく平和で幸せな村になったのに、今度は戦争によって家族が引き裂かれる。
「なにか方法があるはずです」
セレスティアが立ち上がる。
「諦めるのは早すぎます」
「でも、王命ですよ」
「王命にも、法的な手続きがあります」
セレスティアの法律知識が頭の中で整理される。
「不当な命令であれば、正式な抗議手続きが存在するはずです」
その言葉に、村人たちの目に希望の光が宿った。
「本当ですか?」
「可能性はあります。ただし」
セレスティアが現実的な問題も指摘する。
「手続きには時間がかかります。一週間では困難かもしれません」
「それでも、挑戦する価値はある」
エルナ婆が力強く宣言する。
「黙って従うよりも、戦う方がましだ」
村人たちも頷いた。
「セレス姫様に任せましょう」
「私たちも協力します」
絶望から希望へと、村の雰囲気が変わっていく。
しかし、セレスティアは大きな責任を感じていた。
村人たちの期待に応えられるだろうか。一週間という短期間で、王命に対抗する手段を見つけることができるだろうか。
夕方、セレスティアはレオンと二人きりで話すことにした。
彼もまた、今回の徴用令で複雑な立場に置かれている。
「レオン、あなたはどう思われますか?」
村はずれの丘で、セレスティアが尋ねる。
「正直に言うと、非常に困っている」
レオンが重いため息をつく。
「騎士として、王命に背くことはできない」
「でも、村の人たちを見捨てることもできない」
その板挟みの苦しみが、レオンの表情に現れていた。
「この徴用令、明らかに異常だと思いませんか?」
「どういうことだ?」
「魔族の脅威が本当にそれほど深刻なら、なぜ辺境の小さな村から徴用するのでしょう」
セレスティアの指摘に、レオンは考え込んだ。
「確かに、効率的ではないな」
「王都周辺の大きな町や都市から徴用する方が、はるかに多くの兵力を確保できます」
「それに、辺境の村から男性を徴用すれば、その村の防御力は著しく低下する」
セレスティアの分析は論理的だった。
「魔族対策としては、逆効果とも言えます」
「では、なぜこのような命令が」
「嫌がらせの可能性があります」
セレスティアが推測を述べる。
「私がこの村で幸せに暮らしていることへの、新たな妨害工作かもしれません」
「マリアンヌの仕業か」
「可能性は高いでしょう」
レオンの表情が険しくなった。
「あの女の執念深さは、本当に異常だ」
「でも、それを証明することは困難です」
「そうだな」
レオンが拳を握りしめる。
「俺は騎士として、王命には従わなければならない」
「でも、村の人たちを見殺しにはできない」
その葛藤が、レオンを苦しめていた。
「もし、法的な抗議手続きが可能なら」
「可能なら?」
「俺も協力する」
レオンが決意を込めて言う。
「騎士の立場を利用して、情報収集や証拠集めを手伝う」
「本当ですか?」
「ああ。君と村のためなら、多少のリスクは覚悟している」
その言葉に、セレスティアは感動した。
レオンが自分の立場を危険にさらしてまで、村を守ろうとしてくれている。
「ありがとうございます」
「俺たちは運命共同体だ」
レオンがセレスティアの手を握る。
「君の戦いは、俺の戦いでもある」
「一緒に戦いましょう」
「ああ」
二人の絆は、新たな試練によってさらに強固になった。
愛し合う二人として、そして村を守る戦友として。
その夜、セレスティアは小屋で徴用令への対抗策を検討していた。
王立学院で学んだ法学の知識を総動員して、抗議の根拠を探している。
「まず、徴用の法的根拠を確認しましょう」
王国法の条文を思い出しながら、問題点を整理していく。
徴用令が発令される条件、手続きの適正性、対象者の選定基準。すべてを詳細に検討する必要がある。
「この徴用令、手続きに不備がある可能性があります」
法律的な観点から見ると、いくつかの疑問点が浮かび上がってきた。
まず、徴用の緊急性を証明する魔族の脅威が、実際にはそれほど深刻ではないこと。
次に、辺境の小村からの徴用が軍事的に非効率的であること。
そして、一週間という極端に短い準備期間が、法的手続きとして適切でないこと。
「これらの問題点を整理して、正式な抗議書を作成しましょう」
深夜まで作業を続けて、セレスティアは詳細な法的文書を完成させた。
王国法に基づく徴用令の不当性を、論理的に証明する内容だった。
翌朝、村民集会が緊急開催された。
「皆さん、抗議の方法が見つかりました」
セレスティアが説明を始める。
「この徴用令には、法的な不備がいくつもあります」
「具体的には?」
「まず、緊急性の根拠が不十分です」
セレスティアが整理した問題点を発表する。
「次に、徴用の手続きが法定期間を満たしていません」
「そして、辺境村からの徴用が軍事合理性を欠いています」
村人たちは真剣に聞いていた。
「これらを根拠に、王都に正式な抗議書を提出します」
「抗議書を出せば、徴用は中止されるのですか?」
現実的な質問が出た。
「確実ではありません」
セレスティアが正直に答える。
「でも、法的手続きを開始すれば、少なくとも執行を延期させることができます」
「その間に、さらなる対策を検討できるということですね」
「はい。そして、この徴用令の真の目的を調査することもできます」
セレスティアの提案に、村人たちは希望を見出した。
「やってみましょう」
「私たちも協力します」
「セレス姫様に任せます」
村全体の支持を得て、セレスティアは対抗戦略を本格化させることになった。
しかし、内心では大きな不安も抱えていた。
相手は王国そのものだ。一介の村が対抗できる相手ではない。
「でも、やるしかありません」
セレスティアが決意を固める。
「もう二度と、大切なものを奪われたくありません」
王都で家族の愛情を失い、ここでついに本当の家族を見つけることができた。
レオンという愛する人も、村人たちという大切な仲間も、すべて自分の宝物だ。
「絶対に守り抜きます」
強い決意を胸に、セレスティアは戦いの準備を始めた。
法律知識、交渉術、そして何より愛する人たちを守りたいという強い意志。
すべてを武器にして、王国という巨大な敵に立ち向かう覚悟を決めた。
「レオンと一緒なら、必ず道は見つかります」
愛する人への信頼と、村人たちへの責任感。
その二つが、セレスティアに勇気を与えていた。
明日から始まる戦いは、きっと厳しいものになるだろう。
でも、守るべきものがある限り、絶対に諦めるわけにはいかない。
王国軍徴用令という新たな危機に、セレスティアは毅然として立ち向かう決意を固めた。
愛する村と、愛する人のために。




