第28話「月夜の告白と『俺の光』宣言」
魔物退治の祝賀会から五日が過ぎた夕方、セレスティアは織物工房の帳簿整理を終えたところだった。
隣国との取引が本格化し、注文量が予想以上に増えている。王都の圧力を回避する販路確保は成功していた。
「今日の作業も順調でしたね」
工房で働く村人たちに声をかける。
「セレス姫様のおかげです」
アガサが感謝を込めて答える。
最近、村人たちは自然に「セレス姫様」と呼ぶようになっていた。最初は照れていたセレスティアも、今ではその呼び方に愛情を感じている。
工房を出ると、レオンが入り口で待っていた。
「お疲れ様」
「レオン、お疲れ様。どうかしました?」
いつもと様子が違う。普段の任務的な表情ではなく、何かを決意したような真剣さがあった。
「話したいことがある」
「話?」
「ここではなく、もう少し静かな場所で」
レオンの言葉に、セレスティアは首をかしげた。
秘密の話なのだろうか。それとも重要な任務の相談だろうか。
「村の外に、いい場所を知っている」
「村の外ですか?」
「安全な場所だ。俺が一緒なら心配はいらない」
レオンの言葉に確信があった。
「わかりました」
セレスティアが頷く。
「ただし、あまり遠くには行けませんが」
「大丈夫だ。そう遠くない」
二人は村の北門から外に出た。
夜間の外出は珍しいが、夜警の当番をしている村人は何も言わずに通してくれる。レオンが一緒なら問題ないと信頼されているのだ。
「どちらの方向ですか?」
「北の丘だ」
レオンが松明に火を灯す。
「あまり知られていない場所だが、景色がいい」
「景色を見せたいのですか?」
「それも一つの理由だ」
レオンの答えは曖昧だった。
きっと他にも理由があるのだろう。
夜道を歩きながら、セレスティアは最近のレオンの変化を思い返していた。
以前より話しかけてくることが多くなったし、表情も柔らかくなっている。村人たちとの交流も積極的になった。
「なにか心境の変化があったのかしら」
そんなことを考えているうちに、森の小道を抜けて開けた場所に出た。
「ここだ」
小高い丘の頂上に着くと、眼下に村全体が見渡せた。
「まあ、綺麗」
満月の夜だった。月光が村の屋根や畑を銀色に照らし、まるで絵画のような美しさだった。
「こんなに美しい場所があったなんて」
家々の窓に灯る温かいオレンジ色の明かり。織物工房の煙突から立ち上る白い煙。畑に植えられた作物が風に揺れる様子。
すべてが平和で、愛おしく見えた。
「俺の特別な場所だ」
レオンが松明を地面に立てて、隣に座る。
「特別な場所?」
「考え事をするとき、いつもここに来ていた」
セレスティアもレオンの隣に腰を下ろす。
草の感触が柔らかく、夜風が心地よい。
「どのようなことを考えていたのですか?」
「色々だ。過去のこと、現在のこと、未来のこと」
レオンが空を見上げる。
「でも、最近は一つのことばかり考えている」
「一つのこと?」
「君のことだ」
セレスティアの心臓が跳ね上がった。
「私のこと、ですか」
「ああ。君がどれほど素晴らしい人なのか」
「どれほど村のために尽くしているのか」
「そして、俺にとってどれほど大切な存在になったのか」
レオンの言葉に、セレスティアは戸惑いを感じた。
いつもより、言葉の調子が違う。より感情的で、個人的な響きがある。
「この景色も、君と一緒に見ると全く違って見える」
「どのように違うのですか?」
「より美しく、より意味深く感じられる」
レオンがセレスティアを見つめる。
月光が彼の顔を照らし、普段は見せない繊細な表情が浮かんでいた。
「一人で見ていたときは、ただの風景だった」
「でも、君と一緒だと、守るべき宝物に見える」
その言葉に、セレスティアの胸が熱くなった。
「レオン」
「君に見せたかった。俺が愛するこの村の姿を」
「愛する、ですか」
「ああ。俺はこの村を愛している」
レオンが確信を持って答える。
「そして、この村で君と出会えたことを感謝している」
セレスティアは言葉を失った。
レオンがこれほど感情的に話すのを聞いたことがない。
「君が来る前、俺は生きているだけだった」
「ただ任務を遂行し、村を守り、それだけの日々だった」
「でも、君が来てからは違う」
「毎日に意味を感じるようになった」
レオンの言葉には、深い真実が込められていた。
「君のおかげで、俺は本当の意味で生きているのかもしれない」
夜風が二人の髪を優しく撫でていく。
虫の鳴き声と、遠くで聞こえる村の生活音。
すべてが静謐で、特別な時間だった。
「セレス」
レオンが改めてセレスティアを見つめる。
月光の下で、彼女の美しさが際立って見えた。外見の美しさではなく、内面から輝く美しさが。
「俺は君に、正直な気持ちを伝えたい」
「正直な気持ち?」
「ああ。もう隠していても仕方がない」
レオンが深呼吸をする。
「俺は君を愛している」
明確な愛の告白だった。
セレスティアの心臓が激しく鼓動し始める。
「君は俺の光だ」
「光」
「そうだ。暗闇に包まれていた俺の人生に、君という光が射し込んだ」
レオンの言葉には、深い感情が込められていた。
「家族を失ってから、俺は心を閉ざしていた」
「だれも愛さない、だれにも愛されない、そう決めていた」
「でも、君が現れて、すべてが変わった」
レオンがセレスティアの手を取る。
「君の優しさ、君の強さ、君の美しさ」
「すべてが俺の心を溶かしていった」
「気づいたら、君のことばかり考えている自分がいた」
セレスティアは混乱していた。
嬉しい気持ちと、戸惑いの気持ちが入り混じっている。
「君が笑っていると、俺も嬉しくなる」
「君が悲しんでいると、俺も辛くなる」
「君が危険な目に遭うと、俺は我を忘れる」
「それが愛というものなのだと、君が教えてくれた」
レオンの告白は続く。
「俺は長い間、愛することを忘れていた」
「感情を殺して、機械のように任務をこなすだけだった」
「でも、君といると人間らしい感情を思い出す」
「喜怒哀楽、すべての感情がよみがえってくる」
セレスティアの目に涙が浮かんだ。
「君は俺に、生きる意味を与えてくれた」
「この村を守る理由も、君がいるからこそ意味がある」
「君がいない村など、俺には価値がない」
その言葉の重さに、セレスティアは圧倒された。
「そんな、そこまで」
「本当のことだ」
レオンが真剣な表情で答える。
「君は俺の光であり、希望であり、未来だ」
「君なしの人生など、もう考えられない」
レオンの瞳には、揺るぎない決意があった。
「だから、俺と一緒にいてほしい」
「一緒に、ですか」
「ああ。この村で、俺と共に生きてほしい」
「君の人生を、俺に預けてほしい」
それは事実上のプロポーズに近い言葉だった。
「君を幸せにすることが、俺の使命だ」
「君を守ることが、俺の生きる意味だ」
「君を愛することが、俺の人生のすべてだ」
レオンの告白に、セレスティアは言葉を失った。
これほど真摯で、これほど深い愛情を向けられたことは今まで一度もない。
王太子との関係は政略的なものでしかなく、真の愛情など存在しなかった。
でも、レオンの言葉には嘘偽りがない。心の底からの真実の愛情があった。
「君の答えを急かすつもりはない」
レオンが優しく付け加える。
「君が自分の気持ちを整理するまで、いくらでも待つ」
「でも、俺の気持ちだけは伝えておきたかった」
「君は俺の光だ、ということを」
月夜の丘で交わされた愛の告白。
セレスティアにとって、人生で最も特別な夜になった。
「レオン」
セレスティアが震え声で名前を呼ぶ。
胸の奥で何かが激しく脈打っている。今まで感じたことのない感情の高まりだった。
「あなたの気持ちは、よくわかりました」
「でも、私は」
言いかけて、言葉が続かない。
自分の気持ちがまだよく分からない。レオンへの感情が恋愛なのかどうか、確信が持てずにいた。
「私は恋愛というものを、よく知らないんです」
「王太子との婚約は?」
「あれは最初から政略結婚が前提のものでした。私の気持ちなど関係ありませんでした」
セレスティアが月を見上げる。
「だから、本当の恋愛感情というものが、どのようなものなのか」
「今の君の気持ちはどうだ?」
「わからないんです」
正直に答える。
「でも、あなたがいない生活は考えられません」
「あなたになにかあったら、きっと耐えられません」
「あなたと一緒にいると、とても安心します」
セレスティアが自分の気持ちを整理しながら話す。
「これが恋愛感情なのかどうか、私には判断がつきません」
「それでも構わない」
レオンが優しく微笑む。
「君が俺を必要としてくれるなら、それだけで十分だ」
「必要、ですか?」
「ああ。君にとって、俺が必要な存在であれば」
レオンがセレスティアの手を握る。
「俺も君を必要としている」
「それだけで、俺は幸せだ」
その言葉に、セレスティアの心が温かくなった。
「私も、あなたを必要としています」
「本当か?」
「はい。とても大切な人です」
セレスティアが恥ずかしそうに答える。
「でも、その気持ちが恋愛なのかどうか」
「時間をかけて考えてもいいか?」
「もちろんだ」
レオンが即座に答える。
「君のペースで構わない」
「ありがとうございます」
「でも、一つだけ約束してほしい」
「約束?」
「なにか困ったことがあったら、必ず俺に相談してくれ」
レオンの表情が真剣になる。
「王都からの圧力も、村での問題も、すべて一人で抱え込まないでくれ」
「はい、約束します」
「君は一人じゃない。俺がいる」
その言葉に、セレスティアは安心感を覚えた。
「村の人たちもいる」
「そうですね」
「だから、なにがあっても諦めないでくれ」
「わかりました」
二人は立ち上がり、村に向かって歩き始めた。
「今日は、貴重なお話をありがとうございました」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとう」
夜道を歩きながら、セレスティアは自分の心と向き合っていた。
レオンへの感情は、確実に特別なものだった。
友情以上の何かがある。でも、それが恋愛感情なのかどうか、まだ確信が持てない。
「でも、彼がいない人生は考えられない」
それだけは間違いない事実だった。
村に戻る道中、二人は静かに歩いていた。
告白の重みが、空気の中に漂っている。
「レオン」
セレスティアが口を開く。
「今夜のことは、村の人たちには」
「もちろん、内緒だ」
レオンが即座に答える。
「君が答えを出すまで、だれにも言わない」
「ありがとうございます」
セレスティアがほっとした表情を見せる。
村人たちは二人の関係を温かく見守ってくれているが、まだ恋愛関係ではないのに騒がれるのは気恥ずかしい。
「でも、俺の気持ちは変わらないからな」
「変わらない?」
「君を愛している気持ちは、絶対に変わらない」
レオンの言葉に、セレスティアの胸が熱くなった。
「待っていてくださるのですね」
「いくらでも待つ」
レオンの答えには迷いがなかった。
「君が俺の気持ちを理解してくれるまで、ずっと待っている」
村の北門に着くと、夜警の当番をしている村人が待っていた。
「お帰りなさい。どちらに行かれていたのですか?」
「北の丘だ。少し話をしてきた」
「そうですか。気をつけてお帰りください」
門をくぐって村に入ると、いつもの安心感が戻ってきた。
「それでは、今夜はこれで」
小屋の前で、セレスティアが別れの挨拶をする。
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
セレスティアが小屋に入った後、レオンは少しの間その場に立っていた。
ついに告白することができた。
結果がどうであれ、正直な気持ちを伝えることができて良かった。
「俺の光」
小さくつぶやいて、レオンは自分の住居に向かった。
小屋の中では、セレスティアが窓際に座って外を見ていた。
「レオンの光、か」
彼の言葉を反芻する。
自分が誰かにとって「光」のような存在だなんて、考えたこともなかった。
王都では「悪徳令嬢」として嫌われ、家族からも見捨てられた自分が。
「でも、彼はそう言ってくれた」
その事実が、セレスティアにとってどれほど大きな意味を持つか。
「私も、彼のことを」
自分の気持ちを探ってみる。
レオンがいない生活は想像できない。彼に何かあったら、きっと生きていけない。
「これが、愛ということなのかしら」
月明かりの中で、セレスティアは自分の心と向き合い続けた。
明日からも、レオンは変わらず接してくれるだろう。
でも、二人の関係には確実に変化が生まれた。
告白を受けた夜の余韻は、長く二人の心に残り続けることになる。
新しい愛の物語の、記念すべき一夜だった。




