第27話「村人からの愛称と家族になった実感」
魔物退治から三日が経った夕方、村の中央広場では盛大な祝賀会が開かれていた。
「セレスティア様とレオン様の勝利を祝って、乾杯」
村長ゲルハルトの音頭で、村人全員が手作りの麦酒を掲げた。
「乾杯」
大きな声が村全体に響く。
普段は質素な村の食事も、今日ばかりは特別だった。各家庭が自慢の料理を持ち寄り、広場には豪華な食卓が並んでいる。
「セレスティア様のおかげで、今回も無事でした」
アガサが感謝の言葉を述べる。
「いえいえ、レオンさんの剣技があってこそです」
セレスティアが謙遜するが、村人たちは首を振る。
「お二人の連携が素晴らしかったのです」
「まるで夫婦のような息の合いようでしたね」
ハンスの言葉に、セレスティアとレオンは顔を赤らめた。
「夫婦って、そんな」
「まだ、その」
二人の慌てようを見て、村人たちは微笑ましそうに笑う。
「でも、本当に見事でした」
マリアが料理を運びながら言う。
「あんなに大勢の魔物を、あれほど見事に」
「セレスティア様の的確な指示と、レオン様の完璧な実行」
「まさに理想的なコンビでしたね」
村人たちの賞賛に、セレスティアは照れながらも嬉しそうだった。
王都では「悪徳令嬢」として嫌われていた自分が、ここでは英雄として讃えられている。
「本当に夢のようです」
「夢じゃないよ、現実だ」
エルナ婆が杖をついてやってくる。
「お前さんは、立派にこの村を守ったのだからね」
「ありがとうございます」
祝賀会は夜遅くまで続いた。
村人たちが次々とセレスティアとレオンに感謝の言葉をかけ、二人の活躍を讃えていく。
「お二人がいてくれて、本当によかった」
「これからも、よろしくお願いします」
「私たちの村の守護神ですね」
子どもたちも、目をキラキラさせながら二人を見上げている。
「セレス先生、かっこよかった」
ルルが無邪気に話しかける。
「レオンお兄ちゃんも、すごく強かったよ」
子どもたちの純粋な賞賛に、二人の心は温かくなった。
この村に来て本当に良かった、と心から思える瞬間だった。
祝賀会も終盤になった頃、村の最年長であるフリッツ爺さんが立ち上がった。
「みなさん、ちょっと聞いてくだされ」
九十歳を超える老人の言葉に、広場が静まり返る。
「わしはこの村で生まれ育って九十年以上になるが」
フリッツ爺さんがゆっくりと話し始める。
「これほど立派な方が、この村にいらしたことは一度もありませんでした」
「爺さん」
「セレスティア様は、王都から来られたときから、常に村のことを考えてくださった」
老人の声には、深い感謝の気持ちが込められていた。
「読み書きを教えてくださり、井戸を掘る場所を教えてくださり、織物工房を復活させてくださり」
「そして今回は、命をかけて村を守ってくださった」
「わしらにとって、セレスティア様は本当のお姫様です」
その言葉に、村人たちが大きく頷く。
「そうです、お姫様です」
「本当のお姫様です」
「だから、これからは『セレス姫様』とお呼びしたい」
フリッツ爺さんの提案に、村人たちは大きな拍手で応えた。
「セレス姫様」
「セレス姫様」
「セレス姫様」
口々に新しい愛称を唱える村人たち。
セレスティアは感動で涙が溢れそうになった。
王都では「悪徳令嬢」という蔑称で呼ばれていた自分が、今度は愛情を込めた「姫様」という呼び方をしてもらえる。
「ありがとうございます」
声を詰まらせながら、セレスティアが深々と頭を下げる。
「でも、私はただの追放者です」
「なにを言っているんですか」
アガサが首を振る。
「血筋がどうであろうと、あなたは私たちにとって真の姫様です」
「そうです。心の美しさ、行いの立派さ、すべてが本物の姫様です」
村人たちの言葉に、セレスティアの心は温かい感動で満たされた。
生まれて初めて、心から愛され、認められていると実感できた瞬間だった。
「セレス姫様、万歳」
子どもたちが無邪気に叫ぶ。
「万歳」
「万歳」
大人たちも一緒になって万歳三唱をする。
その光景を見て、レオンも静かに微笑んでいた。
愛する女性が、これほどまでに村人たちから慕われている。それは彼にとっても誇らしいことだった。
「本当に良い名前だ」
レオンがセレスティアに小声で話しかける。
「セレス姫様、か」
「はい。とても素敵です」
二人の間にも、温かい空気が流れていた。
村人たちからの愛情に包まれ、愛する人と共にいる幸せ。
これ以上の幸福があるだろうか、とセレスティアは思った。
夜が更けて、村人たちが帰宅し始めた頃、エルナ婆がセレスティアの元にやってきた。
「セレス、ちょっといいかい」
「はい、なんでしょう」
二人は広場の片隅で、静かに話し始めた。
「お前がこの村に来てから、もうすぐ半年になるねえ」
「そうですね。あっという間でした」
「最初の頃を思い出すと、随分変わったもんだ」
エルナ婆が懐かしそうに笑う。
「なにもできなくて、みんなに迷惑ばかりかけていました」
「でも、諦めなかった。それが偉いんだよ」
老女の言葉に、セレスティアは胸が熱くなった。
「エルナ婆さんがいてくださったからです」
「わしはなにもしてないよ。お前が頑張ったんだ」
「いえ、最初に手を差し伸べてくださったのは、エルナ婆さんでした」
あのとき、村人全員に拒絶されて絶望していた時、唯一優しくしてくれたのがエルナ婆だった。
「あのときから、お前はわしにとって特別だったんだ」
「特別、ですか」
「ああ。まるで孫娘のような気持ちでね」
エルナ婆がセレスティアの手を取る。
「わしには子どもがいなかった。だから、お前のことを本当の孫のように思っているんだよ」
「エルナ婆さん」
「お前はわしの自慢の孫娘だ」
その言葉に、セレスティアの目から涙が溢れた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。お前がいてくれて、わしは本当に幸せだよ」
二人は静かに抱き合った。
血のつながりはないが、本当の祖母と孫のような深い愛情で結ばれていた。
「わしだけじゃないよ」
エルナ婆が周りを見回す。
「この村の人たちは、みんなお前を家族だと思っている」
確かに、村人たちの視線には温かい愛情が感じられる。
「アガサもマリアも、お前を妹のように思っているし」
「ハンスやベルントは、頼りになる仲間だと言っている」
「子どもたちにとっては、優しいお姉さんだ」
「そして、ゲルハルト村長は、お前を娘のように大切に思っている」
一人一人の名前を挙げながら、エルナ婆が説明する。
「みんな、本当の家族なんだ」
「家族」
その言葉を口にすると、心の奥底から温かいものが込み上げてきた。
実の家族からは見捨てられたが、ここで本当の家族を見つけることができた。
血のつながりはないが、心のつながりは実の家族以上に深い。
「ありがとうございます。私も、皆さんを家族だと思っています」
「そうだ、それでいいんだよ」
エルナ婆が満足そうに頷く。
「これからも、ずっと家族だからね」
「はい、ずっと」
家族という絆を確認し合った夜だった。
祝賀会の片付けも終わり、セレスティアがエルナ婆と話している光景を、レオンは少し離れた場所から見守っていた。
愛する女性が、村人たちから心から愛され、家族として受け入れられている。
その様子を見て、レオンの心は深い満足感で満たされていた。
「本当によかった」
小声でつぶやく。
最初にセレスティアと出会ったとき、彼女は孤独で悲しげだった。王都から追放され、誰にも受け入れてもらえない状況だった。
それが今では、村の中心的存在となり、皆から愛される「セレス姫様」になっている。
「努力の結果だな」
レオンは彼女の頑張りを間近で見てきた。
不器用ながらも諦めずに努力し続ける姿。失敗しても立ち上がる強さ。そして、常に他人のことを考える優しさ。
そうした彼女の人柄が、村人たちの心を動かしたのだ。
「俺も、彼女に負けてはいられないな」
レオンもまた、この村とセレスティアを守るため、より一層努力しようと心に誓った。
エルナ婆との話を終えたセレスティアが、レオンの元に歩いてくる。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。よい祝賀会だったな」
「はい。本当に幸せでした」
セレスティアの笑顔は、以前とは比べ物にならないほど明るくなっていた。
心から安心し、愛されていることを実感できる笑顔。
「君が幸せそうで、俺も嬉しい」
「ありがとうございます」
「これからも、この幸せが続くように守っていく」
レオンの言葉に、セレスティアは安心した表情を見せた。
愛する人と、愛する家族に囲まれて。
これ以上の幸福はないと、セレスティアは心から思った。
月明かりの下で、二人は静かに村を見渡した。
平和で温かい村の光景。大切な人たちが眠る家々。
すべてを守っていきたい、と二人は同じ気持ちを抱いていた。
明日もまた、この幸せな日常が続くことを願いながら。




