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第25話「王都からの監視と新たな脅威」

 織物工房が軌道に乗り、村全体が活気づいていた頃のことだった。


 セレスティアは夜遅くまで明日の授業の準備をしていた。最近は大人向けの授業で、より高度な計算や法律の基礎を教えている。村人たちの向学心は旺盛で、準備にも熱が入る。


 外は既に深夜の静寂に包まれていたが、ふと妙な気配を感じた。


「またなにかしら」


 以前、盗賊に狙われた時のような、監視されている感覚があった。


 窓のそばに近づいて、そっと外を覗いてみる。


 月明かりの下で、村の外れに人影が見えた。一人ではない。少なくとも二人は隠れている。


「村人ではありませんね」


 村人なら堂々と歩いているはずだ。こんな夜中にこっそりと隠れる理由がない。


 セレスティアは急いでマントを羽織り、静かに小屋を出た。


 人影は村の中央広場の方に移動している。何かを観察しているような動きだった。


「なにを調べているのでしょう」


 木陰に身を隠しながら、セレスティアは様子を窺った。


 二人の男が、織物工房の周りを調べている。建物の規模、稼働状況、生産量などを確認しているようだった。


「この工房、かなり本格的だな」


「ああ。報告書通りだ」


 男たちの会話が聞こえてくる。


「王都の情報通り、追放者が村の経済活動を指導している」


「これは問題だな。追放の目的に反する」


 その内容で、セレスティアは彼らの正体を理解した。


 王都からのスパイだった。村の状況を調査し、王宮に報告するために派遣されたのだ。


「新聖女様の予想が当たったな」


「セレスティア・ルクレールが村で活躍しているという情報は正確だった」


 やはりマリアンヌが関わっている。彼女が密かに村を監視していたのだ。


「織物工房の規模、読み書き教室の実態、村人たちとの関係、すべて詳しく調べろ」


「了解した。特に、あの騎士との関係も重要だろうな」


 レオンのことまで調査対象になっている。セレスティアは背筋が寒くなった。


「三日後には王都に戻る。それまでに完璧な報告書を作成しよう」


「新聖女様も、この報告を心待ちにしているだろうからな」


 男たちが工房の見取り図を描いているのが見えた。非常に詳細で、プロの仕事だった。


 セレスティアはそっと小屋に戻った。


 急いでレオンに知らせなければならない。


 翌朝一番に、セレスティアはレオンに昨夜の出来事を報告した。


「スパイだと?」


「はい。王都からの調査員のようでした」


 レオンの表情が険しくなった。


「マリアンヌの指示か」


「間違いないでしょう。彼女の名前も出ていましたから」


「どこまで調べられているかが問題だな」


 レオンが考え込む。


「工房の規模、教室の実態、そして」


「そして?」


「私たちの関係も調査対象のようでした」


 その言葉に、レオンの表情がさらに厳しくなった。


「あの女の嫉妬は、ここまで執拗なのか」


「マリアンヌにとって、私が幸せになることが許せないのでしょう」


 セレスティアは冷静に分析する。


「追放で苦しむはずだった私が、村で活躍し、信頼され、そして」


「そして?」


「愛する人を見つけたことが、彼女には耐えられないのでしょう」


 セレスティアの言葉に、レオンは驚いた表情を見せた。


「愛する人、か」


「はい」


 セレスティアが恥ずかしそうに頷く。


「私にとって、レオンさんは愛する人です」


 初めて明確に口にした想い。レオンの表情が柔らかくなった。


「俺も同じ気持ちだ」


「本当ですか?」


「ああ。君を愛している」


 ついに交わされた愛の告白。しかし、それを祝う暇はない。


「だからこそ、君を絶対に渡したくない」


 レオンの決意に、セレスティアは頼もしさを感じた。


「でも、マリアンヌの次の手が心配です」


「どのような嫌がらせを仕掛けてくるか」


「今度はもっと巧妙で悪質なものになるでしょう」


 二人の予想は的中していた。


 その日の夕方、村に新たな異変が起きる前兆があった。


 近隣の町からの商人が、急に織物の注文をキャンセルしてきたのだ。


「王都からの圧力があったようです」


 商人が申し訳なさそうに説明する。


「ケースラント村との取引を控えるよう、お達しがあったとのことで」


「やはりマリアンヌの仕業ね」


 セレスティアは憤りを感じたが、同時に相手の周到さにも驚いていた。


 経済制裁という形で、じわじわと村を追い詰める作戦。直接的な圧力より効果的で、反論も困難だった。


 夕方の村民集会で、新たな危機が報告された。


「王都から、間接的な圧力がかかっているようです」


 ゲルハルト村長が重い口調で説明する。


「織物の販売先が次々とキャンセルしてきています」


 村人たちの間に、不安の声が広がった。


「せっかく軌道に乗ったところなのに」


「王都の力は、やはり大きいですね」


 しかし、村人たちの反応は以前とは違っていた。


「でも、負けるわけにはいきません」


 アガサが力強く宣言する。


「セレスティア様がこれまでどれだけ村のために尽くしてくださったか」


「そうです。今度は私たちが守る番です」


 ハンスも賛同する。


「王都の嫌がらせなど、跳ね返してやりましょう」


 村人たちの結束は固かった。


 もはやセレスティアは村にとって欠かせない存在であり、誰も彼女を手放そうとは思わない。


「お嬢様を守る」


 エルナ婆が力強く宣言する。


「あの子は、わしらの大切な家族だからね」


「そうです。家族を見捨てるようなことはしません」


 マリアも立ち上がって賛成する。


「なにか対策はありますか?」


 実践的な質問が出た。


「まず、販売先の多様化を図りましょう」


 セレスティアが提案する。


「王都の圧力が及ばない地域への販路開拓です」


「具体的には?」


「隣国との国境地帯、王都から遠い地方都市、そして海外への輸出」


 セレスティアの提案に、村人たちは希望を見出した。


「それは可能なのですか?」


「時間はかかりますが、可能です」


「私たちの織物の品質なら、どこでも通用するはずです」


 村人たちの士気は高かった。


 困難に立ち向かう意欲に満ちている。


 夜の見回りで、レオンは村の外周を厳重に警戒していた。


 スパイの件で、彼の警戒レベルは最高度に達している。


「二度と近づけるな」


 独り言のように呟きながら、森の奥深くまで索敵を続ける。


 セレスティアを苦しめる者への怒りが、彼の心を支配していた。


「あの女の執念深さは異常だ」


 マリアンヌへの怒りは、日に日に強くなっている。


 追放だけでは飽き足らず、幸せになることまで妨害しようとする悪意。それは、もはや常軌を逸している。


「絶対に許さない」


 レオンの決意は固かった。


 どんな手を使ってでも、セレスティアを守り抜く。村の平和も、彼女の幸福も、すべて守らなければならない。


 見回りを終えて村に戻ると、セレスティアの小屋に明かりが灯っているのが見えた。


 きっとまた、明日の授業の準備をしているのだろう。


「頑張り屋だな」


 その健気さが、レオンの心を温かくした。


 同時に、そんな彼女を苦しめている現状への怒りも募る。


 小屋に近づくと、セレスティアが資料を整理している姿が窓から見えた。


 真剣な表情で、村の問題解決に取り組んでいる。


「この人を、絶対に失いたくない」


 レオンの想いは確固たるものだった。


 扉をノックすると、セレスティアが出迎えてくれた。


「お疲れ様でした」


「ああ、お疲れ様」


「異常はありませんでしたか?」


「今のところは大丈夫だ。ただし」


 レオンが真剣な表情になる。


「警戒は続ける必要がある」


「わかりました」


「君も気をつけてくれ。一人で行動する時は特に注意深く」


「はい」


 レオンがセレスティアの肩に手を置く。


「俺は必ず君を守る」


「ありがとうございます」


「約束だ」


 その言葉には、深い愛情と強い決意が込められていた。


 どんな敵が現れても、レオンは戦い抜くつもりでいる。


 愛する女性のために、愛する村のために。


「私も、あなたを支えます」


 セレスティアの言葉に、レオンは微笑んだ。


「一緒に戦おう」


「はい」


 二人の絆は、外敵の脅威によってさらに強固なものになった。


 愛し合う二人と、結束する村人たち。


 どんな困難が待っていても、きっと乗り越えることができる。


 そんな確信を持って、レオンは夜警の任務を続けた。


 セレスティアを守るために、そして村の平和のために。


 明日もまた、新たな試練が待っているかもしれない。


 しかし、もう恐れることはない。


 愛する人と、信頼できる仲間たちがいる。


 それが、どれほど大きな力になるか、レオンは身をもって理解していた。

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