第24話「告白に近い言葉と心の変化」
レオンが完全に回復したのは、看病を始めてから一週間後のことだった。
朝の見回りにも復帰し、いつもの頼もしい姿を取り戻している。しかし、セレスティアに対する態度には明らかな変化があった。
「セレスティア」
織物工房での作業を終えて帰る途中、レオンが声をかけてきた。
「お疲れ様でした」
「君の方こそ。毎日忙しそうだな」
最近のセレスティアは本当に多忙だった。相談役としての業務、読み書き教室、織物工房の運営指導。村の中核的存在として、あらゆる分野で頼りにされている。
「でも、充実しています」
「そうか。それはよいことだ」
レオンが歩調を合わせて並んで歩く。以前なら一人で先を歩いていたのに、今は自然にエスコートしてくれる。
「先日の看病の件、改めて礼を言いたい」
「もうお気になさらずに」
「いや、しっかりと伝えておきたいんだ」
レオンが立ち止まって、真剣な表情でセレスティアを見つめる。
「俺は今まで、一人で戦い続けてきた。だれかに頼ることも、助けてもらうことも避けてきた」
「それは、過去の辛い経験があったからですね」
「そうだ。でも、君は違った」
レオンの声に、深い感謝が込められている。
「俺が倒れたとき、君は迷わず側にいてくれた」
「当然のことです」
「当然ではない」
レオンが首を振る。
「義務でもなく、見返りを求めるでもなく、ただ俺のことを心配してくれた」
「あなたが大切だからです」
セレスティアの率直な言葉に、レオンの表情が柔らかくなった。
「そういう君の優しさに、俺は救われた」
「私も、あなたに救われています」
「俺に?」
「この村での居場所、仲間たちとの絆、そして本当の自分として生きる勇気」
セレスティアが微笑む。
「すべて、あなたがいてくれたからこそです」
二人は見つめ合った。
言葉にしなくても、お互いの想いが伝わってくる。特別な関係であることを、もう隠す必要はなかった。
「君がいてくれて、本当によかった」
レオンの言葉に、セレスティアの胸が温かくなった。
回復への感謝以上の、深い感情が込められているのを感じ取った。
翌日の夕方、レオンは織物工房を訪れた。
女性たちが新しい織物の制作に取り組んでいる中、セレスティアは品質管理と販売戦略の検討をしていた。
「お疲れ様です」
「君も忙しそうだな」
「おかげさまで、注文が増えています」
実際、織物工房の評判は近隣の町にまで広がり、注文が殺到していた。
「それは素晴らしい成果だ」
「皆さんの技術が優秀だからです」
「いや、君の経営手腕があってこそだ」
レオンが作業台に腰を下ろす。
「君を見ていると、いつも感心させられる」
「なににですか?」
「その強さにだ」
「強さ?」
セレスティアが首をかしげる。前にもレオンから言われたことがあったが、自分が強いという実感はない。
「王都で屈辱を受けても屈服せず、この村で拒絶されても諦めず、王都からの圧力にも屈しなかった」
レオンが一つずつ指を折って数える。
「そして今、村の発展のために昼夜を問わず働いている」
「それは」
「君は俺が思っていた以上に強い。本当の意味で」
レオンの評価に、セレスティアは戸惑った。
「私は強くありません。ただ、やらなければならないことをやっているだけです」
「それが強さだ」
「でも、一人ではなにもできませんでした」
「一人?」
「エルナさんや村の皆さん、そしてあなたがいてくださったから頑張れたのです」
セレスティアの言葉に、レオンは微笑んだ。
「それも君の強さの一部だ」
「どういう意味ですか?」
「人を信頼し、助けを求め、共に歩もうとする勇気」
レオンが立ち上がって、窓の外を見る。
「俺は長い間、一人で戦うことこそが強さだと思っていた」
「レオンさん」
「でも君を見ていると、本当の強さは違うのだとわかる」
「本当の強さ?」
「人とつながり、支え合い、共に成長していく強さだ」
レオンがセレスティアを振り返る。
「君はそれを教えてくれた」
その言葉に、セレスティアは深い感動を覚えた。
「私も、あなたから多くのことを学びました」
「俺から?」
「使命感の尊さ、責任感の重要性、そして誇りを持って生きることの意味」
セレスティアの答えに、レオンは嬉しそうな表情を見せた。
「お互いに学び合っているということか」
「そうですね。とてもよい関係だと思います」
「よい関係」
レオンが意味深に呟く。
「確かによい関係だ。だが」
「だが?」
「もっと特別な関係になりたいと思っている」
その言葉に、セレスティアの心臓が早鐘を打った。
「特別な関係とは」
「いつか、君にもその意味がわかる日が来る」
レオンが優しく微笑む。
「そのときまで、待っていてくれるか?」
「はい」
セレスティアは迷わず答えた。
どんな意味であれ、レオンとの関係をより深めていきたい。そう心から思った。
その夜、セレスティアは一人で今日の出来事を振り返っていた。
レオンから「強い」と評価されたことが、どれほど嬉しかったか。
「本当の意味で強い」
その言葉を何度も心の中で反芻している。
今まで自分を「強い」と言ってくれた人はいなかった。
王都では「美しい」「上品」「才女」などと言われることはあったが、それらはすべて表面的な評価だった。
家族からは「良い子」と言われていたが、それは期待に応えているという条件付きの評価だった。
しかし、レオンは違った。
彼は、セレスティアの内面を見て「強い」と言ってくれた。困難に立ち向かう精神力、諦めない意志力、他人を思いやる心の強さを評価してくれた。
「こんなに嬉しいことがあるでしょうか」
小さくつぶやきながら、セレスティアの目に涙が浮かんだ。
嬉しさの涙だった。
今まで、本当の自分を理解してくれる人に出会えずにいた。演技を強要され、偽りの自分しか見せることができなかった。
でも、この村でレオンと出会い、ついに本当の自分を受け入れてもらえた。
「ありがとう、レオン」
窓の外の星空に向かって、心からの感謝を捧げる。
あの星空の下で初めて心を開いた夜から、二人の関係は確実に変わった。お互いを理解し、信頼し、そして愛するようになった。
まだ「愛している」という言葉は口にしていないが、その感情は確実に育っている。
レオンの「特別な関係」という言葉も、きっと同じ想いから出たものだろう。
「私も、あなたを特別な人だと思っています」
星に向かって、セレスティアは心の内を明かした。
この村で見つけた新しい人生、信頼できる仲間たち、そして愛する人。
すべてが宝物のように大切だった。
明日もまた、この幸せな日常が続くことを祈りながら、セレスティアは静かに眠りについた。
翌朝、セレスティアが読み書き教室の準備をしていると、レオンがやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日も忙しい一日になりそうだな」
「そうですね。でも、楽しみでもあります」
最近、二人の会話は自然で親密になっていた。
以前のような堅苦しい騎士と令嬢の関係ではなく、対等なパートナーとしての関係。
「手伝えることがあれば言ってくれ」
「ありがとうございます」
レオンが去った後、村人たちが集まってきた。
「セレス先生、今日はなにを教えてくれるの?」
子どもたちの元気な声に、セレスティアは笑顔で応えた。
「今日は新しい童話を読みましょう」
授業中、レオンが遠くから教室の様子を見守っているのに気づいた。
いつものことだが、今日は特に長い時間見ていてくれる。
目が合うと、レオンが小さく手を振った。セレスティアも控えめに手を振り返す。
その様子を見ていた村人たちは、微笑ましそうな表情を浮かべていた。
「あの二人、本当にお似合いですね」
「きっと、もうお互いに気づいているでしょう」
そんな声が聞こえてきても、セレスティアはもう恥ずかしがらなかった。
確かに、レオンは特別な存在になっている。友人以上、恋人未満の微妙な関係だが、確実に愛情へと向かっている。
午後の農作業でも、レオンが手伝いに来てくれた。
「今日の収穫はどうだ?」
「おかげさまで順調です」
二人で並んで野菜を収穫しながら、他愛のない会話を楽しむ。
「この人参、立派に育ったな」
「レオンが手伝ってくださった畑ですから」
「君の指導があったからだ」
お互いを褒め合いながら、和やかな時間を過ごす。
村人たちが見ても、もはや二人が特別な関係であることは明白だった。
しかし、まだ正式な告白はない。
お互いに相手の気持ちを確信しながらも、その瞬間を大切に待っている。
急がず、焦らず、自然に愛を育んでいく。
それが二人らしい恋愛の形だった。
夜になって、レオンが見回りから戻ってきた。
「今日も一日、ありがとう」
「こちらこそ」
いつもの別れの挨拶だが、今夜は少し違った。
「セレスティア」
「はい」
「君は俺にとって、かけがえのない存在だ」
告白に近い言葉に、セレスティアの心が震えた。
「私も、レオンは特別な方です」
「特別、か」
レオンが優しく微笑む。
「その言葉だけで、十分だ」
まだ恋愛関係ではないが、特別な絆が形成されている。
二人の心の距離は、もう限りなく近かった。
正式な告白の日も、そう遠くないかもしれない。
星空が二人を優しく見守る中、新しい愛の物語が静かに進んでいた。




