第21話「仲間としての承認と絆の深まり」
王都の使者を論破してから三日が経った夕方、セレスティアは村の畑で農作業を手伝っていた。
冬が近づいているため、最後の収穫作業を急がなければならない。白菜やカブの収穫は重労働だが、セレスティアも以前より要領よくこなせるようになっていた。
「今日も頑張ったな」
作業を終えて道具を片付けていると、レオンが現れた。見回りを終えて戻ってきたところのようだった。
「お疲れ様です、レオン」
「お前は本当に強い女だ」
レオンが率直に評価する。
「なにがですか?」
「先日の交渉を見て、改めて思った」
レオンが農具置き場に寄りかかる。
「あの状況で、王都の使者に対して堂々と法的議論を挑むとは」
「当然のことをしただけです」
「当然ではない」
レオンが首を振る。
「普通の人間なら、王太子の名前を出されただけで萎縮する。ましてや追放の身でありながら、正論で対抗するなど」
セレスティアは恥ずかしそうに俯いた。
「王立学院での教育のおかげです」
「いや、違う」
レオンが彼女の顎を上げさせる。
「知識だけではできない。勇気と信念がなければ」
その視線には、深い尊敬の念が込められていた。
「君が今まで冷たく扱われてきた理由も今なら分かる」
「理由、ですか?」
「君が本当に強いからだ。弱い人間は、強い者を恐れて排除しようとする」
レオンの分析に、セレスティアは考えさせられた。
「王太子もマリアンヌも、君の本当の強さを恐れていたんだ」
「私が強い?」
「そうだ。知性、勇気、そしてなにより他人を思いやる心」
レオンが微笑む。
「君のような女性は、滅多にいない」
その言葉に、セレスティアの心は温かくなった。今まで誰からも、このように評価されたことはなかった。
「でも、私は今まで冷たく扱われてきた理由が、やっとわかった気がします」
「どういうことだ?」
「私が冷たかったからですね。演技とはいえ、人を傷つけてきた」
セレスティアが振り返る。
「今回の村での生活で、初めて本当の自分で人と接することができました」
「それで村人たちは君を愛するようになった」
「皆さんが優しく受け入れてくださったからです」
「いや、君の人柄だ」
レオンが強調する。
「君がどれほど努力して、どれほど村のことを考えているか、皆が見ていた」
二人は畑から村に向かって歩き始めた。夕日が二人の影を長く伸ばしている。
「これからも、一緒に村を守っていこう」
「はい」
セレスティアの返事に、レオンは満足そうに頷いた。
翌日の夕方、村の中央広場で特別な村民会議が開かれた。
ゲルハルト村長の提案で、セレスティアの村での地位を正式に決めるための会議だった。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
村長が挨拶すると、村人全員が真剣な表情で座っている。子どもたちも、大人に混じって参加していた。
「本日は、セレスティアさんについて大切な話し合いをしたいと思います」
セレスティア自身も、緊張した面持ちで村人たちを見回した。
「セレスティアさんがこの村に来てから、もうすぐ三ヶ月になります」
「その間、彼女は村のために多くの貢献をしてくれました」
村長が一つずつ列挙していく。
「井戸の発見による水源確保、子どもたちへの教育、税務書類の間違い発見、そして先日の王都との交渉」
村人たちが頷きながら聞いている。
「これらはすべて、村の発展と安全に直結する重要な貢献でした」
「そしてなにより」
エルナ婆が立ち上がった。
「この子は、私たちの心に希望をもたらしてくれた」
「希望?」
「そうさ。この子が来るまで、私たちは諦めていた」
エルナ婆の言葉に、村人たちの表情が変わった。
「教育なんて無理だと思っていた。王都の理不尽な要求にも、ただ従うしかないと思っていた」
「でも、セレスティアさんが教えてくれた」
ハンスが続ける。
「知識があれば戦える。正しいことを貫けば、相手が王太子でも負けない」
「そうです」
マリアも賛同する。
「私たちも変わることができるのだと、希望を与えてくれました」
村人たちから、次々と感謝の言葉が述べられる。
「セレス先生のおかげで、文字が書けるようになった」
「計算ができるようになって、商売で騙されなくなった」
「子どもたちが勉強を楽しみにしている」
一人一人の証言に、セレスティアの目には涙が浮かんだ。
「ここで、正式に提案があります」
村長が立ち上がった。
「セレスティア・ルクレールさんを、ケースラント村の正式な村民として承認し、さらに村の顧問として迎えたい」
会場がどよめいた。
「顧問?」
「そうです。彼女の知識と経験を、村の発展のために活用していただきたい」
「賛成です」
「私も賛成」
村人たちから賛成の声が次々と上がる。
「反対の方はいらっしゃいますか?」
村長が確認したが、誰も手を上げなかった。
「それでは、満場一致で承認されました」
大きな拍手が広場に響いた。
「セレスティア・ルクレールさんは、本日より正式にケースラント村の村民であり、村の顧問です」
セレスティアは感動で言葉が出なかった。
「皆さん、本当にありがとうございます」
やっとの思いで絞り出した言葉に、村人たちは温かい笑顔で応えてくれた。
正式な村民となったセレスティアに、さっそく新しい仕事が舞い込んできた。
「セレスティア顧問、相談があります」
農夫のベルントが、困ったような表情でやってきた。
「どのようなことでしょうか?」
「来年の作付け計画なんですが」
ベルントが持参した書類には、来年植える作物の種類と面積が記されていた。
「この計画で収益を最大化できるでしょうか?」
セレスティアは書類を丁寧に検討した。王立学院で学んだ農業経済学の知識を活用して、改善点を見つけていく。
「この部分の小麦を、亜麻に変更してはいかがでしょうか?」
「亜麻、ですか?」
「はい。近隣の町では亜麻布の需要が高まっています。小麦より高値で取引できます」
「なるほど、それはよい案ですね」
ベルントの表情が明るくなった。
「他にも改善点がありますか?」
「この区画は、野菜の種類を増やした方がいいでしょう。多様性があれば、病気のリスクも分散できます」
セレスティアの提案に、ベルントは感心していた。
「さすがです。勉強になります」
午後には、別の村人からも相談があった。
「家計の管理について教えてください」
「近隣の村との取引条件を見直したいのですが」
「子どもの将来について相談があります」
次々と持ち込まれる相談事を、セレスティアは一つ一つ丁寧に対応していく。
王都での教育と経験が、こんなにも役に立つとは思わなかった。
「セレスティア顧問のおかげで、村全体の方向性が見えてきました」
ゲルハルト村長が感謝を込めて言う。
「これまでは場当たり的な対応しかできませんでしたが、長期的な計画が立てられるようになりました」
「お役に立てて嬉しいです」
「君がいてくれて、本当によかった」
村長の言葉に、セレスティアは深い満足感を覚えた。
自分の知識と経験が、この村の未来に貢献している。これほどやりがいのある仕事はなかった。
夜、小屋で一日の記録をつけながら、セレスティアは自分の変化を実感していた。
王都にいた頃は、ただ与えられた役を演じているだけだった。しかしここでは、自分の意志で行動し、自分の判断で村の問題を解決している。
「これが、本当の私の人生なのね」
夜の見回りの時間になると、レオンがセレスティアを迎えに来た。
「今夜も一緒に回るか?」
「はい、お供します」
二人は並んで村の周辺を巡回する。もう完全に息の合ったパートナーとして行動していた。
「顧問就任、おめでとう」
「ありがとうございます」
「村の皆が君を必要としている証拠だな」
レオンの言葉に、セレスティアは嬉しくなった。
「でも、まだまだ学ぶことがたくさんあります」
「それでいい。完璧な人間などいない」
二人は村はずれの丘に向かって歩いていく。
「君と一緒に村を守れて光栄だ」
「私もです」
セレスティアが微笑む。
「最初は一人で戦い続けるつもりでした」
レオンが振り返る。
「でも君がいてくれることで、戦いが希望に変わった」
「希望?」
「そうだ。ただ守るだけではなく、村をより良くしていこうという希望」
レオンの言葉に、セレスティアは深く頷いた。
「私たちで、この村を王国一の村にしてみせましょう」
「王国一の村?」
「はい。教育も、農業も、村民の幸福度も」
セレスティアの壮大な夢に、レオンは笑った。
「面白い。やってみる価値はありそうだ」
「本当ですか?」
「ああ。君となら、どんな夢でも実現できそうだ」
二人は見つめ合った。
パートナーとして、同志として、そして何より大切な人として。
「俺の仲間だ」
レオンがセレスティアの肩に手を置く。
「いや、それ以上の存在だ」
「私も、レオンを大切に思っています」
「これからも、一緒に歩んでくれるか?」
「もちろんです」
二人の約束に、星々が瞬いて応えているようだった。
村に戻る道すがら、レオンが口を開いた。
「実は、君に見せたいものがある」
「なんですか?」
「明日の夜、時間があるか?」
「はい」
「それは秘密だ」
レオンの謎めいた微笑みに、セレスティアは好奇心をかき立てられた。
小屋の前で別れるとき、レオンが振り返った。
「今日も一日、ありがとう」
「こちらこそ」
二人の関係は、もはや単なる仲間を超えていた。
特別な絆で結ばれた、唯一無二の存在。
そんな相手と出会えたことを、セレスティアは心から感謝していた。
明日の夜、レオンは何を見せてくれるのだろうか。
期待を胸に、セレスティアは眠りについた。
新しい人生の、新しい章の始まりを予感しながら。
翌朝、セレスティアは村の顧問としての初仕事に取り組んでいた。
来年の村全体の発展計画を策定する重要な業務だった。
「教育制度の充実、農業技術の改良、商取引の拡大」
計画書に項目を書き出しながら、セレスティアは胸を躍らせていた。
この村には無限の可能性がある。適切な指導と計画があれば、必ず発展させることができる。
「レオンと一緒なら、どんなことでもできそう」
彼の支援があれば、どんな困難も乗り越えられる気がした。
昼食後、子どもたちが集まってきた。
「セレス先生、お勉強はいつから再開?」
「王都の人たちはもう来ないの?」
「はやく新しいお話が聞きたいな」
子どもたちの熱心さに、セレスティアは微笑んだ。
「来週から再開しましょう。今度はもっと楽しい内容にしますね」
「やった」
子どもたちの歓声が響く。
平和が戻った村で、セレスティアは充実した日々を送っていた。
しかし、今夜レオンが見せてくれるという秘密が気になって仕方がない。
一体何だろうか。
期待と不安を抱きながら、セレスティアは夕方を待っていた。
新しい展開が待っているような予感がしてならなかった。
きっと素晴らしい何かが、今夜明かされるのだろう。
そんな希望を胸に、セレスティアは一日を過ごした。




