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第19話「王都からの嫌がらせと圧力」

 村祭りから一週間後、平穏な秋の午後が突然暗い雲に覆われることになった。


 セレスティアは読み書き教室を終えて、子どもたちを見送っているところだった。最近の子どもたちの上達ぶりは目覚ましく、簡単な本なら一人で読めるようになっている。


「セレス先生、明日も教えて」


「もちろんよ、ルル。明日は新しいお話を読みましょう」


「やった」


 子どもたちの笑顔を見送った後、セレスティアは教材の片付けをしていた。そのとき、村の入り口から馬蹄の音が聞こえてきた。


 しかし、それはレオンの馬の音ではない。複数の馬が一斉に走ってくる音だった。


「なんでしょう」


 村の中央広場に向かうと、既に多くの村人が集まっていた。皆、不安そうな表情で何かを見つめている。


 そこには、王都の紋章を掲げた四人の騎士が立っていた。立派な甲冑に身を包み、高級な軍馬にまたがった彼らは、明らかに王室直属の使者だった。


「ケースラント村の村長はどこだ」


 先頭の騎士が高圧的な口調で尋ねる。その声には威圧的な響きがあり、村人たちは萎縮していた。


「私が村長のゲルハルトです」


 村長が前に出ると、使者はゆっくりと馬から降りた。


「王太子リシャール殿下の勅命を伝えに来た」


 その名前を聞いた瞬間、セレスティアの血の気が引いた。まさか、王都からの追加の処罰があるというのだろうか。


「勅命とは」


「この村に追放されている元伯爵令嬢セレスティア・ルクレールに関する件だ」


 使者の視線がセレスティアを捉える。その目には明確な軽蔑があった。


「私がセレスティア・ルクレールです」


 セレスティアが前に出ると、村人たちがざわめいた。


「王太子殿下ならびに新聖女マリアンヌ様より報告を受けた」


 使者が羊皮紙を取り出す。


「追放者が村で教師などという分不相応な地位に就き、王都への批判的言動を行っているとのことだ」


「批判的言動?」


 村長の声が震えていた。


「税務書類の間違いを指摘し、王都の権威に疑問を呈した」


「それは計算間違いを正しただけで」


 セレスティアが弁明しようとしたが、使者が手で制した。


「さらに、追放の趣旨に反して村民として厚遇を受けている」


「厚遇とは」


「追放の目的は反省と贖罪のはずだ。ところが祭りに参加し、村民から敬われるなど、処罰になっていない」


 使者の論理に、セレスティアは絶句した。幸せに暮らしてはいけないというのか。


「よって、王太子殿下の命により、以下を宣告する」


 重々しい声で読み上げが始まった。


「第一に、この村の租税を通常の七割から九割に引き上げる」


「九割も」


 村長の声が震えていた。現在でも七割という重税で、村人の生活は苦しい。それをさらに九割まで上げられては、生きていけない。


「第二に、追放者による教育活動を即刻禁止する」


「教育活動の禁止とは」


「読み書きを教える行為は、身分を超えた知識の習得を促し、王都への反抗心を育てる危険な行為と判断された」


 この理由に、セレスティアは怒りを感じた。


「教育は人間の基本的な権利です」


「権利?」


 使者がセレスティアを見下すような目で見る。


「追放者に権利を語る資格があると思うのか」


「追放者であっても、人として」


「生意気な口を利くな」


 使者の一人がセレスティアに歩み寄る。


「これこそが新聖女マリアンヌ様の報告通りだ。反省のかけらもない」


 マリアンヌの名前が出たことで、セレスティアは事態の真相を理解した。これは彼女の仕組んだ嫌がらせなのだ。


「第三に、この村からの近隣地域への商取引を制限する」


「商取引の制限?」


「追放者を庇護する村との取引は、王都の意向に反する行為とみなす」


 事実上の経済制裁だった。農産物を売ることができなければ、村の収入は激減する。


「第四に、追放者に対する村民の接触を制限する」


「接触の制限とは」


「必要以上の交流、特に敬語を使うような厚遇は禁止する」


 この条件は特に残酷だった。セレスティアを孤立させ、村での居場所を奪おうとしている。


「これらの措置は、追放の本来の目的を達成するために必要不可欠である」


 使者が冷酷に宣言する。


「追放とは反省と贖罪のためのものだ。村民と親しく交わり、教師として敬われるなど言語道断」


「でも、セレスティア様は村のために尽力してくださいました」


 勇敢にもルルの母親が声を上げた。


「井戸を見つけてくださったし、子どもたちの教育も」


「そのような行為こそ問題なのだ」


 使者が厳しく言い放つ。


「追放者が村で活躍することは、処罰の効果を無にする」


「それでは、一体どうしろと言うのですか」


 ゲルハルト村長が必死に抗議する。


「追放者は追放者らしく、孤独と悔恨の中で過ごすべきだ」


「そんな非人道的な」


「人道?」


 使者が鼻で笑う。


「悪徳令嬢に人道的配慮など不要だ」


 その言葉に、村人たちの間に怒りの感情が走った。


「さらに、これらの条件に従わない場合は、より厳しい措置を取る」


「より厳しい措置とは」


「村全体を反逆村として認定し、住民の強制移住を命じる」


 この脅しに、村人たちは青ざめた。強制移住は事実上の村の抹殺を意味する。


「期限は一週間だ」


 使者が最後通告を出す。


「一週間以内にこれらの条件を受け入れるか、さもなくば強制移住の準備をしろ」


「一週間では短すぎます」


「十分だろう。簡単な選択だ」


 使者たちは再び馬にまたがる。


「追放者を突き放すか、村全体が処罰を受けるか。よく考えることだ」


 馬蹄の音が遠ざかっていく中、広場には重い沈黙が残った。


 使者が去った後、村人たちは困惑と恐怖に包まれていた。


「これは、どうしたものか」


 村長が頭を抱える。


「租税九割では、我々は生きていけない」


「商取引も制限されれば、収入の道がなくなってしまう」


 村人たちが口々に不安を述べる。


「でも、セレスティア様を見捨てることもできません」


「そうです。あの方は我々の恩人です」


 一部の村人は、セレスティアを庇護する姿勢を見せた。


 しかし、現実的な問題を心配する声も多い。


「家族を養っていかなければならない」


「子どもたちの将来を考えると」


 村人たちの心は揺れていた。セレスティアへの感謝の気持ちと、家族を守りたい気持ちの間で。


「一週間で決めなければならないのですね」


 マリアが重い口調で言う。


「時間が短すぎます」


「でも、決めなければならない」


 セレスティアは深い罪悪感に苛まれていた。


 自分の存在が、愛する村人たちを苦しめている。これでは本末転倒だった。


「すみません」


 小さな声でつぶやいたが、誰の耳にも届かなかった。


 その夜、村人たちはそれぞれの家で深刻な話し合いを持った。


「どうしよう、お父さん」


「難しい問題だ」


 各家庭で、同じような会話が交わされていた。


 セレスティアへの感謝と、生活への不安。二つの感情が激しく対立していた。


 翌日の朝、村の雰囲気は明らかに変わっていた。


 いつもなら元気に挨拶を交わす村人たちも、今日はお互いに視線を避けている。重い空気が村全体を覆っていた。


 セレスティアが読み書き教室の準備をしていると、いつもなら一番乗りで来るルルの姿がない。


 時間になっても、誰も広場に集まってこない。


「セレスティアさん」


 振り返ると、ルルの母親が申し訳なさそうな表情で立っていた。


「昨夜、主人と相談したのですが、しばらく授業はお休みさせていただこうと思います」


「そうですか」


 セレスティアは静かに答えた。


「王都からの禁止命令もありますし、万が一のことを考えると」


「わかりました。ご心配をおかけして申し訳ありません」


 他の家庭も、同じような判断を下していた。


 子どもたちの安全を考えれば、当然の選択だった。


 セレスティアは一人で教材を片付けた。


 空っぽになった教室を見ていると、胸が締め付けられるような思いがした。


 夕方の見回りの時間になっても、レオンは現れなかった。


 普段なら必ず来る時間を過ぎても、彼の姿は見えない。


 セレスティアが心配になって村を歩いていると、訓練場の方から剣を振る音が聞こえてきた。


 村外れにある小さな空き地で、レオンが一人で剣の素振りをしている。


 しかし、いつもの練習とは明らかに違っていた。怒りに任せて、激しく剣を振り回している。


「レオン」


 セレスティアが声をかけると、レオンは振り返った。その表情には、深い怒りが刻まれていた。


「聞いたぞ」


「昨日の使者のことですね」


「許せない」


 レオンが剣を地面に突き立てる。


「追放しておいて、今度は幸せになることも許さないとは」


「マリアンヌの仕業でしょうね」


「間違いない。あの女の嫉妬と悪意だ」


 レオンの怒りは収まらない。


「君はなにも悪いことをしていない。村のために尽くし、人々に愛されただけだ」


「でも、それが問題だったのでしょう」


「問題?」


 レオンが激しく反論する。


「人として当然の行いが問題だと?そんな理不尽があるものか」


「王太子の命令ですから」


「王太子の命令だろうと、不当なものは不当だ」


 レオンの怒りは王室に向けられていた。


「これは完全な嫌がらせだ。政治的な報復に過ぎない」


 その言葉に、セレスティアは複雑な気持ちになった。


 レオンが自分のために怒ってくれるのは嬉しいが、同時に彼を危険な立場に置いている。


「レオン、慎重に行動してください」


「慎重?」


「あなたも元貴族として、立場があります」


「立場など、とうの昔に失った」


 レオンが苦笑いを浮かべる。


「今の俺にとって大切なのは、この村の人々と君だけだ」


「私のせいで、村人たちが苦しむことになりました」


「君のせいではない」


 レオンがまっすぐにセレスティアを見つめる。


「悪いのは、嫉妬と悪意に駆られた連中だ」


「でも、現実として村人たちは困っています」


「だからこそ、なにか対策を考えなければならない」


 レオンの決意に、セレスティアは希望を感じた。


「なにかよい考えがありますか?」


「まだ具体的ではないが、必ず君と村を守る方法を見つける」


 その言葉に、セレスティアは安堵した。


 レオンがいてくれる限り、まだ諦める必要はない。


「一緒に考えましょう」


「ああ、一緒に戦おう」


 二人は村に向かって歩き始めた。


 困難な状況だが、二人で力を合わせれば必ず道は開ける。


 そんな希望を抱きながら、明日への準備を始めることにした。


 一週間という短い時間だが、最善を尽くしてみせる。


 愛する村と村人たちのために。

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