第18話「村祭りと踊りの夜」
秋も深まった頃、村に久しぶりの明るい話題が持ち上がった。
「今年の収穫祭は、例年より盛大にやろう」
村長のゲルハルトが村人たちの前で宣言した。
「セレスティアさんの井戸のおかげで豊作になったし、読み書きを覚えて生活も向上した。これは祝うべきことだ」
村人たちからは賛成の声が上がった。
「そうですね。久しぶりに楽しい祭りにしましょう」
「子どもたちも喜ぶでしょうし」
収穫祭は村の一年で最も重要な行事だが、ここ数年は魔物の脅威や重税で、質素なものしか開催できなかった。
しかし今年は違う。セレスティアの貢献で村の状況が改善し、村人たちの心にも余裕が生まれていた。
「準備はどうしましょうか」
マリアが実務的な質問をする。
「飾り付けから始めよう。村の中央広場を綺麗に装飾したい」
「料理の準備もありますね」
「音楽と踊りも忘れずに」
村人たちが積極的に意見を出し合う。その様子を見て、セレスティアは温かい気持ちになった。
「セレスティアさん、あなたも準備に参加してくれますか?」
「もちろんです。喜んで手伝わせていただきます」
「では、飾り付け担当をお願いします。あなたのセンスなら、きっと素敵になる」
村人たちの信頼を受けて、セレスティアは責任感を感じた。王都での経験を活かして、美しい飾り付けを考えてみよう。
翌日から準備が始まった。
セレスティアは村の女性たちと一緒に、色とりどりの布や花を使った飾り付けを制作する。
「この色合い、とても素敵ですね」
「王都で覚えた配色の知識を使っています」
「さすがはお嬢様。センスが違いますわ」
以前なら皮肉に聞こえたかもしれない言葉も、今では純粋な賛辞として響く。
男性たちは会場となる広場の整備を担当していた。
「テーブルはこの辺りに並べよう」
「音楽隊の場所も確保しないと」
レオンも準備に参加していた。普段は見回りに専念する彼が祭りの準備を手伝うのは、村人たちにとって驚きだった。
「レオン様も参加してくださるんですね」
「ああ。村の一員として当然だ」
レオンの答えに、村人たちは嬉しそうだった。
「これで本当に盛大な祭りになりそうですね」
子どもたちも大興奮で準備を手伝っている。
「セレス先生、僕たちも何かできる?」
「もちろんよ。みんなで素敵な祭りにしましょう」
ルルたちに簡単な飾り付けを任せると、子どもらしい自由な発想で可愛らしい装飾を作ってくれた。
一週間の準備期間で、村の中央広場は見違えるほど美しくなった。
カラフルな布が風になびき、花の香りが漂い、提灯が温かい光を放っている。
「本当に綺麗になりましたね」
「これなら王都の祭りにも負けませんよ」
村人たちの満足そうな表情を見て、セレスティアは達成感を味わった。
祭りの当日、夕方から村中の人々が広場に集まってきた。
普段は作業着姿の村人たちも、今日は晴れ着に身を包んでいる。質素ながらも、それぞれが精一杯のおしゃれをして、特別な日を演出していた。
「皆さん、今夜は存分に楽しみましょう」
ゲルハルト村長の挨拶で、祭りが始まった。
まずは豊作への感謝の儀式が行われる。村に古くから伝わる伝統的な作法で、大地の恵みに感謝を捧げる。
「今年は特に豊かな実りをいただきました」
「これもセレスティア様のおかげです」
村人たちの感謝の言葉に、セレスティアは恐縮した。
「私はなにもしていません。皆さんが努力してくださったからです」
「謙遜なさらずに。あなたがいなければ、今年の豊作はありませんでした」
儀式が終わると、いよいよ食事と音楽の時間が始まった。
テーブルには村人たちが持ち寄った料理が並んでいる。新鮮な野菜を使ったサラダ、香ばしく焼けた肉料理、手作りのパンとチーズ。どれも素朴だが心のこもった料理ばかりだった。
「セレスティアさん、あなたもなにか作ってきてくれたんですか?」
「はい、アップルパイを焼いてきました」
セレスティアが持参したアップルパイは、たちまち人気となった。
「美味しい。こんな上品な味は初めてです」
「作り方を教えてください」
村の女性たちに囲まれて、セレスティアは嬉しそうに料理の説明をしている。
音楽隊が演奏を始めると、広場の雰囲気は一気に華やいだ。
村に古くから伝わる民族音楽が響き、人々は自然に体を揺らし始める。
「さあ、踊りましょう」
年配の女性が声をかけると、村人たちが次々に踊りの輪に加わっていく。
ケースラント村の伝統舞踊は、男女がペアになって踊る優雅なものだった。基本的なステップは簡単だが、パートナーとの息を合わせることが重要だった。
「セレスティアさん、一緒に踊りませんか?」
村の青年たちがセレスティアを誘ったが、彼女は遠慮した。
「私は踊り方がわからないので」
「簡単ですよ。すぐに覚えられます」
「でも」
セレスティアが躊躇していると、エルナ婆が背中を押した。
「遠慮することないよ。祭りは楽しむためにあるんだから」
「そうですよ、セレス先生。一緒に踊ろう」
子どもたちにも勧められて、セレスティアはついに踊りの輪に加わることにした。
最初は緊張していたが、村人たちの温かい指導で少しずつコツを掴んでいく。
「そうそう、その調子です」
「とても上手ですよ」
王都の社交ダンスとは全く違う、素朴だが心温まる踊りだった。堅苦しい作法はなく、ただ音楽に合わせて楽しく体を動かす。
「楽しい」
セレスティアが心から笑顔になった瞬間だった。
王都にいた頃は、舞踏会での踊りも義務的なものだった。相手の地位を考え、適切な会話を心がけ、常に周囲の視線を気にしていた。
しかし今夜の踊りは違う。純粋に楽しいから踊る。それだけのシンプルな喜びがあった。
「セレスティア様、とても素敵です」
「ありがとうございます」
踊りながらパートナーが何度も変わり、セレスティアは村の多くの人と踊った。男性も女性も、大人も子どもも、誰もが彼女を温かく迎えてくれた。
踊りが一段落した時、セレスティアは息を切らしながら休憩していた。
「疲れたか?」
振り返ると、レオンが心配そうに声をかけてくれた。
「少し。でも、とても楽しかったです」
「それはよかった」
レオンもいつもより表情が柔らかい。祭りの雰囲気に、彼も心を開いているようだった。
「レオンさんは踊らないのですか?」
「俺は踊りは苦手だ」
「そうなのですか?」
「昔は踊ったこともあったが、最近はすっかり忘れてしまった」
レオンの言葉に、セレスティアは少し寂しそうな表情を見せた。
「でも、君が楽しそうに踊っているのを見ていると、俺も嬉しくなる」
「本当ですか?」
「ああ。君の笑顔を見ていると、俺まで幸せな気分になる」
その言葉に、セレスティアの頬が赤くなった。
音楽隊が新しい曲を演奏し始めると、再び踊りの時間が始まった。
しかし、今度は少し違う雰囲気だった。ゆっくりとしたテンポの、ロマンチックな曲調だった。
「この曲は、特別な人と踊る曲なんです」
エルナ婆がセレスティアに説明してくれる。
「恋人同士や夫婦が、愛を確かめ合うために踊るんですよ」
広場では、夫婦やカップルが寄り添うように踊っている。その光景は美しく、温かい愛情に満ちていた。
「素敵ですね」
セレスティアがうっとりと見とれていると、突然後ろから声をかけられた。
「踊らないか?」
振り返ると、レオンが手を差し出していた。
「でも、レオンさんは踊りが苦手だと」
「君となら踊ってみたい」
レオンの真剣な表情に、セレスティアは胸が高鳴った。
「はい」
セレスティアがその手を取ると、二人は踊りの輪に加わった。
最初はお互いにぎこちなかったが、徐々に息が合ってくる。レオンは本当に踊りが苦手らしく、何度かステップを間違えた。
「すまない、下手で」
「いえ、私も上手ではありませんから」
二人は笑い合いながら踊り続けた。
完璧な踊りではないが、その分心がこもっている。お互いを思いやりながら、ゆっくりと音楽に合わせて動く。
「楽しいですね」
「ああ、楽しい」
周囲の村人たちも、二人の踊りを温かく見守っていた。
「お似合いの二人だね」
「きっと恋人同士よ」
そんな声が聞こえてきても、もう二人は気にしなかった。
この瞬間、この踊り、この時間が大切だった。
音楽が終わりに近づくと、レオンがセレスティアをより近くに引き寄せた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
二人は見つめ合った。
星空の下で、祭りの明かりに照らされて、特別な時間を共有している。
曲が終わると、周囲から拍手が起こった。
二人は恥ずかしそうに微笑み合い、それぞれの席に戻っていく。
しかし、その心の中には確かな変化があった。
友情から愛情への、決定的な一歩を踏み出した瞬間だった。
祭りが終盤に差し掛かった頃、村人たちは満足そうな表情を浮かべていた。
「今年は本当に素晴らしい祭りでしたね」
「久しぶりに心から楽しめました」
「来年もこんな祭りができるといいですね」
セレスティアも深い満足感に包まれていた。
王都での華やかな舞踏会とは全く違うが、この村の祭りには本物の温かさがあった。
「楽しい時間でした」
セレスティアが心からそうつぶやいたとき、レオンが近づいてきた。
「本当に楽しそうだったな」
「はい。こんなに楽しい夜は初めてです」
「初めて?」
「王都での舞踏会は、楽しさよりも義務感の方が強かったので」
セレスティアの率直な感想に、レオンは頷いた。
「ここでの生活は、すべてが本物だからな」
「本物、ですか」
「偽りのない、心からの感情で過ごせる」
レオンの言葉に、セレスティアは深く共感した。
「そうですね。ここでの生活は、すべてが本物です」
祭りの片付けを手伝いながら、セレスティアは今夜のことを振り返っていた。
村人たちとの楽しい会話、美味しい料理、そして何よりレオンとの踊り。
どれも王都では味わえなかった、特別な体験だった。
「また来年も、こんな祭りができるといいですね」
「ああ、きっとできる」
レオンが確信を込めて答える。
「君がいれば、この村はもっとよくなる」
その言葉に、セレスティアは希望に満ちた気持ちになった。
明日からまた日常が始まるが、今夜の思い出は心の中に大切に残るだろう。
特に、レオンとの踊りは忘れられない宝物になった。
二人の関係が新しい段階に入ったことを、セレスティアは確信していた。
これからどんな未来が待っているのか、楽しみでならなかった。




