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第17話「騎士の過去と秘密」

 新井戸の成功から三日後の夕方、セレスティアは村の記録整理を終えて小屋に戻るところだった。


 最近、村人たちからの信頼は絶大なものとなり、様々な相談事を持ち込まれるようになっている。税の計算、契約書の確認、子どもたちの教育計画。忙しいが充実した日々だった。


 小屋の前に着くと、レオンが待っていた。いつもと違い、何かを決意したような表情を浮かべている。


「レオン様、どうなされたのですか?」


「君に話すべきことがある。重要な話だ」


 セレスティアは彼を小屋に招き入れた。レオンは椅子に座ると、まっすぐに彼女を見つめた。


「俺の正式な名前は、レオン・ヴォルフガング・フォン・シュヴァルツブルクという」


「シュヴァルツブルク?」


 その名前に聞き覚えがあった。確か、王都でも名の知れた騎士名門の家系だった。


「シュヴァルツブルク辺境伯家の三男だった」


「辺境伯家の」


 セレスティアは息を呑んだ。レオンが名門貴族の出身だったとは。


「父はエルンスト・フォン・シュヴァルツブルク辺境伯。長兄アルフレートは家督継承者、次兄ヴィルヘルムは王宮騎士団長だった」


 レオンの語る家族構成は、まさに絵に描いたような名門騎士一族のものだった。


「俺は三男として、将来は独立した騎士領を与えられる予定だった」


「それが、なぜこちらに」


「五年前の春、すべてが変わった」


 レオンの表情が暗くなる。


「魔族の大規模な組織的侵攻があった。これまでの散発的な襲撃とは規模が違った」


「組織的な侵攻?」


「そうだ。魔族が本格的な軍事行動を起こした。シュヴァルツブルク領は最前線だった」


 レオンが立ち上がり、窓の外を見つめる。


「俺はその時、王都で外交交渉の任務に就いていた。隣国との国境問題の調停だった」


「それで、領地におられなかったのですね」


「緊急召集を受けて駆けつけたが、すでに三日が経っていた」


 レオンの拳が震えている。


「領都も、村々も、すべてが灰になっていた。父も、兄たちも、領民も、すべて」


「全滅、だったのですか」


「生存者は一人もいなかった。魔族は皆殺しにしていった」


 セレスティアは言葉を失った。一つの領地が完全に消滅するという惨劇。その唯一の生き残りがレオンだった。


「王国軍の援軍が到着したときには、魔族はすでに撤退していた。完璧に計算された作戦だった」


「それほど組織だった侵攻だったのですね」


「後にわかったことだが、これは魔族による王国への宣戦布告の一環だった」


 レオンが振り返る。


「シュヴァルツブルク家の完全な抹殺は、王国への明確なメッセージだった」


 その事実の重大さに、セレスティアは戦慄した。


「王国は当然、シュヴァルツブルク家の復興を約束した」


 レオンの声に、深い苦味が込められている。


「新たな領民を移住させ、城を再建し、爵位を復活させると」


「それが実現しなかったのですね」


「一年後、王国は方針を転換した」


 レオンが苦々しく語る。


「『魔族の脅威が去っていない以上、同じ場所での復興は危険すぎる』というのが建前だった」


「建前、ということは」


「本音は費用の問題だった。領地の復興には莫大な予算が必要で、王都の貴族たちがそれを望まなかった」


 王都の貴族政治の現実的な側面を、セレスティアは嫌というほど知っている。


「結果として、シュヴァルツブルク領は他の貴族領に分割された。俺は名前だけの騎士になった」


「爵位も剥奪されたのですか」


「正式な剥奪ではない。『一時的な継承権停止』という形だ」


 レオンの表情に、深い怒りが浮かんだ。


「つまり、いつまでも宙に浮いた状態に置かれた。復権の可能性をちらつかせながら、実際にはなにもしない」


「それは酷い仕打ちです」


「そこで俺は決断した。王国に頼るのをやめ、自分の力だけで生きていくと」


「それで各地を転々と」


「最初の目的は情報収集だった。魔族の動向を探り、いつか復讐を果たすために」


 レオンの瞳に、かつての復讐心の炎が宿る。


「各地で魔族の痕跡を追い、戦闘技術を磨き、復讐の機会を待っていた」


「でも、この村に定住されたのは」


「偶然だった。通りすがりに魔物の襲撃を目撃しただけだった」


 レオンが椅子に戻る。


「でも、村人たちを見捨てることができなかった」


「それはなぜですか」


「シュヴァルツブルク家の騎士としての最後の誇りだったかもしれない」


 レオンの答えには、複雑な感情が込められていた。


「領民を守れなかった俺が、せめて目の前の人たちだけでも守ろうと思った」


「贖罪の意味もあったのですね」


「そうかもしれない。でも、それだけではない」


 レオンがセレスティアを見つめる。


「この村で守るべき人たちに出会い、復讐よりも大切なものがあることを知った」


「大切なもの、ですか」


「生きている人たちの笑顔だ。そして」


 レオンが言いかけて口を閉ざす。


「感情を殺して戦い続けてきたが、この村では違った」


「どのように違ったのですか」


「人間らしい感情を思い出した。特に、君が来てからは」


 その言葉に、セレスティアの心が温かくなった。


「レオンさん」


 セレスティアが初めて「様」を外して呼びかけた。


「私には、あなたほど重い過去はありません」


「そんなことはない」


「でも、理解できることがあります」


 セレスティアが真剣な表情でレオンを見つめる。


「立場を失うということの辛さ、信じていた制度に裏切られる絶望感」


「君も経験しているからな」


「はい。でも、あなたの場合は家族の命まで」


 セレスティアの声が震える。


「私は王都での地位と家族の愛情を失いましたが、彼らは生きています。でも、あなたは」


「すべてを失った」


「その痛みは、私には想像もできません」


 レオンが驚いたような表情を見せる。これまで、自分の痛みを理解しようとしてくれる人はいなかった。


「でも、一つだけわかることがあります」


「なんだ?」


「あなたのご家族は、あなたに復讐の人生を歩んでほしくないと思っているはずです」


 レオンの表情が変わった。


「父上も、兄上方も、きっとあなたには幸せになってほしいと願っているはずです」


「でも、仇を取らずして」


「仇を取っても、失ったものは戻りません」


 セレスティアの言葉に、レオンは深く考え込んだ。


「それに、あなたはすでに立派に生きています」


「立派に?」


「この村の人たちを五年間も守り続けて、皆から愛されて」


 セレスティアが微笑む。


「ご家族も、そんなあなたを誇りに思っているはずです」


「そう思うか?」


「確信しています」


 レオンの目に、涙が浮かんだ。


「俺は、五年間ずっと迷っていた」


「迷い?」


「復讐を果たすべきか、この村で平穏に暮らすべきか」


「今はどう思われますか?」


「君と話していると、答えが見えてくる気がする」


 レオンがセレスティアの手を取る。


「この村で、君と一緒に生きていきたい」


「レオンさん」


「もう復讐のことは考えない。この村の未来のことだけを考えたい」


 その決意に、セレスティアは深い感動を覚えた。


「私も、あなたと一緒にこの村で生きていきたいです」


「本当か?」


「はい。心からそう思います」


 二人は見つめ合った。


 過去の痛みを分かち合い、未来への希望を語り合うことで、二人の関係はさらに深いものになった。


 レオンが身の上を明かした翌日から、村での二人の関係に変化が現れた。


「おはよう、セレスティア」


 朝一番にレオンがやってきて、読み書き教室 の準備を手伝ってくれる。


「おはようございます。ありがとうございます」


「もう敬語はやめてくれ。対等な関係だろう?」


「そうですね。おはよう、レオン」


 その変化に、村人たちも気づいていた。


「レオン様の様子が変わったな」


「セレスティアさんと話しているときの表情が、全然違う」


「いい変化だよ。人間らしくなった」


 午後の農作業でも、レオンは積極的に参加するようになった。


「この畑の土の状態はどうだ?」


「少し酸性が強いかもしれません。石灰を混ぜた方がいいでしょう」


「さすがだな。君の知識は本当に頼りになる」


 二人の会話は自然で、お互いを尊重し合っている様子が見て取れた。


「あの二人、いいコンビだね」


「お似合いの夫婦みたいだ」


 村人たちの間で、そんな声が聞かれるようになった。


 夕方の見回りでも、二人は並んで歩く。


「今日の子どもたちの授業はどうだった?」


「みんな、とても上達しています。特にルルは計算が得意になりました」


「君が教えるのが上手だからだ」


「レオンも子どもたちに武術を教えてくれませんか?」


「武術を?」


「護身術程度でいいんです。子どもたちも興味を持つと思います」


「考えてみよう」


 このような会話から、二人が将来のことを一緒に考えていることが窺える。


「この女性は特別だ」


 レオンが心の中でつぶやく。


 名門貴族出身の自分と、王都から追放された元令嬢。立場は違うが、お互いを理解し合える唯一の相手だった。


「明日は村の東側の見回りをしよう」


「はい。一緒に行きます」


 夜、小屋の前で別れるときも、二人の距離は以前より近くなっていた。


「今日も一日、ありがとう」


「こちらこそ。また明日」


「ああ、また明日」


 村人たちが見守る中、二人はそれぞれの住処に向かう。


 しかし、お互いへの想いは確実に深まっていた。


 レオンにとってセレスティアは、過去の呪縛から解放してくれる希望の光だった。


 セレスティアにとってレオンは、本当の自分を受け入れてくれる唯一の理解者だった。


 二人の関係は、友情から愛情へと静かに変化しつつあった。


 明日からの日々が、きっとさらに特別なものになるだろう。


 村の人々も、二人の関係の変化を温かく見守っていた。


「あの二人には、幸せになってもらいたいね」


「きっと、お似合いの夫婦になるよ」


 そんな期待の声が、村のあちこちで聞かれるようになった。


 レオンとセレスティア、二人の愛の物語が、新たな段階に入ろうとしていた。

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