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第14話「子どもたちとの絆と読み書き教室

 農作業と料理に慣れ始めた頃、セレスティアは村の子どもたちとの時間をより大切にするようになった。


 毎日の読み書き教室は村の日課として定着し、子どもたちも楽しみにしている。今日も夕方になると、五人の子どもたちが広場に集まってきた。


「セレス先生、今日はなにを教えてくれるの?」


 ルルが期待に満ちた表情で尋ねる。七歳の彼女は、文字を覚えるのが一番早く、いつも積極的に参加してくれる。


「今日は『ありがとう』という言葉を書いてみましょう」


 セレスティアが地面に大きく文字を描く。


「『あ』『り』『が』『と』『う』。感謝の気持ちを表す、とても大切な言葉よ」


「ありがとう」


 子どもたちが一斉に復唱する。その純粋な声に、セレスティアの心は温かくなった。


「トム、君から書いてみて」


 八歳の男の子トムが、恥ずかしそうに前に出てくる。棒を握る手は不慣れだが、一生懸命に文字を地面に描いていく。


「上手ね、トム」


「本当?」


 トムの顔が嬉しそうに輝く。褒められることで、子どもたちの学習意欲はさらに高まっていく。


 次は六歳のミアの番だった。まだ文字を書くのは難しいが、一画一画丁寧に描いている。


「ミア、とても上手よ。最初の頃より、ずっと綺麗に書けるようになったわね」


「ありがとう、セレス先生」


 ミアが満面の笑みで答える。その笑顔を見ていると、セレスティアは教える喜びを実感した。


「先生、僕たちが文字を覚えたら、どんないいことがあるの?」


 九歳のエディが質問する。彼は村の子どもたちの中でも特に好奇心旺盛で、いつも鋭い質問をしてくる。


「そうね、文字が読めると、いろいろな本を読むことができるの。遠い国のお話や、不思議な魔法の話も知ることができるわ」


「魔法の話?」


 子どもたちの目が一斉に輝く。


「それに、お手紙も書けるようになるのよ。遠くに住んでいる人とも、文字でお話ができるの」


「すごい」


「僕も早く覚えたい」


 子どもたちの熱意に、セレスティアは嬉しくなった。学ぶことの楽しさを伝えられているようで、教師としての充実感を感じる。


「それから、計算もできるようになると、お店でお買い物をする時に困らないわよ」


「計算も教えて」


「もちろんよ」


 セレスティアが簡単な足し算を地面に書いて見せる。


「1たす1は?」


「2」


「2たす3は?」


「5」


 子どもたちが元気よく答える。数字の概念も少しずつ身についてきているようだった。


「先生、僕たちの村にも学校があったらいいのにね」


 エディが少し悲しそうに言う。


「王都には立派な学校があるって聞いたことがあるよ」


 その言葉に、セレスティアは胸が痛んだ。確かに王都には王立学院をはじめ、多くの教育機関がある。しかし、辺境の村にはそのような恵まれた環境がない。


「でも大丈夫よ。私たちで小さな学校を作りましょう」


「小さな学校?」


「そう。この広場が私たちの教室よ。そして、みんなが生徒で、私が先生」


 セレスティアの提案に、子どもたちは大喜びした。


「やった、僕たちの学校だ」


「セレス先生が校長先生ね」


 子どもたちの無邪気な喜びに、セレスティアも笑顔になった。確かに立派な校舎はないが、学ぶ心があればどこでも学校になる。


 子どもたちとの会話をきっかけに、セレスティアは読み書き教室をより本格的に運営することにした。


 翌日、村長のゲルハルトに相談に行く。


「村長さん、読み書き教室をもう少し充実させたいのですが」


「充実させる、というと?」


「子どもたちだけでなく、大人の方々にも参加していただきたいのです」


 ゲルハルトが困惑した表情を見せる。


「大人にも、か。でも、畑仕事で忙しいし」


「夕方の短い時間で構いません。読み書きができれば、王都からの書類も理解できるようになります」


 セレスティアの説明に、ゲルハルトの表情が変わった。


「確かに、役所からの書類は読めなくて困ることが多い」


「はい。それに計算ができれば、税の計算も確認できます」


 この提案は、村にとって実用的な価値があった。これまで王都からの書類は、文字が読める数少ない人に頼っていたが、それでは内容を正確に把握することが難しい。


「わかった。村人たちに声をかけてみよう」


 ゲルハルトの協力を得て、セレスティアは大人向けの読み書き教室も開設することになった。


 最初の授業には、十人ほどの大人が参加した。年齢は二十代から五十代まで様々だが、皆真剣な表情で席についている。


「皆さん、今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


 セレスティアが挨拶すると、参加者たちは緊張した面持ちで頷いた。


「最初は簡単な文字から始めましょう。まず、自分の名前を書けるようになることを目標にします」


「名前を書く?」


「はい。契約書や書類に、自分の名前を書けるようになれば、とても便利ですよね」


 参加者たちが頷く。確かに、自分の名前くらいは書けるようになりたいと思っている人が多かった。


「ハンスさん、あなたの名前から始めましょうか」


 鍛冶屋のハンスが前に出る。彼は農作業を教えてくれた恩人でもある。


「『ハ』『ン』『ス』、この三つの文字です」


 セレスティアが丁寧に書いて見せる。


「ハンスさん、やってみてください」


 ハンスが大きな手で、不慣れな様子で棒を握る。農作業で鍛えられた手は力強いが、繊細な文字を書くには不向きだった。


「こんな感じか?」


「とても上手です。もう少し丸く書くと、より綺麗になりますよ」


 セレスティアが優しく指導する。


 一人ずつ、自分の名前を書く練習をしていく。最初はぎこちなかったが、徐々にコツを掴んでいく様子が見て取れた。


「セレスティアさん、これは本当に役に立ちそうだ」


 農夫のベルントが感心して言う。


「ありがとうございます。続けていれば、きっと上達されますよ」


 授業が終わった後、参加者たちから感謝の言葉をもらった。


「今まで、文字は貴族だけのものだと思っていたよ」


「自分の名前が書けるなんて、夢みたいだ」


「王都の書類も、少しは理解できるようになるかもしれない」


 皆の反応は上々だった。セレスティアも、教える喜びを深く実感していた。


 読み書き教室を始めて一ヶ月が経つ頃、その効果が目に見えて現れてきた。


 子どもたちは簡単な文章が読めるようになり、大人たちも自分の名前を書けるようになった。さらに、基本的な計算もできるようになっている。


「セレス先生、これ読める」


 ルルが古い絵本を持ってきて、得意そうに読み上げる。


「『むかしむかし、あるところに』……読めた」


「すごいわ、ルル。とても上手よ」


 セレスティアが褒めると、ルルは嬉しそうに笑った。


 子どもたちの上達ぶりは、村人たちの間でも話題になっていた。


「うちの息子が字を読んでるのを見て、びっくりしたよ」


「娘が計算を教えてくれるなんて、思いもしなかった」


 親たちの驚きと喜びの声が、セレスティアの耳に届く。


 特に印象的だったのは、農夫のベルントの変化だった。彼は読み書き教室に熱心に通い、メキメキと上達していた。


「セレスティアさん、これを見てくれ」


 ベルントが小さな紙片を持ってくる。


「自分で作物の記録をつけてみたんだ」


 そこには、収穫量や天候の記録が、拙いながらも丁寧な文字で書かれていた。


「素晴らしいですね、ベルントさん」


「こんなことができるようになるなんて、思わなかった」


 ベルントの目には涙すら浮かんでいる。


 文字を書けるということは、彼にとって人生を変える出来事だったのだ。


 大人の生徒の中には、王都からの書類を理解しようと努力する人も現れた。


「税の計算書を自分で読んでみたら、おかしな部分が見つかったよ」


 村の主婦マリアが報告してくれる。


「本当ですか?」


「ええ。計算が合わない箇所があるの」


 これは重要な発見だった。もし税の計算に間違いがあれば、村が不当に多く支払っている可能性がある。


「その書類、私にも見せていただけませんか?」


「もちろんよ」


 マリアが持ってきた書類を検討してみると、確かに計算に誤りがあった。村が支払うべき税額より、二割近く多く徴収されている。


「これは明らかに間違いですね」


「やっぱり」


「村長さんに報告して、王都に問い合わせてもらいましょう」


 この発見により、村は不当に徴収されていた税を取り戻すことができた。読み書き教室の実用的な効果が、具体的な形で現れた瞬間だった。


「セレスティアさんのおかげで、大きな得をしたよ」


 ゲルハルト村長が感謝を込めて言う。


「皆さんが熱心に学んでくださったおかげです」


「いや、君が教えてくれなければ、我々は一生気づかなかった」


 村人たちの感謝の言葉に、セレスティアは深い充実感を覚えた。


 教育は確実に村人たちの生活を向上させている。そして、自分の存在価値も証明できている。


 夕方の読み書き教室を終えた後、セレスティアは片付けをしていた。


「熱心だな」


 振り返ると、レオンが木陰から現れた。いつものように見回りの途中で、教室の様子を観察していたようだ。


「レオン様、いつからいらしたのですか?」


「授業の途中からだ」


 レオンが教室の跡地を見回す。


「村人たちが真剣に学んでいるのが印象的だった」


「皆さん、とても熱心なんです」


「君の指導も的確だった。さすがは王立学院出身だな」


 レオンの褒め言葉に、セレスティアは嬉しくなった。


「ありがとうございます」


「特に、税の計算間違いを発見したのは見事だった」


「それはマリアさんが気づいてくださったことで」


「君が読み書きを教えなければ、マリアも気づけなかった」


 レオンの指摘は的確だった。


「この教室は、村にとって本当に価値のあることだ」


「そう言っていただけると嬉しいです」


「君は村に欠かせない存在になったな」


 レオンの表情には、明らかな評価の色があった。


「悪くないな」


 その言葉を最後に、レオンは夜警の任務に向かって行った。


 セレスティアは、彼の後ろ姿を見送りながら微笑んだ。


 レオンから認められることが、これほど嬉しいとは思わなかった。


 村での新しい人生は、着実に実を結んでいる。


 明日もまた、子どもたちと大人たちが学びにやってくるだろう。


 その期待に応えるために、セレスティアは今日も充実した一日を終えることができた。


 夜空に輝く星を見上げながら、彼女は心の中で誓った。


 この村と、この人たちのために、自分ができることをすべてやろう。


 それが、新しい人生を歩む自分の使命なのだから。

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