表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
60/66

【記憶】  本宮理人②


 秋が過ぎ、冬の寒さが和らいでいく。

 緑が芽吹く春から、やがて太陽が照りつける夏が訪れる。

 季節が一巡するころ、理人は十七歳になろうとしていた。

 この年頃の子供たちは、多くが学校へ通うらしい。しかし、理人はそうしなかった。

 理沙の母はすでに他界し、幼い頃に離婚して以来、父とは連絡も取り合っていない。経済的にも余裕のない本宮家では、生活費を稼ぐため、理人も姉も働くしかなかった。

 理沙は何とか高校を卒業し、仕事に明け暮れながら家計を支えていた。理人もまた、朝から夜にかけてコンビニや飲食店で働き、毎晩くたくたになって帰宅する。

 王族という、恵まれた環境での生活とは、何もかもがかけ離れた日常。剣の修行やギルドの依頼をこなすのとは違った疲労感に、初めは心身ともに圧倒された。

 理人は、なにかに追われるように動き続けた。そうでもしないと、自分の存在があやふやに感じてしまい、恐ろしかった。

 あるいは、存在しない記憶を植え付けられた理沙への、罪滅ぼしでもあったかもしれない。

 異世界から来た自分を、何も知らぬまま、弟として受け入れざるを得なかった理沙。

 彼女の眼差しは、いつだって優しさに満ちていた。本当の弟として見守り、慈しんでくれた。

 たとえその記憶が偽りであろうとも、理人には、彼女の存在が何よりも支えとなった。

 店先で顔を合わせる人々や、同じアルバイト仲間との会話。些細なやり取りの中で、この世界の生活が少しずつ馴染んでいく。友人もできた。

 何より驚かされたのは、現代の街に溢れる娯楽の数々だった。

 カラオケやボーリング、ショッピングモールの遊戯施設に足を運ぶと、どこも夜遅くまで人の笑い声で賑わっている。ネオンの光が灯る街を歩きながら、理人は想像もできなかった楽しさに目を奪われた。

 家に戻れば、テレビや漫画、アニメ、ゲームなど、多彩な文化の数々。中には、異世界転生や転移を題材にした作品もあり、不思議な親近感を覚えながら画面を眺めた。

 しかし、どれだけ文明に触れても、星は見えなかった。

 夜空を見上げるたび、理人は広い草原や流れる星の光を思い出す。

 溢れ出るのは、懐かしい故郷への想い。彼は帰ることを諦めてはいなかった。

 だが――。

 自身の心境の変化に気付いたのは、いつのことだろうか。

 帰還ついて考えると、同時に、胸の奥がちいさく軋む。

 気がかりなのは、理沙のことだ。

 共に暮らすうち、彼女の存在は、理人にとって不可欠なものになっていた。

 休日の朝、二人で台所に立ち、簡単な朝食を作るとき。

 雨の午後、畳に寝そべって、ひとつのテレビを共有する時間。

 冬の夜、壊れたストーブを眺めて、ふたりで毛布にくるまったこと。新しいコタツに目を輝かせて、暖を取り合ったこと。

 すべてが慎ましく、しかしかけがえのない思い出となって、理人の心に積み重なっていった。

 離れたくない。

 そう願うほどに。


 姉弟の暮らしは穏やかに続き、何度目かの春が訪れていた。

 理沙、二十歳の誕生日。

 この国では、大人への一歩を踏み出す、特別な節目とされる年だ。

 自室の机に向かい、理人は小さな箱と睨み合っていた。

 不器用な包装紙に簡易リボン。見よう見まねで何度も包み直した痕跡が、箱の角にいくつも残っている。

 苦笑しながら、指でリボンをなぞる。

 ずっと悩んでいた。

 理沙への誕生日プレゼントを、何にするか。

 結局、選んだのは本来の世界から持ち込んだもの。

 祖母から受け継いだ、アイオライトのペンダント。

 転移のとき、偶然にも身につけていた品だった。

 店舗で見たアクセサリーは、どれもしっくりこなかった。理沙自身も「大げさなことはしなくていい」と笑っていた。

 それでも、理人はどうしても彼女を祝いたかった。

 ――いつか、大切な人ができたら贈りなさい。

 そう言った祖母の声が、耳に残っている。

 この先、彼女以上に大切に思える相手が現れる気はしない。なにより、理人はこのペンダントを理沙に持っていてほしかった。

 顔を上げた瞬間、ふと鏡が目に入る。

 そこに映るのは、転移したときから変わらぬ十六歳の姿。

 髪型や服装で誤魔化してはいるものの、いつまで隠し続けられるのか。

 理沙には「成長が止まっちゃったね」と冗談めかされ、友人には「童顔だ」とからかわれる。

 笑ってやり過ごす一方で、理人は胸の奥にひやりとした恐怖を抱えていた。

 この世界において、自分はやはり異物なのだ。

 理沙や友人の記憶を騙しながら、留まり続ける日々。

 いつかは離れるときが、離れなければいけないときが来るのだろう。帰還の可不可に関わらず。

 鏡に映る少年の姿を見るたび、理人はそれを思い知らされる。


(……そろそろ、帰ってくる頃かな)


 不安を押し殺すように立ち上がり、壁にかかる時計を見上げた。時刻は夜の十時を過ぎている。

 「誕生日だもん。今日は残業なんてしないんだから」と理沙は意気込んでいたけれど――。

 そのとき、玄関の扉が音を立てて開かれた。

 仕事を終えた理沙が帰ってきたのだ。


「ただいま~。もう、今日こそは定時で帰れると思ってたのに……!」

「おかえり、夕飯できてるよ。先に食べる?」

「そうする。もうお腹ペコペコ」


 食卓には、手作りの料理が並んでいた。

 メインはハンバーグ。以前作った時に、彼女が好きだと言ってくれた料理。

 さらには、苺が飾られたホールケーキ。小さいながらも、二人で分けるには十分すぎる大きさだ。


「すごい……!」

 

 目を輝かせ、理沙は嬉しそうに食卓を見渡す。

 少しだけ大人びた笑顔。しかしその無邪気さは、出会った頃から変わらない。


「姉さん」


 真剣な声で呼びかけると、振り返った理沙と目があった。黒い瞳に囚われて、理人は言葉を見失う。

 珍しく緊張の色を見せた弟に、理沙もわずかに表情を引き締めた。


「あの……これ。誕生日プレゼント」


 理人が差し出したのは、先ほどまで睨み合っていた小さな箱。

 驚きに目を見開きながらも、理沙は壊れ物を扱うように慎重に受け取った。

 震える指先で包装を解き、蓋を開く。

 現れたのは、青みがかった紫色の石をあしらったペンダントだった。


「……綺麗」

 

 息を詰まらせるような声で、理沙は小さく呟いた。


「アイオライト、っていう宝石らしい」

 

 理人は、祖母の受け売りを口にする。

 宝石にはてんで詳しくない理人だが、その響きだけは不思議と覚えていた。

 

「姉さん、自分のことには無頓着だから。こういうの、ひとつは持っていてもいいんじゃないか、って」


 理沙は何かを言いかけ、そして言葉を呑み込む。

 かわりに、ペンダントをそっと手に取り、瞳を潤ませながら笑った。


「ありがとう」


 たった一言に、胸が熱くなる。


「ね、付けてくれる?」

 

 理沙は背を向け、黒髪をまとめてうなじを見せた。

 どきり、と理人の心臓が跳ねる。

 少し背の高い姉の、細く白い首筋。そこへチェーンをまわし、慎重に金具を留める。動揺を悟られぬよう、息を殺して。


「はい、どうぞ」

 

 おどけたようにぱっと手を離すと、理沙が振り返った。

 その胸元で、アイオライトが小さく揺れる。

 嬉しそうに微笑む彼女の姿は、その輝きごと、理人の記憶に焼き付いた

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ