5話 常緑の国にて⑤
それから二人は、時間の許す限り語り合った。
ルナリスは、アイオライト家に生まれた自身の半生を。
彼は、懐かしい思い出を、ひとつひとつ大切になぞりながら。
まるで、かつての日々が戻ってきたかのように、二人だけの時間が過ぎてゆく。
ルナリスが前世という秘密を誰かに語ったのは、これが初めてだった。
このことだけは、たとえ家族であっても打ち明けられなかった。
記憶はおぼろげでも、前世の「誰か」が自分にとってかけがえのない存在であることに、ルナリスは確かな実感を持っていた。
けれど、今の家族にとってはどうだろう。
愛する娘が、自分たちの知らない「誰か」を深く想っていると知ったら、どんな気持ちになるだろうか。
優しい彼らのことだ。拒絶はしないだろう。しかし、きっと複雑な思いにはなるはずだ。
ルナリスは、アイオライト家の人々を心から愛していた。
だからこそ、彼らに悲しい想いだけはさせたくなかった。
「……話してくれて、ありがとう」
胸の内を明かしたルナリスを、優しい声が包み込む。
すべてを受け止めるような緑の眼差しは、彼女の心に深く沁みわたった。
「話すもなにも、あなただって当事者じゃない」
ようやく肩の力を抜いたルナリスが、冗談めかしてそう返す。
長く背負っていたものが、少しだけ軽くなった。そんな気がした。
「あなたにだって、あるのでしょう?」
「あるって、何が?」
「前世の記憶。いったい、どこまで覚えているの?」
その問いかけに、彼は僅かだが視線を落とした。
足元の石畳をじっと見つめるその横顔は、穏やかながらも、どこか言葉を探しているような揺らぎを帯びていた。
「多分……全部。あの頃のことは、全部覚えてる」
「全部ですって?」
ルナリスは驚きの声を上げた。
記憶のあり方に、これほどの差があったとは思いもしなかったのだ。
なにしろ彼と再会するまで、自身のこと以外に覚えていたのは、「大切な人がいた」というおぼろげな感情だけだったのだから。
「そんなこともあるのね……」
ルナリスは目を伏せ、小さく息を吐く。
前世の記憶をすべて抱えたまま生きるとは、一体どんな気持ちなのだろう。断片的に覚えていた自分ですら、悩み、誰にも言えず秘めてきたというのに。
苦しかったのではないか。
捨ててしまいと思ったことは、ないのだろうか。
だが、彼はそんなルナリスの心配を打ち消すように、思いもよらぬ言葉を返した。
「忘れられるわけないだろ……姉さんのこと」
不意に向けられたまっすぐな声に、ルナリスは顔を上げる。
すると彼は、バツの悪そうな表情を浮かべて視線を逸らし、頬をかすかに染めながら続けた。
「……って、なんか恥ずかしいな。今の、忘れて」
そう言って、耳のあたりをかきながらそっぽを向くその仕草は、記憶の中にある弟そのままだ。
素直で、優しくて。それなのに、すぐ照れて誤魔化してしまうところも。
(なにひとつ、変わらないのね)
そう、なにひとつとして。
顔も、声も、仕草も。全てがあの頃のまま――。
(――あの頃のまま? いえ、ちょっと待って)
そこで、ルナリスはふと、あることに思い至る。
これまで再会の喜びが大きすぎて気付けなかった、けれど、考えてみれば当然の違和感。
ルナリスには確かに前世の記憶が残っているが、あの時の姿でこの世界に生まれたわけではない。容姿は大分様変わりしているし、声だって違う。
だが、彼はそうではない。
弟の記憶を持ち、弟の姿のまま、弟と同じ声で話している。
自分と同じく「転生」したのなら、姿が変わるはずではないのか。
けれど彼は、どうして。
(どうして彼だけが、前と同じ姿のまま、ここにいるの……?)
風が頬をかすめ、葉音を鳴らしながら木々が揺れる。ざわざわとしたその音は、湧き上がる疑問をさらに駆り立てた。
この違いは、一体何を意味しているのだろう。
奇跡にしても、あるいは運命のいたずらにしても、できすぎている。
「ねぇ、リト」
ルナリスは、緑の瞳を覗き込む。
しっかりと、まっすぐ。逃げ道を与えぬように。
「なにか隠していることがあるわね?」
にっこりと微笑むその表情には、かつて姉として君臨していた頃の風格すら漂っていた。




