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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
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【記憶】  本宮理人①


 ――オメデトウゴザイマス。

 アナタハ、スキル“行きし者”ヲ取得シマシタ。同位座標ニ接続、転移完了。


 それは、冷たく乾いた声だった。人の温もり、感情、そうしたものを一切感じさせない響き。

 はっとして、あたりを見渡す。足元で、ギシリと床が軋んだ。

 室内であることは確かだろうが、見慣れない造りの建物だった。

 均等に削られた木の柱。圧迫感さえ覚える細い廊下には、同じ形の平らな板が敷かれている。壁の作りは石でも土でもなく、ざらついた紙のような手触り。とにかく不思議で、奇妙な建造物。

 先ほどまで彼は、庭園の展望台に立っていたはずだった。

 空を仰ぎ、幾筋もの星が流れ落ちる夜を眺めていた。

 けれど。

 一瞬の空白を挟んで、気づけばこの場所に立っている。何がどうなったのか、理解が追いつかない。


 ――続ケテ、“運命調律フェイト・チューニング”ガ開始サレマス。

 コチラニハ、変更オヨビ停止ノ権限ガ、アリマセン。シバラクオ待チクダサイ。


 またしても、硬い声が頭の中に響いた。

 直後、リヒトの意識に情報が流れ込む。抗えない濁流に飲み込まれ、視界が揺れた。

 この世界はどこなのか。

 人々がどんな言葉を話し、どんな習慣を持つのか。

 道具の使い方や覚えのない所作まで。

 否応なしに理解させられる。

 強烈なめまいと頭痛がリヒトを襲った。思わず壁に手をつき、吐き気をこらえる。だが、その痛みは不思議なほど短く、やがて波が引くように収まっていった。


 ――調律完了。ソレデハ、ヨイ旅ヲ。


 そう告げると、声は消え去った。

 残されたのは、誰もいない廊下と、自分の荒い息遣いだけだった。


 本宮理人。

 それがこの世界で与えられた、自分の名前らしい。

 理人という存在は、この名とともに人々の記憶に組み込まれている。先ほど頭に流れ込んだ情報が、その事実を理人に飲み込ませた。

 星の狂乱――この世界では流星群と呼ばれる現象が、魔力の暴走を引き起こすこと。

 それに巻き込まれ、たまたま異世界の日本という国に転移したこと。

 そして偶然、世界同士の座標が一致しただけで、彼はこの家の一員としての役割を与えられたこと。

 

(一体なんの冗談だ?)


 理解は()()()()()が、納得はできない。

 運命の悪戯だとしても、あまりに絶望的な状況。

 異なる世界、理不尽な出来事。

 この名前、役割。すべては偶然に重ねられた産物なのだ。

 理人の胸中に、言葉にならない戸惑いと、恐怖が混じる。

 

(よい旅を、だって? 帰れる保証もないのに、ふざけてる……!)


 唇の震えをこらえ、奥歯を噛み締める。そうでもしないと、感情のままに喚き散らしてしまいそうだった。

 いつのまにか崩れ落ちていた身体を、理人はなんとか奮い立たせる。

 とにかく、帰還の手立てを考えなければ。

 フラフラした足取りで狭い廊下を進むうち、彼はあることに気が付いた。

 香の匂いがする。

 彼の世界では、寺院や神殿などで使われることの多いものだ。それが、廊下の向こうから漂ってくる。

 わずかでも故郷を感じさせる匂いに、理人は思わずほっと息を吐いた。

 静かに近付いて、部屋を覗き込む。

 障子の扉はところどころ破れ、畳は古びて色褪せていた。

 小さくて低いテーブルの前に、ひとりの女性が座り込んでいた。

 まるで魂が抜けたかのように静かだ。背中から感じ取れるのは、深い悲しみ。喪服に包まれた肩は、小さく震えていた。

 テーブルの上には、布に包まれた箱がひとつ。その横では、白く細い煙が、ゆらゆらと立ち昇っている。

 誰を弔っているのか、どんな悲しみに沈んでいるのかも、理人にはひと目で分かった。

 声をかけるべき……なのだろうか。

 迷いと恐れが、言葉をのどに詰まらせた。

 だが、長い沈黙と思案の末に、理人は顔を上げた。

 戸惑いながらも踏み出してしまったのは、その姿があまりにも儚く、消え入りそうだったから。

 そして、彼の胸に自然と浮かんだ呼びかけは、


「――姉さん」


 という一言だった。

 理人にとって、初めて出会った異世界の人間。

 それが「姉」としての役割を与えられた彼女――本宮理沙だった。



 

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