表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
5/42

4話   常緑の国にて④

※「萌芽」の中月=4月


(そりゃあ、「すぐ会える」なんて言ってたけれど……)


 一歩前を歩く背中を追いながら、ルナリスは心の中で小さく唸る。

 立会人による顔合わせを済ませた二人は、場所を移して、緑あふれる城の庭園を歩いていた。

 もちろん侍女や護衛役たちが遠巻きに控えているため、完全に二人きりというわけにはいかないが、声をひそめれば会話の中身までは届かないはずだ。

 内密の話をするには、またとない機会。けれど、ルナリスの口はなかなか開かなかった。

 妙な緊張が、纏わりついて離れない。


(こんな形で出会うなんて思いもしなかった。弟が婚約者? あのリトが?)

 

 思考がぐるぐると回って、現実に追いつけない。

 そして、その混乱は彼も同じらしいと、ルナリスは思う。

 顔合わせのときから、ずっとそわそわと落ち着かない様子で、何か言いかけては口を閉じる。先ほどからずっと、その繰り返しだった。

 二人が歩く庭園は見事に手入れされており、草花と木々が織りなす緑の調べに満ちていた。今は「萌芽」の中月。多くの花々が美しく咲き誇り、樹木は瑞々しい若葉に覆われている。

 木漏れ日が地面を柔らかく照らし、風は優しく頬をなでていく。

 目の前でふわふわと揺れる赤茶色の髪を見つめながら、ルナリスはふと、ある記憶を思い出した。

 

「……どうしたの?」


 漏れてしまった笑い声に、彼がようやく振り返る。


「ん……なんか、懐かしいなって思って。その猫っ毛、相変わらずね」

「なっ――」

「時々、すっごい寝ぐせができてたわ。なのに、雨の日には『ぺったんこになるー』って騒いで」

「い、いつの話してるんだよ……!」


 彼は思わず声を荒げたが、遠くから見守る家臣たちの視線に気づき、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 ルナリスはその様子をじっと見つめていたが、やがて小さく息を吐き、どこか寂しげな笑顔を浮かべる。


「ホント……いつの話なんだろう、ね」


 その一言は、どこか線を引くような響きを持っていた。

 向かい合う二人の間を、風が通り抜ける。

 ルナリスは、彼の目線がほとんど自分と同じ高さにあるということに気付いた。以前は、少しだけ下にあった、彼の瞳。

 見知らぬ成長の跡は、互いに知らない時間を過ごしてきたことに他ならない。

 前世の家族に再び出会うという、奇跡のような出来事。

 ルナリスの心は、何度も歓喜に揺れた。ともすれば今だって、その喜びに身を任せたくなる。

 ――けれど。

 彼には彼の人生がある。

 どのようにこの世界へとやって来たか想像もつかないが、今の彼は弟としてではなく、この国の王子として生きた時間がある。

 今の自分が、ルナリス・アイオライトとして生きているように。

 

「あの、さ」


 ルナリスの目に、ふと陰が差したのを見て取ったのか、彼はほんの少し表情を曇らせた。

 それでも、すぐに穏やかな声音で、そっと声をかけてくる。


「……色々、積もる話もあるけどさ。俺は、会えてよかったって思ってる」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 真っ直ぐに向けられる優しい言葉が、変わらない彼の面影を呼び起こしていた。


「……うん。私も、会えて嬉しい」


 短く、けれど確かな想いを返すと、彼は少しだけ口元を緩めた。

 ふわりと優しい沈黙が訪れる。

 知らない時間を過ごしてきたことに、寂しさがないわけではない。けれどそれ以上に、奇跡のような再会を大切にしたいと思った。

 今はそれでいいのだ。きっと。

 ルナリスはそう自分に言い聞かせ、前世と今の間で揺れる感情をそっと胸の奥にしまい込んだ。

 

「展望台に案内するよ。気に入ってる場所なんだ」


 殊更に明るい声がかかる。

 気を遣われただろうか。あるいは、彼自身も、このくすぐったい空気を変えたかったのかもしれない。


「展望台? 何が見えるの?」

「街と平原。それ以外は何も。でも、そこでならゆっくり話せると思う」


 そう言って、リヒトはそっと手を差し出した。

 その仕草はどこかぎこちなくもあったが、迷いのない真っ直ぐな眼差しが添えられていた。


「……なにそれ。まるで王子様みたい」


 思わず目を丸くすると、彼は少しむくれたように言い返した。


「王子様だってば」


 小さく笑い合い、ルナリスは彼の手をそっと取る。

 触れた温もりは変わらないのに、指の長さも、掌の広さも、記憶よりずっと遠くにある気がして。

 包み込むようなその手に、ルナリスはほんの少し戸惑いを覚えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ