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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
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43話   冒険者たち③


 一方そのころ、ルナリスたちの一行もまた、リヒトたちが滞在している村の近くまで辿り着いていた。

 顔ぶれは、ルナリス、サフィナ、ラセル。そしてリエラと名乗る女性に加え、新たな姿がひとつあった。

 ひょろりとした長身に、頼りなげな猫背。服の上からでも分かるほど痩せた体つきで、どこか幸の薄そうな青年だった。顔立ちは若いはずなのに、ぼさぼさの銀髪と気力のなさが、彼を必要以上に老けさせて見せている。

 彼の名は、オズ。

 グランフィルド平民区の外れで、ひっそりと暮らしている魔術師である。

 ノクティリカ出身のオズは、微弱な魔力しか持たなかったことから家族に疎まれ、数年前にウォルフワーズへと移り住んできたという。彼は小さな家の中でひとり、魔術の研鑽を続けていた。

 そんな彼が、なぜこの一行に加わることになったのか。

 それは、リヒトの足取りを追おうとしていた時のことだった。

 ルナリスたちは身を潜めたまま、冒険者ギルドから出て街の外へ向かう彼を観察していた。

 サフィナやラセルが制止する声もあったが、ルナリスは既に後をつける気満々といった様子でふたりを説得した。そこへリエラが「私も行く」と強引に同行を願い出たのである。

 唯一の知り合いであるラセルは、なぜか彼女を強く拒めない。

 突然の申し出に、ルナリスもサフィナも目を白黒させるばかりだったが、問題は他にもあった。リヒトの向かう先が分からない以上、危険地帯に入る可能性もある。冒険者らしき仲間もいたため、魔物との遭遇は覚悟しなければならなかった。


「私一人では限界があります」


 ラセルの進言もあり、結局リエラを連れていくことに決まった。そして、押し切られた侍女も。

 リエラは手慣れた様子で、さくさく支度を済ませ、


「領主の家には使いを出しておいたから」


 と、さらりと告げた。

 領主の館で彼女を見かけたことはないが、もしかすると縁者なのかもしれない。密かにため息を吐く侍女と騎士を横目に、ルナリスはそんなことを考えていた。

 それから、このオズという男であるが――。

 リエラは、実に自由奔放な性格だった。

 市場で買い出しをしていたオズを見つけるや否や、「役に立ちそうだから!」という理由で、ろくな説明もせずに彼を連れてきてしまったのである。顔馴染みであることを考慮しても、なかなかに強引である。

 最初こそ困惑していたルナリスたちだったが、結果として、オズの存在は思いのほか大きな助けとなった。

 というのも、彼が持っていたのは強力な魔術ではなく、彼自身が開発したという魔道具の数々だった。

 自動で動く小型の荷車。姿を隠すための天幕。他にも、旅に役立つ道具を揃えていた。

 どれも効果は絶大で、もし彼がいなければ、にぎやかな一行による尾行などたちまち気づかれていたことだろう。

 リヒトが宿に入るのを見届けて、ルナリスたちも野営の準備に取り掛かる。村を臨む丘の上にある、崩れた城塞の跡地に姿隠しの天幕を張り、焚火を囲む。

 スープの良い香りを立ち昇らせる鍋の前に座りながら、ルナリスはふと傍らに視線をやった。

 少し離れた場所に腰を下ろしているのは、オズだった。

 姿勢は変わらず頼りなげで、ぼんやりと焚き火を見つめている。ときおりちらりと此方を気にしては、何か言おうとして、結局やめているようだった。

 落ち着かない様子に、ルナリスは小さく笑みを漏らす。


「あなたも災難ね」


 声をかけると、オズはびくりと肩を跳ねさせてこちらを見た。驚いた拍子に、顔に掛けていた片眼鏡(モノクル)がずるりとずれ落ちる。


「あ……す、すみません。ぼく、何かしましたか……?」

「違うわよ。今回のこと、強引に付き合わせてしまったでしょう」


 オズは伸びた前髪の奥でぱちぱちと瞬きをしてから、ようやく「ああ」と小さく納得の声を漏らした。


「ラ――リエラ様は、ずっとああいう方ですから」


 口では困っているようだが、不思議と嫌そうな色はなかった。慣れているというか、受け入れているというか。片眼鏡をかけ直すたび、またすぐにずれてしまい、仕方なさそうに微笑むオズの姿に、ルナリスも自然と肩の力が抜けた。


「それにしても、あなたの魔道具……すごいのね」


 そう口にすれば、焚き火の向こうからリエラの声が飛んでくる。


「商品化したら、絶対売れるわよ!」


 ルナリスもそれには同意したくなる。自動で動く荷車に、姿を隠せる天幕。旅の最中、何度その効果に助けられたか分からない。けれど、オズは苦笑いを浮かべて首を振った。


「便利なもの、ではありますけど……結局は、魔力が僅かでもないと動かないんです。ルナリス様も、それはご存じでしょう」

「……そうね。よく知ってるわ」


 オズは、ルナリスの名を聞いた時、それがすぐにアイオライト家の娘であることに気が付いたようだ。「月の宝玉」と呼ばれる類まれな美貌は、ノクティリカ全土、それも貴族階級以外にまで知れ渡っている。

 そして、彼女が魔力を持たないことまでも。

 僅かに声を沈ませたルナリスに、彼は慌てて付け加える。


「で、でも、この国は魔力を持たない人がほとんどですから。道具だけがあっても、扱える人がいないと意味がないんです。だから、こんな道具を作ったところで……」


 さて、今まで語られていなかった事実が、ひとつある。

 たしかにルナリスは、魔力を持たない。

 ノクティリカにおいては、それは時に欠陥のように囁かれ、貴族であればあるほど陰口の種となる。

 だが、ウォルフワーズでは、むしろそれが普通なのだ。

 この国では、魔力を持って生まれる者のほうが、圧倒的に少ない。

 魔術師と呼ばれる者たちは、ほとんどが奇跡のように現れた稀有な存在であり、その才能は“天からの恵み”と讃えられているほどだ。

 当然、ノクティリカの魔術学院のような制度もない。術を学ぶ者は、それぞれの師のもとで、地道に修練を重ねるしかない。

 中には、隣国から流れてきた魔術師が、気まぐれに弟子を取ることもあるという。

 魔力を持たないことは、この国で差別や蔑視の対象になることはない。

 魔力の有無を分ける要因が何なのか。それは、いまだ解き明かされていない謎だった。

 ノクティリカでは、宝石とはただの装飾品ではない。「遠き星の魂が宿る」とも言われ、魔力とは星がもたらす力であると信じられている。

 星と宝石が、何らかの鍵を握っているのかもしれない。

 もっとも、真偽のほどは誰にもわからないのだけれど。


「――でも」


 ひと息、呼吸を整えてから、オズが静かに言った。


「僕は、この国の人々が好きです。魔力が微弱でも、発明が大して役に立たなくても……皆、僕を受け入れてくれた」


 まっすぐ向けられた瞳には、誇りや虚勢ではない、たしかな温かさが宿っている。


「……私も、そうだわ」


 頷きながら口にしたその言葉は、自分でも驚くほど自然に出た。誰に言うでもなく、ただ、心の底から湧き上がってきた気持ちだった。


「ほらほら、感傷に浸ってる場合じゃないよ!」


 そう言って、リエラが空気を切り替えるように笑いながら手を叩く。


「スープが冷めちゃうってば。せっかく作ったのに!」

「そうだわ、いただきます!」

「わぁ、いい匂い……! リエラさん、あとでレシピ教えてくださいよ」


 焚き火が爆ぜる音に重なって笑い声が零れ、ささやかな食卓が囲まれていく。

 和やかな時間の中で、ルナリスはふと、リエラの笑顔に浮かぶ緑の瞳を見つめた。

 誰かに似ている。そう思った瞬間、胸がきゅっと締め付けられた。


(……リヒト)


 静かに名を呼ぶように、ただ想う。

 この国の人々が好きだと、オズは言った。違いを憎まず、足りなさを恥とせず、寄り添うように生きる人々を。


(私も、この国が好き。そして、ここに生きるリヒトが――)


 ぽつりと心の内で呟いて、ルナリスは天を仰いだ。

 奇しくもこの瞬間、リヒトも同じ空を見上げているのだが――そんなことを知らぬままに、ルナリスの瞳は沈みゆく夕陽を映していた。

 



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