42話 冒険者たち②
グランフィルドの町を発って三日。
素性を伏せ、冒険者として旅に赴いたリヒトは、仲間たちとともに西の水源を目指し、ようやく最後の中継地となる村に辿り着いた。
山脈の麓に寄り添うように点在する集落のひとつで、近くには清らかな川が流れている。
日暮れが近いこともあり、リヒトたちは宿で休息をとることになった。
この辺りの宿泊所には、潤沢な湧き水を利用した大衆浴場が併設されていることが多い。この宿も例に漏れず、こぢんまりとした露天風呂があった。
岩を組んで造られた湯船からは、川のせせらぎが一望できる。あたりを遮るものはほとんどなく、揺れる木々の影や、茜色に染まりゆく山々の稜線が広がっていた。
湯気の向こうで誰かが「ここだけ時間の流れが違うみたいだ」と呟いたが、たしかにそう思えるほど、のんびりとした空気に包まれていた
風呂から上がり、さっぱりとした体を布で拭いながら、リヒトは宿の食堂へと向かう。
素顔は晒したままだった。旅人の服装に身を包んだ第三王子の姿は、ちょっと育ちのいい若者にしか見えない。
(……まあ、似顔絵なんてあっても、誰を描いたんだってレベルの代物ばかりだし)
旅装で人混みに紛れれば、自分を見分けられる者などそう多くはないだろう、とリヒトは思っている。
次代の王となる長兄や、騎士団を率いていくであろう次兄に比べると、第三王子の影はあまりにも薄い。決して誇れるべきことではないが、それでも、リヒトにとってはありがたいことでもある。
(祖父ちゃんには知られてるっぽいな。あの人、異様に勘が鋭いし)
内心で苦笑しながら肩をすくめる。
もっとも、実際には父王にまで知られているのだが、本人はまだその事実に気付いていない。
ギルドで素顔を見せることは滅多にないが、何年も顔を合わせてきた仲間の前では、必要以上に隠す気にもならなかった。
食堂の扉をくぐるを、すでにテーブルには、先に湯から上がっていた仲間たちが揃っていた。
「あ、やっと来たぁ。もう、遅いよリヒト。魚が冷めちゃう」
愛らしい笑顔で手を振ってきたのは、薄茶色の髪を頭の高くで二つに結った、槍使いの少女イザベラ。
だが、彼女をその名で呼ぶことは滅多にない。「響きが可愛いから」という理由で、本人が愛称のベルと呼ばせたがるからだ。明るい少女は、どこに行っても自然と輪の中心にいる。
その隣には、しなやかな腕を組みながら静かに座る、妙齢の女性グレイス。
傭兵として様々な国を巡っていた彼女は、寡黙ながら鋭いまなざしを持っていた。淑やかに見える女性だが、かなりの手練れであり実力は折り紙つきだ。
そしてもう一人、滑らかな白金の髪に、澄んだ碧眼を持つエルフの青年ティオ。
彼は精霊たちのささやきを思わせるような声で、「お疲れさま、湯加減はどうだった?」と笑みを向けてきた。
この三人は、リヒトが冒険者として活動する中で得た、信頼に足る仲間たちだ。
ただ腕が立つだけでなく、心根もまっすぐな者たち。肩肘張らずに過ごせる数少ない存在だった。
テーブルには、香ばしく炙った川魚に地元の根菜を使ったスープ、焼きたての黒パンとチーズ。
いずれも素朴ながら、旅で疲れた体に染み渡る味だった。
「このあたりの魚、塩焼きが絶品って聞いてたけど、ホントだったね。身がほろっほろ!」
イザベラ――もとい、ベルが魚を頬張りながら感動を語ると、グレイスも小さく頷く。
「内臓の処理も丁寧ね。焼きの腕も悪くない」
「久しぶりにお腹いっぱい食べた~。やっぱり、干し肉ばっかりじゃ飽きるもんねぇ」
「明日はいよいよ水源の調査になるのかな?」
盛り上がる女性陣の横で、ティオが確認するように問うと、リヒトが小さく頷いた。
「ああ。朝には出るつもりだよ。山道に入れば、馬は使えない。ここからしばらく徒歩になるから、今日はゆっくり休んでくれ」
「了解〜。でも、今夜のうちに雨が降るかもしれないって言ってたよ。今のうちに荷物、見直しとこうか」
ティオがそう言って立ち上がると、グレイスも椅子を引いた。
「じゃあ、二人とも先に行ってて。あたし、もうちょっとここにいる」
ベルがにこりと笑って手を振る。明るいツインテールがふわりと揺れた。
また後で、と軽く手を振って、二人は食堂を出て行く。去り際に、「ごゆっくり」と意味深な視線が投げられたことに、リヒトは気付かなかった。
「食べ終わるまで、つきあってあげる。ゆっくり食べていいよ?」
ベルが頬杖をつき、目を細める。
リヒトは「ありがとう」とだけ言って、スプーンを手に取った。湯気の立つスープには、大ぶりな野菜が沈んでいる。
向かいで微笑むベルの様子を見て、なんとなく楽しそうだな、と思う。
(機嫌がいいな……。魚、そんなに美味かったのか)
感情がそのまま顔に現れる、素直な彼女のことだ。きっと、久々のまともな食事にご満悦なのだろう。
ふと、虫の鳴き声に導かれ、視線を窓の外へと移す。沈んでいく太陽が、山の稜線を黄金色に浮かび上がらせていた。
(ルナリスはどうしているかな。何も言えずに、ここまで来ちゃったけど……)
脳裏に浮かぶのは、美しく波打つ金の髪。それを揺らす、細い背中。
しかし、振り返った彼女は、どこか寂し気に菫色の瞳を曇らせていて――。
(会いたいな)
残りのスープを流し込みながら、リヒトは彼女のことばかり考えていた。




