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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
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38話   グランフィルド①


 ウォルフワーズ国の西部。

 風が吹き抜ける広大な草原地帯に、グランメル家の領地は広がっている。

 かつてこの地を開拓したのは、馬と共に生きた遊牧の民であり、彼らの血脈は今もこの地に息づいている。

 草原を渡る風は強く、どこか冷たさを含んでいた。

 グランメル領は、ベルク族の地と同様に、ノクティリカとの国境をなす山脈を背に広がっている。

 険しい岩峰が連なる境界線からは、昼夜を問わず風が吹き下りる。それは、内陸の陽光にさらされた草原を冷やすように滑り、遠くまで馬のたてがみと旅人の外套を揺らした。

 赤茶けた大地には、豊かな牧草がたくましく根を張っている。

 その草を食んで育つのが、名高きグランメルの馬。足の速さと持久力に優れ、戦場では騎士の命を守る忠実な相棒である。

 グランフィルドへ向けて馬を走らせるルナリスとリヒトの横には、いつもの面々がいた。サフィナ、ラセル、アイゼンにマシュー。いずれも信頼する仲間であり、馴染みのある顔ぶれだ。

 一行は、砦の騎馬隊から貸与(たいよ)されたグランメル産の馬に乗り換えていた。筋肉質な体躯としなやかな脚を持つそれらの馬は、長らく走り続けても、目立った疲労の色を見せない。

 リヒトの愛馬である、彼によく似た赤毛のたてがみを持つその駿馬も、元はこのグランメルの生まれだという。先頭を駆けるその姿には、誇り高い風格があった。まるで、自分の帰るべき場所を誰よりも知っているかのように。

 走り続けて、二日目の昼。

 リヒトの後を追うように走っていたゼファーの姿は、すっかり見えなくなっていた。あの黒狼は、街が近くなれば自然と姿を消してしまう。

 広がる草原の中に、石造りの家がぽつぽつと見え始めた。小高い丘に伸びた街道を進むと、目の前には湖のきらめきが広がる。

 グランフィルド。

 石と木の建造物が織りなす中心都市は、湖のほとりに築かれていた。


「きれいな街並みね」


 馬の背に揺られながら、ルナリスは思わず感嘆の声をこぼした。移動の連続で疲労が見て取れるが、その瞳は、水面を映したかのように輝いている。

 グランフィルドは、湖の岸に沿って、弧を描くように広がっていた。中心に横たわる湖は、美しい青を湛えている。遠目から見ても、透明度の高さが窺えた。

 リヒトは彼女に視線を向けると、爽やかな笑みを見せた。赤茶色の髪が、風を受けてふわふわと踊っている。


「ここは、湖を抱くように街が作られてるんだ。内側には港や市場、それから外に向かって平民区があって、端の方に上流区があるんだよ」


 そう言って、リヒトはある一点を指さす。ルナリスも、そちらに視線を向けた。

 指差す先には、街の中でもひときわ目を引く、重厚な趣の屋敷があった。


「で、あそこが領主の館。ここからじゃよく見えないけど、あの家には面白いものがあってさ」

「面白いもの?」

「うん。風見鶏ならぬ“風見馬”。風が吹くと、それがくるくる回るんだ」


 リヒトは、少し眩しそうに目を細めながら、眼下に広がる街並みを見つめている。

 

「詳しいのね。そういえば前に、この領地の方に縁があるって言ってたけれど……どんな方なの?」


 問いかけに、彼の口元が一瞬だけ引きつった。視線をそらすように、わざと風に髪をなびかせながら額の汗を拭う。


「ん……まあ、ちょっとした知り合い、かな」


 どこか曖昧に笑いながら、リヒトは視線を街から空へと逃がした。

 その仕草があまりに不自然だったので、ルナリスはそっと、彼の顔を横目で盗み見る。


(ライラって人と、なにか関係ありそうだけれど……)


 それは、砦の隊長が口にした名前だった。響きからしても、女性であることはまず間違いないだろう。

 ライラという人物が誰を差すかは知らないが、彼女にとってリヒトは宝であるらしい。また隊長は、こうも言っていた。

 ――おふたりで顔を見せて差し上げてください、と。


(お世話になった方? それとも……)


 まだ見ぬ女性の影がちらつくが、ゼファーの時のように勘違いかもしれない。ルナリスは心に残る靄を振り払うように息を吐いた。

 背後では、アイゼンとマシューが呑気な声を響かせている。


「ここがグランフィルドかぁ。ちょうど、新しい鞍飾りが欲しかったところなんだよな」

「俺は嵐牛を食ってみたいな! 手に入るなら、自分で調理もしてみたいし……」


 二人のもっぱらの興味は、この地に伝わる特産品についてだ。

 風の強いグランメル領に適応した嵐牛と呼ばれる品種は、ここでしか育たない牛だ。濃厚な滋味があるとされ、焼けば上質な肉汁が滴り、燻製すれば保存食としても楽しめる。王都でさえ、上流階級以外は目にすることのない贅沢品でもある。

 嵐牛がもたらすものは、食だけではない。上質な皮は、柔軟で強靭な革となり、騎馬隊の鞍用としても重宝されている。また、この地方の鞍には必ず戦鞍飾りと呼ばれる金属の装飾が施されていた。王都の騎士団で用いれば、洒落者として、ちょっとした話題になることだろう。


「お前たち、遊びに来たわけではないんだぞ」


 ラセルが呆れたように男たちを眺める。彼女の背に掴まって相乗りしているサフィナは、くすくすと笑っていた。

 街が近付くにつれ、街道沿いにも家々が増えていく。駆けまわって遊ぶ子供たちの笑い声が、風に乗ってどこまでも飛んでいくようだ。

 無邪気に歌い始めた声に、ルナリスはふと思い出す。

 炎蹄馬に襲われた夜。

 燃え盛る蹄の音と共に、どこからともなく聞こえてきた、歌にも似た響き。

 自分以外には、誰も聞くことができない調べ――。

 その正体を、彼女は分かっていた。


(あとで、リヒトに話してみよう)

 

 馬上で揺られながら、ルナリスは胸中で頷いた。

 街の入り口には、すでにグランメルの騎士が待機していた。どうやら、砦からの伝達が先に届いていたようだ。

 

「ようこそ、グランフィルドへ。領主閣下がお待ちです」

 

 そう告げた騎士に先導されるまま、一行はグランメル家の屋敷へと歩を進めていくのだった。



 

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