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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
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34話   異変②


 馬の背に揺られながら、ルナリスはぼんやりと焦点の合わない視線を落としていた。

 靡く髪が頬を打つ。耳の奥で、まだ炎の轟きが鳴り響いているように思えた。


「ルナリス様、お気をしっかり! 振り落とされれば、命はありません!」


 並走する馬上から、ラセルの声が飛ぶ。その言葉に、ルナリスははっと我に返った。

 両手で手綱をぎゅっと握りしめる。手のひらには、気づかぬうちに汗がにじんでいた。


「この先に砦があります! グランメルの騎馬隊が駐留しているはず――救援を要請しましょう!」


 ラセルの叫びに、ルナリスは強く頷いた。

 グランメル領。

 この地には、騎馬の民が誇る、ウォルフワーズ最強の地上戦力がある。

 希望の光が、わずかに胸の内に差し込んだ。

 ほどなくして、砦の石壁が視界に現れる。異変を察知していたのか、砦の前にはすでに数名の騎馬兵が警戒態勢を取っていた。

 ルナリスとラセルは手綱を引き、馬を停める。そしてそのまま鞍上から、声を張り上げた。


「私は使節団の一員、ルナリス・アイオライト! 現在、ここより北にて使節団が襲撃を受けています! 至急、救援をお願いします!」


 ざわつく砦兵の中から、ひときわ逞しい体格の男が現れた。肩には階級章。隊長格だ。

 彼は一瞬の逡巡もなく、手振りで部下に指示を飛ばす。数名の兵が即座に馬を駆って砦を飛び出してゆく。


「救援、向かわせます!」


 ルナリスは息を吐き、思わず声を漏らした。


「……リヒト!」

「もしや……王子殿下が残っておられるのですか!?」

 

 隊長の問いに、ラセルが即座に応じる。


「はい。殿下は……ルナリス様の御身を、第一にと」


 その言葉に、隊長の顔が引き締まった。


「リヒテンダルト殿下は我らの、そしてライラ様の宝! その命を、決して散らせはせん!」


 怒号のような号令が飛び、砦に残る防衛部隊を除き、騎馬兵たちは次々と出撃の準備に取りかかる。蹄が地を打ち、湿った土を蹴って駆けてゆく。


「すぐに私も向かいましょう。……して、その魔物とは?」


 再び向けられた問いに、ラセルが答える。


「おそらく――あれは、炎蹄馬かと」


 その名に、隊長の顔にかすかな変化が走る。何か思い当たる節があるようだ。しかし、今は詳しく語る時間もない。


「……せめて、魔術師がいればな」


 隊長が吐いたのは、独り言のような小さな呟きだった。

 魔物の正体と戦況を思えば当然の言葉で、誰かに向けられたものではないことは、ルナリスにも分かっていた。

 それでも。

 言葉が耳を掠めた瞬間、ルナリスの肩がわずかに震える。唇を噛み、視線を落とす。

 魔力のない自分にできることは、あまりにも少ない。

 自らの非力さが、今はただ、重くのしかかるばかりだった。


「そちらのご令嬢は、おまかせしました」


 ラセルがしっかりと頷くのを確認すると、隊長もまた、後続隊の背を追って駆けていった。

 馬の尾が遠ざかる。

 ひたすらに迫る闇の中へ、ひと筋の希望が駆けてゆくのを、ルナリスは見送るしかなかった。


「……今ほど、魔力があればと思ったことはないわ」


 零れ落ちたその言葉は、湿った風に紛れて、誰の耳にも届かない。

 視線の先にあったのは、ひたすらに広がる暗闇だけだった。




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