28話 交渉の行方③
夜の冷えを拭うように、陽射しが木々を撫でる。
晴れやかな空は、まるでルナリスの心を映しているようだ。胸に溜め込んでいたものが、風にさらわれていく気がした。
とはいえ、すべてが清々しいというわけでもない。
空に浮かぶ一筋の雲のように、うっすらとした気がかりもあるにはあった。けれど、それはもう口裏を合わせて乗り切ることで決まっている。
幸い、ヴァルクは実にご機嫌だった。
「おもしろいもんを見せてくれた礼だ。つじつま合わせはしてやる」と豪快に笑い飛ばしてくれたのだ。
ルナリスたちの考えた筋書きはこうだ。
――別動隊の帰還が遅れたことを案じたルナリスが、婚約者リヒトを心配するあまり、病み上がりにもかかわらず飛び出した。一方のリヒトたちは既にベルク族の村で交渉を進めており、ルナリス到着後、ふたり揃って村の説得にあたった。
その中で、ルナリスが交渉の場に間に合ったという点は、侍女のサフィナが特に強く主張した部分だった。
魔力のないルナリスは、時に侮られ、まるで人柱のように隣国に送られる。そんな主の立場を誰よりも近くで見てきたサフィナは、どうしても「ルナリスも現地で尽力した」と記録されるようにしたかったのだ。
主の頑張りを、無かったことにはさせたくない。
その心を汲んで、ルナリスも頷いた。
おまけに、ヴァルクは付け加える形で、
「なら、それらしく、もうちょい時間を稼げ」
と提案までしてくれた。その言葉に甘える形で、一行は村での滞在を一日だけ延ばすことになった。
その一日、リヒトはヴァルクと剣を交えた。
鉄と鉄がぶつかる音に、子どもたちが目を輝かせて集まり、彼らの周囲にはいつの間にか小さな人だかりができていた。
一方のルナリスは、村人たちとの交流に励んだ。
食を分かち合い、織物の話を聞き、刺繍を見せてもらう。短いながらも、確かな温もりがそこにあった。グルザーンは目を細め、「こんなにも賑やかな村は、ほんとうに久しぶりだ」と笑った。
そして翌朝。旅立ちの時が訪れる。
リヒトとヴァルクは、がっちりと腕を交わして手を握った。
「またいつか、剣を合わせよう」と、ふたりは目を合わせて笑った。
ルナリスのもとには、ヴァルクの妻たちが現れた。
最初に、彼女へ厳しい視線を向けていた第一夫人が、一歩前に出て言う。
「……あの時は、ごめんなさい」
その手には、美しい刺繍の入ったケープがあった。
赤と金を基調とした民族の意匠が施されており、ベルク族の女性たちが心を込めて縫ったものだと分かる。
「気にしていません。ですので、どうかお気に病まず」
ルナリスはその手を受け取り、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。数々の暖かい心づくし、決して忘れません」
ふわりと一礼すると、村人の誰もが息を呑んだ。その中には、ルナリスに「おまじない」を教えてくれた、あの少女の姿もある。
ヴァルクが、ふっと目を細める。いつでも飄々とし、こちらを振り回してくれた男。
風のように気ままで軽いその声に、口調を合わせて言葉を交わすことができなくなると思うと、少しだけ寂しくなる。
「またいずれ会うだろうよ。……次は、協議の場かねぇ?」
その言葉に、ルナリスも静かに頷いた。
見送る人々の声に背を押され、一行は歩き出す。
大鷲が、高い空を舞っていた。美しい翼を広げ、彼らを見守るように旋回している。
そういえば、とルナリスは辺りを見回した。ゼファーはどこへ行ったのだろう。今朝から姿を見ていない。
リヒトに尋ねると、
「気まぐれだから、またすぐに姿を見せるよ」
そう言って、彼は風を切る大鷲を仰ぎ見る。
「いい村でしたね」
「ええ……本当に」
ラセルの言葉に、ルナリスは小さく頷いた。
名残惜しさをかみしめながら、一行は次の地へと向かってゆく。




