27話 交渉の行方③
水源の交渉は、ひとまずの決着を迎えた。
星の見える夜道、並んで歩くルナリスとリヒトは、言葉少なに互いの健闘を確かめ合っていた。
「……ようやく一歩進んだわね。ありがとう、リヒト。あなたのおかげよ」
「そんなことない。ヴァルク殿の心を動かしたのは、ルナリスの言葉があってこそだ」
ふたりの影が並んで揺れる。
吹き抜ける夜風が、熱を帯びた頬をなで、火照りを冷ますように通り過ぎていった。
「……無事に、帰ってきてくれてよかった」
ぽつりと零れたその一言に、リヒトは足を止めた。
振り向くと、彼は前を向いたまま、少しだけ顔を赤らめている。
「おまじないのおかげかな」
思いがけない言葉に、ルナリスの胸がきゅっと締めつけられる。
「あれはっ……わ、忘れて。恥ずかしいから」
「忘れないよ」
即答だった。リヒトの声は穏やかで、けれどきっぱりと宣言するかのような確かさを含んでいた。
ルナリスは目を逸らす。胸の奥がじんわりと温かくなるのを止められなかった。
「~~っ、もう! 勝手になさい」
そうは言いつつも、少しずつ歩み寄るように、ふたりの足取りはゆっくり続いていく。
肩が触れそうで、触れない距離。けれど、今はそれで十分だった。
そんな時。
静まり返っていた夜の村を、幾つもの馬の蹄音が破った。
ざっ、ざっ、と砂を巻き上げながら駆け寄るその音は、やがて村の広場の外れで止まる。
「ルナリスさまぁぁぁあっ‼」
悲鳴にも似た叫びが、夜空に響いた。
ぱちくりと瞬きをしたルナリスが振り返ると、馬から飛び降りて駆けてくる一人の少女の姿があった。
「……サフィナ!?」
まさかの登場に、ルナリスは思わず声を上げる。
息を切らしながら、侍女サフィナが駆け寄ってきた。その背後からは、数人の騎士の姿も見える。
「やっと……やっと見つけました……っ!」
膝に手をつき、肩で息をしながらも、サフィナは涙目でルナリスを見上げた。
「遊牧中の村人に聞いても、誰も山の上って言うばっかりで……! ぜんっぜんわからないんですから!」
「えっ、ちょっと……どういうこと……」
ルナリスが困惑していると、「なんだなんだ」と村人たちも騒ぎに気づいて集まりはじめる。
護衛の騎士たちも慌てて駆け寄り、一行の様子を見守った。
「……四日目までは、なんとか誤魔化せていたんです」
サフィナは涙目のまま、拗ねたような声で続ける。
「でも、それ以上はさすがに無理で……二日前、事情を知る騎士数名とこっそり拠点を抜け出したんです」
その場にいた誰もが呆気にとられる中、サフィナはさらに涙ぐましい努力の数々を告白し始めた。
「干し草と縄でルナリス様の髪を再現して、テントの向こうでそれっぽく動いたり……独り芝居もしました。でも、もう誤魔化せないと思って! ええい、脱出しようって!」
「……よく無事に来られたわね」
唖然としつつも、ルナリスは思わず笑ってしまう。すると、サフィナは得意げに背後を振り返った。
「ふふん。最後の手段も用意してきました。この方にルナリス様の“代役”をお願いして、殿下をお迎えに上がるという口実で一緒に飛び出してきました!」
騎士の一人が前に出る。長身の金髪騎士だ。
彼の羽織った外套の裾から、ひらり、とレースの裾がのぞいた。
「……嘘でしょ」
ルナリスは目を見開く。
外套の下には、彼女のものとそっくりなドレスが。
しかも、明らかにサイズが合っていない。肩口はきつく、胸元もぱつぱつで、縫い糸が所々解れてきている。
「緊急事態とはいえ、何をやってるんだ」
渋面を浮かべてラセルが呟くと、ルナリスは笑いをこらえながら手を振った。
「怒らないであげて。私のせいだから……ふふっ」
リヒトも肩を震わせながら、後ろを向いて息を殺している。
そして、何事かとやって来たヴァルクは、その金髪騎士の姿を一目見て、
「ぶっ……はははははっ! 何だそれはっ!?」
腹を抱えて、涙を流すほどに笑い出した。
夜の村に、思いがけない笑いと安らぎが戻る。張りつめていた緊張の糸が、音を立ててほどけていくようだった。




