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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第一章 常緑の国を巡る旅
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22話   崖上の決闘②


 風裂きの崖を、神聖な静寂が満たしていく。

 昼の曇天は嘘のように晴れ渡り、赤く染まった空が世界を包み込んでいた。

 崖の縁に立つふたつの影が、長く伸びる。

 風になびく銀髪と、燃えるような赤毛が、空の光を受けて対照的に揺れている。ふたりはまるで天地を二分するかのように向かい合い、視線を交わした。

 言葉なくとも、その瞳は雄弁に語る。自身の誇りを。そして願いを。

 そんな二人の男を見つめるのは、立会人席に座るルナリスだ。決闘には見届け役として、それぞれに近い人物から二人ずつ選ばれる。

 リヒトの背には、ルナリスとラセルが。対するヴァルトの背後には、まだ年若い弟と、ひとりの女性が。これからはじまる戦いに立ち会っていた。

 ルナリスはふと視線を感じ、顔を上げる。向かいの女性が、厳しい視線をこちらに向けていた。

 言葉を交わせぬ距離、代わりに彼女は軽く会釈する。だが女性はすぐにつんと顔を背け、明確な敵意を露わにした。

 さらに崖の下方、村の広場では喧騒が渦巻いていた。

 

「やれ!」

「負けるな、ヴァルク様!」

「顔に傷なんか残したら、承知しないわよ!」

 

 野次、声援、そして時おり混じる黄色い声。それらは、ほとんどがベルク族のものだ。決闘場の異様なまでの静寂とは対照的に、熱気で溢れている。

 少し離れた場所には、護衛の騎士たちが控えていた。誰もが帯刀したまま、固唾を呑んでいる。

 けれど、誰ひとり動かない。それは、リヒトの命によるものだった。

 ――これは俺自身の誇りにかけた戦いだ。誰も手を出すな。

 そう命じたときのリヒトの声を、ルナリスは思い出していた。

 澄み切った声。瞳の奥に宿る決意が、騎士たちを押しとどめた。歯がゆくとも、若き王子の誇りを汚したくはない。騎士たちの表情からは、そんな気持ちが見て取れた。

 崖に風が吹きすさぶ。

 名乗りの声が、静かに響く。


「ウォルフワーズ国第三王子、リヒテンダルト・フォン・ウォルフワーズ」

「ベルク族の長、ヴァルト。族長の名を継ぐ者として、ここに誇りをかける」

 

 刹那。

 高く、大空を割るように、大鷲の声が響いた。

 太陽が、地平の端に触れる。

 影が伸び、二人の間の空間が、いっそう濃く深く沈んでいく。

 ルナリスは、手を胸に当てる。

 祈りではない。ただ、胸が締めつけられるのを、少しでも静めるために。

 彼の誇りが、誰かの血によって証明されることなど、望んではいない。

 自分の願いも、誰かの犠牲によって叶えられてはならない。

 それでも、自分たちは選んだのだ。

 守りたいものを守るために。進むべき道を進むために。

 この選択が、たとえ傷を伴うとしても――前へ進むと決めたのだ。

 風の中、剣の柄を握る指がわずかに動いた。

 そして誰もが、息を飲んだ。




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