ただの平凡な三毛猫獣人です。
ありふれた城下町のレストラン。
ウエイトレスとして働く私は三毛猫獣人。名前はラーニャという。
小説によくある異世界転生で前世の記憶があるけど、この世界では珍しいことではない。今の王様も異世界転生者だから。
出来たらありふれた猫獣人じゃなくて、強~い竜人とか、超絶綺麗なエルフが良かったのに。
「おーい!ラーニャちゃん、注文いいか?」
「俺もよろしくな!」
馴染みの男性客に声をかけられた。
他のウエイトレスも世話しなく働いている。たいへん、お昼の混雑時に思案することじゃなかったわ。
「ごめんにゃ。今お伺いします」
私はにっこり笑うと自慢の三毛色しっぽを揺らしながら注文をとるためテーブルを回った。
混雑のピークを過ぎると交代で遅い賄いをもらう。今日も大好きなお魚のお刺身。
店長は太っ腹にゃ。
ラーニャちゃんが居るから今日もお客が多い、さすがうちの看板ウエイトレスだと大袈裟に誉めてくれる。そんなわけないのに。店長の料理が美味しいからなのに。
新鮮なお刺身を美味しく頂いていると、迷惑なお客がやって来た。
「お邪魔するよ。ラーニャは奥かい?」
「まあ、勇者様!いらっしゃいませ」
勇者マテウスである。
すらりとした外見からは想像つかないが鮮やかに魔物を屠り人々を護る。物語の王子様のような涼やかな外見に、他のウエイトレスから黄色い悲鳴が上がる。
彼女たちの悲鳴を背中に背負い、マテウスは刺身を味わう私の隣の椅子に座った。そして、銀色の髪をかきあげ、エメラルドグリーンの瞳で私を見つめた。
「会いたかったよ。マイスィートハニー!」
ブワァ!
噴き出した私の口からご飯粒が飛んだ。
「ごほ、ごほ、何を血迷ったことを言うにゃ?」
「血迷ってなど居ない!ラーニャと僕は将来を誓いあったじゃないか?」
胡散臭いくらい白い歯を煌めかせ、とんでもないことを口走る。
「ウソっぱち言うにゃよ。このとんちんかん勇者!」
「嘘じゃないさ!
またパーティーを組もうと硬く誓いあった。そう冒険に繰り出そう人生という名の冒険に!」
「誓ってないし、勝手な解釈すんにゃ!
クソ勇者は頭ん中のろわれてるのかにゃ」
「そう!僕は呪われているのさ!恋と言う呪いに」
「……はいはい、そーですかにゃ」
話を聞かない阿呆には構いたくない。
休憩時間は一時間しかないのだから。勘違い野郎で潰すのは勿体無い。時間の無駄である。
勇者は無視を極め込んだ私のしっぽを無断で触る。
触るにゃ!ふにゃあ、なんでこんな奴に関わってしまったのだろう。
シャーと威嚇したのに勇者は嬉しそうな顔をした。「綺麗な三毛色だ」と、しっぽを撫で続ける。
思い起こせば、半年前まだ私がギルドに所属し冒険者をしていた頃、一度だけパーティーを組んだこのがあった。
ギルドに依頼され勇者パーティーとクエストに挑んだ。魔物に占拠去れた古ぼけた屋敷の探索。封印された部屋の鍵が生きた猫のしっぽという特殊使用。この屋敷の主人はきっと猫好きだにゃ。
勇者のパーティーには清楚な聖女と盾役の筋肉粒々の騎士、色っぽい女魔法使い、すらりとした弓使いの女エルフを連れていた。女性たちは全員勇者を憎からず思っているようで、私が勇者と話すとあからさまに嫌そうな顔をした。全員お手付き?ハーレム?もちろんパーティーの居心地はたいへん悪かったにゃ。
戦闘は場数をこなしている勇者、戦いはやり易かった。素早い私の動きにも付いてきた。褒めるとところはそこしかないけど。
戦闘以外なら、やたら私のしっぽや耳に触ろうとする、セクハラ勇者だったにゃ。そう今のように……。
絶賛、私の猫耳を触り中の勇者の手をピシャリと叩く。
「休憩時間は終わりにゃ!お客じゃないなら帰ってにゃ」
きっと睨み付けると、勇者は降参とばかりに両手をあげた。
「悪かったよ。ちゃんと注文するさ」
「ふん、それならいいにゃ」
店長に御馳走を言い、フロアに戻る。空いたお皿を下げ、テーブルを拭く。
何が面白いのかカウンター席に座った勇者は食事をしつつ、片付けをする私を眺めていた。耳にしっぽに粘るような視線を感じるにゃ。
なんて傍迷惑にゃ。魔物討伐しなくて良いのかにゃ~?
お昼のお客の片付けが一段落した頃、一人のお客が入店してきた。
二メートルを越すだろうか大柄な男性だ。体つきが良く厚みがある威圧感が凄い、頭からすっぽりフードを被り顔は見えない。どうやら初めてくるお客のようだった。
「いらっしゃいませにゃ!」
御新規さんなら是非とも常連になってほしい。私はとびきりの営業スマイルを張り付けた。猫耳をくたりと垂らし、長いしっぽをブンブン降る。
「っ、お前は」
「どうぞ、こっちらの席にお座り下さいにゃ」
驚く大柄な男性の腕を取ると広目のテーブル席にご案内した。
戸惑いながら着席した男性の前に冷たい水を置くとメニューを手渡した。
男性は太い眉に鋭い墨のように黒い眼で精悍な顔立ちをしていた。年の頃は30代後半頃かな?
若く浮わついた勇者とは違い渋い大人の雰囲気が漂う。黒い瞳はぐっと私を見据えた。
あれ?この顔、瞳……何処かで見たような気がするにゃ。頭に角さえ生えていたら……まるで…?
っ!!
まさかまさかにゃ……背中に冷たい汗が流れる。
「……魔王、にゃ?」
男だけに聞こえるように耳元で囁くと、満足そうに口角をゆるりとあげた。
「ああ、そうだ。良くわかったな」
うにゃあ、やっぱりっ!
こんな町中に魔王、しかもカウンター席には天敵の勇者。戦闘になったら町は半壊じゃすまない。困った、困ったにゃ。
「お前に会いに来てやったぞ」
いけしゃあしゃあと言い放つ魔王。
混乱する私の頭に手を置き、いつぞやのようにわしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜた。
「ちょっと止めてにゃ。時間をかけてセットしたのに…」
私の抗議もなんのその、そのまま猫耳を指先でスリスリ撫でられた。内側の薄い皮膚の所を。
「にゃあん!」
ぞわりと耳から皮膚が泡立ち、むず痒い感覚に苛まれて思わず変な声が出てしまう。慌てて口を閉じた。
「相変わらず、耳が弱いな」
勇者と同じく人の話を満足に聞かない魔王はそのまま私の耳を触り続けた。
魔王ディグラ・ジン・オーシェン。ポーラ大陸に存在する六魔王の一人。
過激な人間殲滅派でも、人間肯定派のどちらでもなく面白ければ構わない中立派の魔王。
私がディグラと知り合ったのは勇者の依頼を達成した1ヶ月後。
友達の竜人アイラの親戚が人買いに誘拐されその捜索をしているときだったにゃ。
人買いのアジトを突き止め怒り狂うアイラと共にアジトに乗り込んだ。
弱い手下を次々に倒し、最後に残った大男を倒そうとしたとき、男は卑怯にも魔族の子供を人質にした。
くそ、男にゃ!
子供になんて酷いことするにゃ。
泣き叫ぶ小さな子供に、私は自分が人質を変わると提案した。友達は止めたけど、私の気持ちは揺るがない。子供の安全第一だにゃ。
大男は私の体に舐めるような視線を這わせると「早くこっちにこい!」と、命令した。
私が一歩、足を踏み出した瞬間黒い影が大男の前を横切った。ほんの一瞬のことだった。
「ぐ、あああーぁっ」
ぼとりと男の首が下に落ちた。
どばばーっと綺麗な断面から鮮血が天井まで吹き上がる。残った体は膝を折り前に巨体が崩れた。
「魔族の子のため自ら進んで人質を代わろうとするなど、気でも狂っているのか?それとも豪胆なのか?」屈強な大男を意図も容易く倒し不敵に笑う人外の美しい男。ディグラその人だったにゃ。
「失礼にゃ。狂ってないにゃよ。魔族とか関係なく子供は守るものにゃ!」
「ほう」
ディグラは端整な形の眉を上げ、黒目の逆転した眼孔で私を見下ろした。
ディグラは側近から魔族の子供の失踪が相次いでいると報告を受け、面白そうだからと単身調べ、自らアジトに乗り込んできたそうだ。
魔族を庇った私が物珍しのか気に入った飼い猫として魔王城で飼ってやると豪語し、度々私の周囲をうろつき構うようになったにゃ。
煩わしさからギルドを辞めて、前から一度やりたかったウェイトレスに転職したのに、こんな遠くの城下町まで追いかけてきたにゃか?
困ったにゃ……こんな平凡な猫獣人の何処が面白いのか、勇者共々本当に旗迷惑な男なのにゃ。
耳をから次はしっぽにと手を伸ばそうとしたディグラから身を翻し、距離をとる。
「うにゃ!ここはレストランにゃ、お触り厳禁にゃ!」爪を剥き出しシャーと威嚇する。
「つれないものだな。
俺を拒否する女はお前くらいだ。早く俺のものになれ」
広角をゆるりとあげ、情熱的に私を見つめるディグラ。レストランの女性客から黄色い悲鳴があがった。
「あのにゃあ、ディグラ!
そーゆーたちの悪い冗談は御断りにゃよ。さっさとお城のハーレムに帰ればいいにゃ」
しっしと手で追い払う仕草をした。
「ハーレムか?あれは頭の硬い参謀が勝手に作ったのだ。安心しろ既にお前のために解体させたぞ」
「はにゃぁ?そんなの頼んでないにゃ」
ディグラは素早く私に近づくと腰を引き寄せ抱き締めようとした。さすが現役魔王、動きが無駄に素早いにゃ。
ディグラが私を抱きしめるより早く、勇者マテウスがディグラの手首を掴んでその動作を止めた。
「誰だこのいけすかない気障野郎は?僕のマイスィートハニーに触らないでもらおうか」
口調は丁寧ながら力任せに手首を締める。ミシミシと骨を締める音がした。勇者なのに一般人を装っているディグラに対して容赦がないのにゃ。
「その、力……お前勇者だな?」
ディグラがくつくつ喉を鳴らし笑った。
「そうだ!僕は西の勇者、マテウス・ロウーハッタン。ラーニャの恋人さ」
「ほう?……恋人だと?戯れ言を吐くな」
ぴしりと端正な笑顔にひびが入る。
ディグラは手首を締めるマテウスの腕を反対の手で掴む。今度はマテウスの腕からミシリと骨の軋む音が聞こえた。
「……くっ!僕と同等の力?まさか……お前!」
殺気を撒き散らし腕を掴みお互いを睨む合う二人。
「殺す」
「死ぬのはお前だ!」
二人からおびただしい魔力が放出され始めた。テーブルの上の食器がカタカタ鳴る。女将さんが腰を抜かし、客が逃げていく。
「二人ともいい加減にするにゃよーーー!!」
ばっしゃーん!!
一発触発の二人に私は掃除用のバケツの水をかけたのにゃ。
水を頭から被り、呆気に取られた顔で二人は私を見た。
「他のお客様に迷惑にゃ!戦いたいなら郊外でやるにゃ」仁王立ちし二人を睨む。
お互いのせいだと言い合う二人を箒で締め出してやったのにゃ。
ーーー
久しぶりの長い休日、友人で竜人アイラの住む竜の谷に遊びに行ったにゃ。
「だーはははっ!そんで勇者と魔王を箒で締め出したとっ。こりゃあ傑作だわ」
何がそんなに面白いのか腹を抱え豪快にアイラは笑う。 枕を叩き、転がるアイラにじとめを送る。
「アイラ笑いすぎにゃー。
対応するこっちの身にもなってにゃ。平凡な三毛猫獣人には荷が重いのにゃ」
「……呆れた。あんた、まだ自分を平凡だと思ってんの?」
アイラは大袈裟にため息をついて、次にニヤリと笑うと私を指差した。
そして大きな爆弾を落としたのにゃ。
「この世界に猫獣人は大勢いるわ……でもね、三毛猫獣人はあんた一人だけよ」と。