第61話
入学したばかりの一年生の女子が初日からずっと図書室で閉鎖時刻まで勉強している。
図書委員の間で「ハリィメル・レミントン」は有名だった。
毎日かかさず図書室に通う彼女が並み居る高位貴族を押し退けて学年一位の成績をとり続けていると知って、誰もがさもありなんと納得していた。
ハリィメルが二年生になってしばらくすると、図書室で勉強する彼女の元に公爵令息が現れてちょっかいをかけるようになった。
図書委員は冷ややかにそれを見ていた。騒がしくしない限り口に出して注意はしないが、一年間ハリィメルの努力を見ていた図書委員の間では「彼女の邪魔すんじゃねえよ」という見解で一致していた。
何度か軽くあしらわれた後で、公爵令息は自分も図書室で勉強するようになった。
ハリィメルは見るからに困惑していたが、図書委員の間でも「あの公爵令息、なに? なにが目的?」と話題になっていた。
とはいえ、ふたりの勉強時間は思いのほか穏やかに長く続き、時折公爵令息の友人が交じったりしつつ夏休暇が始まるまで続いた。
そして、休暇明け。
ハリィメルと公爵令息の間になにかあったのだろう。公爵令息は弁解しようとしていたようだが、ハリィメルはそれを拒絶したらしい。
それから、ハリィメルはまたひとりになった。
そして、二学期の中間テストが行なわれ、ハリィメルは図書室に来なくなった。
いろんな噂が飛び交い、中には「成績が落ちたら学校を辞めさせられて無理やり結婚させられる」という心配になるものもあった。
ハリィメルのいない図書室にはどうも違和感がある。図書委員にとっては、ハリィメルがその席に座って勉強しているのはすでに当たり前の光景になっていたのだ。
だから、その日常が戻ってきて、思わず口元がゆるんでしまっても仕方がないだろう。
「レミントンさんはどこまで授業でやったか覚えていますか?」
「えーと、ここまでですね」
「ではまず、この公式を説明するために教科書の例題を……」
「見て! ミルファさんのノートにわかりやすくまとめられているわ」
「私は答えは導けましたが、ひとに教えるのは無理ですね」
「私はこの辺りが苦手なので、レミントンさんに便乗して説明を聞かせてもらうわ」
いつもひとり――公爵令息がいた期間もあったが――だったハリィメルが、クラスメイトの女子数人に囲まれている。
いい光景だ。図書委員はついつい後方から理解者面でハリィメルを眺めてしまう。
いつもどこか切羽詰まった表情で一心不乱に勉強に打ち込んでいた子が、クラスメイトと一緒に勉強をして、はにかんだり小さく笑い声を立てたりしている。
閉鎖時刻まで居残るのもやめたようで、クラスメイト達と共に帰り支度をする。
よかったよかった。きっともう大丈夫だ。
ハリィメルにカウンターから見守っていた自分達以外の理解者ができたことを、図書委員達は胸の内でそっと喜んだのだった。