第53話
ハリィメルが学校から飛び出してから五日が過ぎた。
心配でたまらないが、ハリィメルはきっと自分の顔なぞ見たくもないだろう。
そう思って、会いにいくこともできずにうだうだしているロージスの背中を、ダイアンとティオーナが張り飛ばしてくれた。
「レミントン嬢の嫌そうな顔なんて見慣れているだろ?」
「そうよ! 元から嫌われているんだから、これ以上嫌われる心配はないでしょ」
せめて励ませよ、と思いつつも、ふたりのおかげで覚悟が決まった。
(ハリィメルに伝えよう。一位になっても、全然うれしくなかったと)
念願の一位。だが、ロージスも皆も知っている。本当にそこにあるべき名前がない、と。
ハリィメルの家の前に立ったロージスは、深呼吸をしてから呼び鈴を鳴らした。
その時、背後から「あっ」という声が聞こえて、振り向いたロージスは見覚えのある男女の姿に眉をひそめた。
「……お前ら、ハリィメルになんの用だ?」
間違いなく、ハリィメルと一緒にいた男とハリィメルを川に突き落とした女だ。
「僕達は、ハリィメルさんにお詫びを……まだ会ってもらえていないけれど」
「お詫び? はっ。お前らのせいで、ハリィメルがどんな思いをしたと思ってる」
川に落とされたりしなければ、ハリィメルはいつものように一位をとっていたはずなのだ。それを思うと、目の前の男女をハリィメルの視界に入らないように追い払ってやりたい。
「わかっています。お詫びのしようもない……けれど、僕達は」
ジョナサンの言葉の途中で、玄関が開けられた。
「あら? どちら様かしら?」
使用人ではない若い女性が首を傾げた。
「ハリィメルのお友達ですよね? とりあえず中へどうぞ。私はハリィメルの姉のマリーエルです」
姉と名乗る女性に案内され応接間に入ると、幽霊のように生気のない女性が窓辺の安楽椅子に腰掛けていた。
「お母様、ハリィメルのお友達よ」
「……ああ、これはどうも」
ハリィメルの母は椅子からは立ち上がったものの、今にも倒れてしまいそうな雰囲気だ。
「あなた達はハリィメルのお見合い相手と、ハリィメルを川に落としたお嬢さんですね。それで、あなたは?」
憔悴した母の代わりに、姉が尋ねた。
「俺……私は、ロージスといいます。コリッド公爵家の者です。ハリィメルさんとは同じクラスで」
「まあ、公爵家の方が何故我が家に?」
目を丸くする姉に、ロージスはいつもハリィメルにテスト順位で負けているのだと語った。
「ハリィメルが学校に来ないので、様子を見に……」
「まあ。あの子ってば、公爵家の方を負かしているだなんて。たいした子だわ」
マリーエルは「ふふっ」と小さく微笑んだ。




