表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/62

第51話




 問題文を何度読んでもはっきりと内容を理解できない。時折視界がぼやける。


 手に力が入らなくて、何度もペンを握り直す。


(このままじゃ駄目だ……しっかりしないと)


 気ばかり焦るが、鈍く痛む頭はゆらゆら揺れるだけでまともに働いてくれない。


「くっ……」


 ぼろっと涙がこぼれて、濡れた頬を袖口でこする。叫び出したい気分だ。


 なんとか解答欄を埋めるが、もはやそれが導き出した答えなのか意味のない記号なのかすら判然としない。

 ただ時間だけが過ぎていき、最後のテストが終わった後もハリィメルは席に着いたままぼうっとしていた。


 どれくらい時間が経ったのか、肩を叩かれて我に返った。

 顔を上げると、ロージスが立ってハリィメルを見下ろしていた。


「帰るぞ。送っていく」

「……」


 ひとりで帰ると虚勢を張る気力もなくて、ハリィメルは促されるままのろのろと立ち上がった。

 そこからはほとんど覚えていない。気がつくと、自分の部屋で寝台に潜り込んでいた。


 テストを受けたことを思い出すと心臓がどくどく音を立てる。どうなったっけ。どれだけ解答欄を埋められたんだっけ。


(きっと……めちゃくちゃだわ……)


 ハリィメルは寝台の上で丸くなって涙を流した。


 ***


 無理をしたのが祟ったのか、翌日から熱がぶり返して起き上がれない日々が続いた。

 その間にジョナサンとアンジーが何度か訪ねてきて、謝罪と見舞金を置いていったらしい。ハリィメルは眠っているか、起きていてもぼんやりしていたので彼らの訪問に気づかなかった。


 ようやく登校できるようになったのは、テスト結果が張り出される日だった。


 成績上位者が張り出されるそこに、ハリィメルの名前はなかった。


 しばらくその場に立ち尽くしてから、ハリィメルはきびすを返した。周りになにか言われているような気がしたが、耳に入らなかった。

 ふらつきそうになる足取りで、無意識にひとりになれる場所を探したハリィメルは、中庭の楡の木の下にたどり着いた。


(……負けたんだ)


 ハリィメルの周りはみんな敵だった。必死に戦ってきたけれど、結局は負けてしまった。


「ハリィメル!」


 うつむいていた顔を上げて、駆け寄ってくるロージスを眺めた。


「こんなところにいたら体が冷えるぞ。熱が下がったばかりなんだろ?」

「……これで満足ですか?」

「え?」

「よかったですね。今後はずっと一位を取れますよ。……私は学校に通えなくなるんだから」


 ハリィメルは口を歪めて笑った。


「満足でしょう? 私を一位から引きずり落としたかったんだから!」

「ハリィメル、俺はっ」

「あなたみたいになんでも持っている人間には、成績だけに必死にしがみついている私はさぞ滑稽だったでしょうね。……その唯一の取り柄も、夢も失って、みじめな私が見られてうれしいですかっ!?」


 ハリィメルはなだめようとするロージスの手を振り払って駆け出した。


 成績が落ちて人目も気にせず泣きながら走り出ていく生徒なんて、おもしろい見世物だろう。もうどうだっていい。学校中で笑いものにすればいい。

 ハリィメルはそのまま校門を出て、もう戻らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 可哀想過ぎて泣きながら読んでます。 多分納まるところに収まるのかもだけど ここまでされてきたことを思うとなんかハッピーエンドもモヤるかもしれん。 主人公ジョナサンとかとのやりとり見てるとコ…
[一言] 胸が詰まります
[一言] 両親とも娘の状態を把握してるのに、今回の成績が悪くてもノーカンという話はしないのね。 それにしても父親は何を考えてるのか。妻が娘との約束守らなくても何も言わないし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ