第41話
「さようなら」
そう言った彼女が教室から出ていった時、ロージスは動くことができなかった。
彼女に言われた内容がぐるぐると頭の中を暴れ回って、足の力が抜けそうになった。
ぐらり、と体が傾いだものの、なんとか踏ん張って浅い呼吸を繰り返す。
嘘の告白だと知られていた。
こちらにいっさいの好意を感じさせないハリィメルの態度から、ロージスの想いが本気にされていないことはわかっていた。
だが、『ハリィメルの成績を落とすため』という目的まで知られていたのだ。
ロージスは胸を押えてうつむいた。心臓が嫌な動き方をする。急に早くなった鼓動のせいで、耳の奥にがんがん音が響く。
「ロージス、大丈夫か」
ダイアンとティオーナが心配そうにロージスの顔を覗き込んでくる。
そこで、初めてロージスは他者の存在に気づいた。ずっとハリィメルしか目に入っていなかたのだ。
教室にはクラスメイトが残っていて、その誰もが戸惑った様子ながらもロージス達に冷たい目を向けていた。
「とにかく、一度教室を出よう」
「場所を変えて話しましょう」
ダイアンとティオーナは、突っ立ったまま動かないロージスを引っぱって行こうとした。
だが、教室を出ると言われたロージスははっと我に返ったように顔を上げた。
「そうだ……! 図書室に、図書室に行って、ハリィメルと話してくる!!」
言うが早いが、ロージスは廊下を駆け出した。背後から制止するような声が聞こえたが、無視して図書室を目指した。
転がるにして図書室に駆け込むと、案の定、ハリィメルはいつもと変わらない位置に座っていた。
「話がしたい」と告げるロージスに、ハリィメルは敵意に満ちた声で「邪魔をするな」と言った。
謝ろうとしたのに、「おあいこ」と言われて謝罪さえ口にさせてもらえなかった。
そのままハリィメルの前に突っ立っていることはできなくて、ロージスはよろよろと図書室の外に出た。
そして、廊下の邪魔にならない位置に立って、ひたすら時が過ぎるのを待った。
暗くなり、ハリィメルが図書室から出てくるのを待った。
帰り支度を整えて図書室から出てきたハリィメルは、突っ立っているロージスをみつけて顔を歪めた。そのまま、見ないふりをするように顔を背けて歩み去ろうとする。ロージスはその背を追いかけた。
「ついてこないでください」
「送っていく! いつもそうして……」
「だから、もうそういうのは結構です! ついてこないでください!」
ハリィメルからきっぱり拒絶され、ロージスは辻馬車に乗ることができなかった。
辻馬車を見送って、ロージスは途方に暮れた。
(どうすればいいんだ……)
謝罪すら、させてもらえない。おあいこだと言われてしまった。
たぶん、ハリィメルはロージスの謝罪を聞く気がない。邪魔をするなはもう話しかけるな、関わるなということだ。ハリィメルは完全にロージスを拒絶している。
無理もない。嘘の告白で足を引っぱってやろうなんて計画を聞いただけでも不愉快だっただろう。
実際にロージスが交際を申し込んできた時、ハリィメルはどれだけ彼を軽蔑したのだろうか。
お菓子もアクセサリーも受け取ってくれるわけがない。軽蔑する相手からの贈り物なんて、視界に入れるのも嫌だろう。逆の立場だったら、ロージスなら床に叩きつけている。
「どうしたらいい……」
ロージスは頭を抱えた。