愛が重い夫が記憶を失った話
「結婚して欲しい! 結婚しよう! 結婚してくれないと許さない………」
なんとも脅迫じみて、切羽詰まったプロポーズ。頷いたのは、断れば相手が暴走しかねない怖さがあったから。あと、ほんの少しばかり、好ましさが………あったのか、なかったのか。
アロルドと言う男は、生まれてから今に至るまで、モテにモテていた。
国王の甥にあたる彼は、家柄も顔も良い。癖のある黒っぽい茶髪は、青い瞳を輝かんばかりに引き立たてていて、特に魅力的だった。
パーティーに行けば、注目の的で、年頃の女性たちの視線は、彼に釘付け。
彼がとっつきやすい人柄であれば、もっと群がられていたろう。
アロルドの友人と私の幼馴染が婚約し、3人で話すことが多くなると、アロルドも交ざってくるようになった。
数カ月後には、意外にも話しやすい彼に好感を持っていた。
モテてきたが故に、危機管理能力が長け、早々に女性に対して線引をすることが多いだけで、アロルド自身は冷たい人間ではないと、友人になって分かったのだ。
ただ、モテるがゆえに、女性を遠ざけねばならず、なかなか、良い女性と巡り会えていない様子だった。そこで、友人を紹介しようと思いついた。余計なお世話であれば、すぐ手をひけばいいと、さっそく彼に訊ねた。
「私の素敵な友人を、あなたに紹介したいのだけど。どう?」
「はっ?」
「嫌なら良いの。忘れて。余計なおせっかいだったわ」
「どうして? 紹介しろと頼まれたのか?」
「違うわよ。あなたが良い人だから、私の大切な友人を紹介したいなって思っただけ。だって言ってたでしょう? 結婚式を準備する2人をみて、良いものだなって。だから、結婚願望があると思ったのよ」
「結婚願望は………あるが………」
「あっ、良かった。じゃあ、何人か紹介したい候補の子がいるんだけど、みんなとても素敵な子なの。ちなみにどんな子がこのみ」
「君だ」
「へっ?」
「もう俺は友人に、君を紹介してもらっている」
幼馴染と婚約した彼に、私を紹介してもらったとアロルドは言った。
この日から、彼を意識せざるを得なくなった。私は困った。その日から、アロルドが積極的にアピールしてくるから。
「好きだ、好きだ、好きだっ………。もう近頃は、君と暮らす生活ばかり想像してしまう。早く君と同じ家に住みたい。どうして俺の気持ちを受けとってくれないんだ?」
「どうして? だってあなたのこと、友人としか見てなかったもの」
そう言うとアロルドは、ショックを受けた顔をしていた。しかし、私は話を続けた。この状態が長引くことを避けたかったからだ。
「あなたと出会った時から、あなたを恋愛対象から外して見ていたの。何故か分かる? あなたは特に自分に好意を寄せる女性が、嫌いなのを知っていたから。それに、あなたと揉めて、あの2人との友人関係が気まずくなっても嫌だから、端からあなたを男性として見てなかったの」
「そんなっ」
「いまさら、あなたを異性として見るのは、ちょっと………。話しやすくて良い人と思ってたけど、あなた………。自分に恋愛感情がない女性が好きなの? 追いかけて、振り向かせたいタイプだったの? だけど振り向いた瞬間、冷めたって言いそうな雰囲気も捨てきれな」
「ないっ! ただ………、ただ俺は、互いを知って、仲を深めていける相手を。君を探していただけだ」
「友人として紹介されて、友人としての仲が深まったわね。私達、友人としては良いかもしれないけれど、恋人としてはどうかしら。あなたと色恋について、話したことすらなかったでしょ?」
「その話題はもう少し、時間を置いてしようと思ってたんだ。だが確かに、俺が焦って、色々飛ばしてしまっていたな………。そうだ、それなら今から互いの価値観、恋愛観について話そう」
私に対する恋愛感情がこれで冷めるかもしれないと思い、了承した。結果は
「なんだ。やっぱり相性いいじゃないか、俺達」
「いやっ、でも………う〜ん?」
「互いにパートナーは、誠実さが必要だと思っている。君は愛してくれて、一途だと安心させてくれる男が好き。俺は冷静で、考えてることを言葉にしてくれる子が好き。ほらね」
「私が冷静かは疑問だし。あなたモテるから、女を不安にさせる男なんだけど」
「………俺は一途に愛情注ぐタイプだと思うんだが。そうか、不安か………。
俺の顔はあまり気にならないか? ちょっと、見栄えが悪くなっても許してくれるか?」
彼の目が座り、瞳に暗い影が落ちた。
それをみて、言葉選びを間違えたとすぐ気づいた。
「ごっ、ごめんなさい。そうね、あなたは気が多くて、浮気するタイプじゃないものね」
「そうだ! だから、安心してくれ」
途端に顔色が明るくなった彼に、安堵のため息を吐いた。けれど困った。彼の愛は重いうえに激しく、一歩間違えば、暴走を起こしかねないことに気づいてしまったから。
価値観の相違に気づけば、恋が冷めると思っていた。けれどアロルドは、私と上手くいくと、確信を得てしまった。そこから不穏な告白で恋人となり、毎日のように結婚したいと言われ。ついにまた不穏なプロポーズを引き出してしまい、腹をくくった。
結婚してからも彼はモテた。女が嫌いな訳ではないと、解釈されたのだ。
私が彼と似合うほどの美貌を持ち合わせていなかったことも、理由かもしれない。
彼がモテて不安になると懸念していたが、過ごす時間が増えたぶん、より一層、アロルドに愛を囁かれるようになった。こちらがうんざりしたり、恥ずかしくなったり、不穏に感じたりするほど。
不安になる暇など与えられなかった。
愛が重くて、激しくて、良く言えば、一途で、愛情深くて。
彼の惚れた相手が私で良かった。
そんな所にも、胸が高鳴る素質があったのだから。
時々アロルドは、愛ゆえに暴走しそうになるけれど、宥めるのも嫌いじゃない。
普段、愛を言葉にして伝えるのは、主に彼だから、私は彼よりも少ない。アロルドが大げさに喜んでしまうから、恥ずかしいという理由もある。けれど、宥めると言う建前があるときは、存分に私も彼に言っている。
『あなたが陥落した女は、ちゃんとあなたが好きで、あなたを愛していて、自ら望んであなたの隣にいる』と。
結婚して2年目。事件が起きた。
パーティーで忘却魔法に、アロルドがかかった。
狙われていたのは、彼の従兄弟の王太子。王太子をかばって、彼が忘れたのは私のことだった。
本来はすべて忘れる魔法だが、魔法を浴びたのは一瞬で、一部の記憶だけで済んだ。
魔法使いはすぐ捕えられ、私は彼に駆け寄った。
大丈夫かと問えば、誰だと言われ、近づくなと怒鳴られた。多くの人目に晒されたパーティー会場で。
アロルドは親類、友人に私のことを説明されたが、思い出すことはなかった。
知らない者が近くにいるのは気が休まらないと、私を避けていた。
私も会えば、蔑んだ瞳で見られ、嫌っていると言わずもがな伝わってくる空気感が嫌だった。
とりあえず、いまは彼を刺激しないようにと魔法医師にも言われ、私はアロルドとしばらく離れて過ごすと決めた。
アロルドの友人と、結婚した幼馴染の友人には、アロルドの記憶が戻った時、側にいなければ、彼はきっと発狂して、怒り狂うと言われた。
私はそうなって後悔しろと、心の奥底で思っていた。
あんなに、熱烈に口説いておきながら、忘れた上に、あのいけすかない態度。
やっぱり自分に好意を寄せる女は好きじゃないじゃないかと、罵ってやりたい。
アロルドが全て悪いわけじゃない。予測できなかった事態だ。それでも、許せないと思うのは、アロルドならどんな時でも私を好きでいてくれると、思い込んでいたせいだ。
違う。彼が私に思い込ませたのだ。
『好きだ。他に好きな相手ができたら許さない』
『愛してる。どうしようもなく。君が俺以外の奴と、幸せな生活を送っていたかもしれないと思うと、堪らなくなって。どれだけ俺が君のことを愛してるか、分からせたくなってしまう』
『君が普通に友人と喋っていても、嫉妬してしまうほど愛情深い夫がいることを忘れるな。思い知らせたくなる』
自分以外は許さない。自分以上の存在は許さない。
もっと好かれたい。もっと私に愛されたいと事あるごとに、強請って、縛って、独占して、暴走して、甘えて。
それくらいするほど。自分の暴走を止められないほど、私に愛してると教えこんだくせに。
あなたの方こそ、思い知ってしまえばいい。
そして私は家を出た。とても久しぶりに。彼を置いて。
アロルドは自身と一緒でなければ、私が出歩くのを嫌がった。別に言うことを聞かなくても良かった。どうしてもの時は、彼だって理解がないわけではない。私を尊重してくれた。けれど、アロルドの我慢して辛そうな顔に、私は弱かった。じっと堪えている様子の彼は、健気で。何とかしたくなってしまうから。
つまるところ、私だってもう彼にベタ惚れだったのだ。それが今はこのざまだ。
いい機会だと思わなければ、やっていられない。
せっかくなので、行きたいと思っていたところに行くことにした。
アロルドの仕事もあったから、これまで遠出が中々できなかったのだ。どこに行っても目立つから、彼は外出を好まなかったし。
私は数人の侍女、メイドを連れて、行きたかった1日では着かない、地へ向かった。
花畑が一望できる屋敷を借り、それからは自由に過ごしていた。街へ買い物へ行き、その土地ならではのものを食べたり。住んでいたところでは珍しい、布や糸で手芸をしたり。本を読んだり。貿易が盛んな街で色んな人と知り合ったり。
これからどうなるか分からないと、メイドや侍女に、仕事を教わることもあった。
その日も、店先に並ぶ旬の果物を教えてもらい、選びつつ、知り合いたちと立ち話をしていた。
するとつんざくような鋭い声で、名前を呼ばれた。
私よりも友人たちのほうが驚いて、一斉に視線がそちらに向かう。
「夫を捨てて、えらく楽しそうだな」
誰がどう見てもアロルドは怒っていた。怖さが全く無い訳ではなかったが、彼に対する怒りの方が、まだ勝っていた。
痴情のもつれだと察し、心配する友人たちにお礼を述べ、アロルドを一旦、屋敷へ連れて行った。
記憶が戻ったのかと思ったが、違うらしい。
「なら、どうして私を訪ねてきたの? 私、あなたの顔見たくないし、一緒にいたくないんだけど?」
「お前は俺の妻なんだろうっ!? 何故それなのに、俺の記憶を戻そうとしないっ!?」
「あなたの態度に失望したからかしら。記憶がないから許されると思ってる?」
「仕方ないだろっ! お前がいると苛立って仕方ないんだ! もどかしいと言うか、気になる………いちいち、気に障るんだっ! 視界に入るたび、話をするたび、もどかしさがあって腹立たしい! お前がいなくなって、どこにいるか分からなくなると、更に怒りがこみ上げた! お前が嫌いだ。けれど、手もとにいないと、更に腹が立つ。記憶が戻るまで、妻ならこれまで通り家にいろ!」
「そう………。私のことはムカつくけど、妻なのだから側には置いておきたい。我儘ね。その要求を聞く理由が、私があなたの妻であるということだけなら、別れてしまいましょうか」
「はっ?」
彼の瞳孔が開き、表情が無になった。
手を伸ばされ、顔を掴まれる。
「俺と別れる? そうか、お前は元々俺を愛していなかったのか。それともその程度の愛だったのか? どうせお前が無理やり強請ったくせに。そうじゃなきゃ、俺が結婚するわけがない。なのに、あっさりと捨てるなんて薄情だな。責任を取るつもりはないのか?」
「えぇ。その程度の愛で結構。責任? つまり責任を取って、あなたが私と離れたくなるまで待てと? あなたに虐げられるのも、私のせいだから我慢しろと? ハハッ。随分、自分勝手で、思い上がってるのね」
「なっ!?」
私の勢いに彼のほうが怯んだ。
「自分は嫌いだけど、私には好かれていたい。そうよね。あなたは自分が女性受けが良いことに、強い自負があるものね。だから妻が自分に靡かず、言うことを聞かないなんて、プライドが許さないのよね」
「お前っ、人をバカにするのもいい加減にっ」
「バカにしてるのはそっちでしょ? 私のことが嫌いだけど、自分の思い通りにならないと腹が立つから、従わせたい? 矛盾してるのよ。嫌なら離しなさいよ。離れなさいよ」
一歩も引かず、睨みつける私に、彼が悔しそうに顔を歪め、ゆっくりと手を離した。
「あぁ、そうだな。お前を妻だと思うから、こんなにも執着してしまうのかもしれん。別れよう。また、紙を持ってくる」
彼を見送って、一週間を過ぎた頃。彼が再び、屋敷を訪れた。
「紙はどこですか?」
挨拶もなく私が尋ねると、彼は何も書かれていない離縁状を持っていた。
見てくれと言われ、彼がその紙に署名しようとすると、わざとかと思うほど、手が震えだした。
それでも、書こうとすれば、文字はぐちゃぐちゃになり、読めたものではない。
「これは、君のせいかっ!? 私と離婚したくないから、こんな魔法をかけたのかっ!?」
彼にそう言われたが、しらっとした私の表情で察したのか、すぐ黙った。
「どうして書けないのか分かりかねますが、立会人の下、代理人に書いてもらうという手がありますので、平気ですよ」
彼の目が見開かれた。絶望しているようにも見えるが、真相はどうか分からない。
私は踵を返して、もう用は済んだから帰ってくれと告げ、部屋を出ようとした。
「待ってくれ!!」
「なんですか? いま、離縁の話が進まない以上仕方がないでしょう。今日はお引き取りに」
振り向きもせず、そう伝えると、手首を掴まれた。
「君は………何が何でも、俺と別れたいんだな」
「あなたは違うのですか? 別れるのは2人合意の上だと思ってました」
「俺は………君が、気になって、君の存在にかき回されて。俺を振り回す、君のことが嫌いだっ………。けれど、分からない………。分からないが、君と居られなくなるのは………違うんだ」
「良く分かりません」
「俺だって良く分からないっ! 君を抱きしめてみたいのに。君が男に抱擁され、触れられると思うと、例え相手が自分でも、許せない気持ちになる! 君が誰かを想うのも、君が誰かと話をするのも、君が誰かを愛するのも。許したくないんだ。許せない、許せないっ! 俺のものにも、誰のものにもなるなっ! 心を許すなっ」
「はぁー、またそれは勝手なことで。誰かをそうやって制御することが出来ないことくらい、分かっているでしょうに」
私は掴まれてい手とは反対の手で、彼の頬に触れた。
彼の体が大げさなほど跳ねた。
「私、あなたが我慢して耐える顔に弱いんですよ。辛そうで、ついなんとかしてあげたくて、甘やかしたくなるんです」
「へっ?」
「私があなたを好きだと口にすること。私があなたを抱きしめること。私があなたにキスを贈ること。こうやってあなたの頬を撫でること。全部嫌ですか?」
「嫌じゃ………ない。駄目だ………けど。嫌じゃないから困る………」
彼の目はどうしていいか分からない、迷子のようだった。
私がズイッと彼に近づくと、握られた手を離された。
そのまま抱きしめると
「駄目だっ! だって、許されないっ!」
そう言いつつ、彼の手は私の腰に回って、抱きしめ返された。
彼がうわ言のように、何度も苦しそうに私の名前を呼ぶ。
私の首筋に顔を埋めながら、自分をすりつけて、互いの存在を確認しているみたいだった。
「キス………キス………したい」
「? いいわよ? はい」
私は黙って目をつむり、唇を差し出した。
彼が何と葛藤しているのか、分からなかったから。
「キス………した………駄目だ! 駄目! 許すな! するなっ! しちゃいけないっ! 駄目だっ、駄目だっ!! だって君は………君は」
真逆のことを言い始めて、まるで一人二役の芝居を見ている気分になった。
彼が喋るのをやめたので、瞳を開けた。
「あなた………もしかして」
「リンジェラ!!」
彼が遠慮ない力で、私に抱きついた。
「駄目だっ、君は俺のっ、俺の! 俺だけのリンジェラだっ! 俺以外が近づくのも、触れるのも、愛するのも駄目だっ! 許さないっ」
そうか。
記憶のない彼が私に近づくのを許さなかったのは、記憶を持っていたアロルドだったのかと、私は理解した。
記憶がない自分にまで嫉妬をしてしまうとは。
私はある意味、彼を尊敬してしまった。
「おかえりなさい」と、少し宥めるつもりでキスすれば、「俺の、俺の」と、貪るようなキスで返されてしまった。
アロルドの記憶が戻ってから、4日ほど経った。彼は私を膝の上に乗せ、横抱きにし、ソファーに座っている。お手洗いの時以外は、ずっと離れたがらず。いまも頭や顔、首筋。いたるところにキスを落とされる。
一方の手は腰に、もう一方の手も、互いの指を絡めるようにして握られ、何とも密着度が高い。
「ねぇ、そろそろ戻らないといけないわね」
「嫌だ」
「私だってあなたと2人で過ごせて嬉しいけど、いつ頃戻るかあなたなら、考えてるでしょ?」
「あと、3日、4日したら多分。だけど嫌だ」
そう言って私の腰に両手を回し、抱きしめた。
彼が私の背に顔を押し付けるから、その表情が読めない。
駄々を言っている自覚があって、気まずいのかもしれない。
「そう。3日、4日後ね。分かったわ」
「まだリンジェラといたい。それにまだ、怒っている。君が俺を置いて、離れたことも。離婚すると言ったことも。ちゃんと俺は覚えてるんだからな」
顔をこちらに向け、不貞腐れた顔で、恨みがましそうな瞳を向けられた。
「そう。私も近づくなと怒鳴られたこと、蔑んだ目で見られたこと、薄情だと言われたこと。その程度の愛と言われたこと。もう怒ってはいないけど、許してないわ」
彼は途端に、バツが悪そうな顔になった。
「そっ、それは記憶がないせいで………」
「えぇ。でも、アロルドが言ったの。あなたの目が私を拒絶して、あなたの口が私を傷つけたの」
「すっ、すまなかった」
「そうでしょう? 私を好きじゃない、私に優しくないアロルドなんて、私が好むわけないじゃない。だから、記憶のないあなたに惹かれなかったのだし、感謝して欲しいほどよ」
ツンっとした口調で言えば、彼はぐぬぬっと悔しそうな顔になった。
「だっ、だが!! 記憶の戻る直前、触れて、抱きしめて、優しくしたろう!? 挙げ句にキスも許していたっ!!」
「そりゃあ、記憶のない彼が私に惹かれ始めて、私を欲しがったからよ。私のことが好きなあなたは、私のものなの」
私は視線を合わせ、彼の頬に手を添えた。
「アロルド………。あなたが私を好きな内は、あなたは私のものよ。私だけのあなたよ。だけど、今回のことで分かったでしょ? あなたが私を嫌いになれば、私はあなたのものじゃなくなるし、離れちゃうのよ。だからせいぜい、大切にしてね」
首に腕を回し、最後の言葉は耳に落とすように、囁いた。
彼は照れてしまったのか、体に力が入り、何故か敬語で「はっ、はい」と、上ずった返事をされた。
暫く彼に抱きつきながら、彼を堪能していたのだが、彼がポツリと独り言のように
「俺がリンジェラを好きで、大切にしていれば………リンジェラは俺のものでいてくれるのか………」
と、漏らした。「そうね」と、軽く返すと
「はぁ、いまとても機嫌が良くなった………。俺だけの君かぁ。………なぁ、頼みがあるんだ。俺が悪かったのは重々承知で。君と離れて暮らしていたこと、君が俺の知らない間に、新しい友人と楽しく過ごしていたこと。その変えようのない事実が、寂しくて、悔しくて、嫉妬して、憎くて仕方ない。だから気持ちを宥めて欲しいんだ。家に帰る日まで、リンジェラを部屋に、閉じ込めたい」
「何言ってるの。今だってこの屋敷に2人で閉じこもってるようなものじゃない」
「でも、完璧じゃない。外に買い物に行くことも庭に出ることもあるし、メイドも侍女もまだ滞在している」
私は不穏な予感がしつつ、話を聞き続けた。
「彼女達は先に帰らせる。屋敷には俺達以外誰も入れない。この寝室より狭いが、簡易的なバスルームがついた部屋があったろ? そこに鍵ををかけて、君を閉じ込めて、俺が身の回りのことをしたい。それで、俺だけを見て。俺の名前を呼んで。沢山、愛してると言いたい、言われたい。リンジェラと2人っきりで、君を独占したい。お願いだ」
どうだろうかと、こちらを窺うように見つめられた。つまるところ、監禁案件だ。離れていた時間を、取り戻したいのだろうが。この人は全く………。
「アロルド………。あなたは私を口説き落とせた自分と、あなたに惚れてしまってる私に、もっと感謝したほうがいいですよっ!」
そう言って私は、ソファーに押し倒す勢いで、さらに彼を力強く抱きしめた。
同時に私の脳内では、監禁された後の計画を立て始めていた。
あなたの想像以上に、私だってあなたのこと、とんでもなく愛してますけど?
と、アロルドに分からせるには、どうしてやろうと考えながら。
ー完ー