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恋愛前線異常あり  作者: 桑野スピカ
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醜女に生まれたけど、変態先生と出会って、性癖が捻曲がってしまいました。

 わたしは稀代の醜女だ。現代に見世物小屋があったら間違いなくスカウトが殺到するだろう。就職には困らない。これほどの醜女は類を見ないほどで、本当に人間か? と時々鏡を見て思う。呼吸をするとひゅーひゅーと変な音が鳴るし、外に出ると、必ず誰かがわたしを見て驚く。犬も驚いて逃げ出すことがある。動物に愛されないのは結構つらい。

 自分がブサイクだと自覚を持ちはじめたのは、小学校の頃くらいからだ。それ以前は親もかわいいかわいいと言って育ててくれた。

 顔面が大人に近づくにつれて、周囲とは別種の生き物のように変形しはじめた。鼻はつぶれ、眼は埋もれ、頬は張り出し、口は飛び出し、歯並びはぐちゃぐちゃで、髪は薄い。身長も低く一五〇センチもない。脚は重力で潰されたようにひしゃげている。外側に折れ曲がって短い。膝が必要のないほど短い。事故に遭ってこうなったの、と言ってもみんな信じそうなくらいだった。

 それでもいじめられることはなかった。あまりにも醜く、たたりが起きるとでも考えられていたのかもしれない。あるいは、哀れすぎて、言葉もなかったのだろう。神のたたりだと両親が言っているのを聞いたことがある。泣きながら謝られたこともある。父は酒に溺れ、母は泣き続けた。わたしは馬鹿な両親を見てほくそ笑んだ。自分たちが醜いくせに、子供に何を期待していたのか。

 唯一きれいだったのは、手だけだった。学生頃から手だけは褒められた。他に褒めるところがないと思っていた。でも、不思議なことに、褒められるとどんどん美しが増した。相対的に見て美しいと思っていたのだけれど、どうやら客観的に見ても美しいらしい。時折、手だけのポルノに出演することがある。美しい手を使って、男根に見立てた玩具をまさぐる様子を撮影する。手を愛する人間がこの世にはたくさんいるのだと知った。

 わたしの自慢を教えてあげよう。わたしは醜女でありながら、ヴァージンではない。体を売ったわけでも、強姦されたわけでもない。まあ、襲われるなんてことはない。野良犬と間違われない限りは、だけど。

 高校生の時、クラスの担任のなかなかイケてる先生が、わたしに好意があると知った。不細工なわたしにも熱心な課外授業を施し、時には恋人距離に近づき、うっとりとわたしの顔や体を見つめてくることに気づいた。最初は物珍しさで見ていると思っていた。けれど、股間を膨張させ、ねっとりこびりつくような目をして、先生はわたしを見つめていた。そんな先生をかわいいと思ってしまい、なあに、先生? と普段出さないような、媚の含んだ声を出すと、ああ、ごめん、君がかわいくて、と先生は言った。わたしははっとして、持っていたペンを落としてしまった。拾おうとして床に手を伸ばすと、先生はわたしを抱きすくめ、好きなんだとささやいた。わたしは誰かが仕組んでいると疑い、辺りを見渡し、廊下に飛び出して誰かいないか確認した。でも、誰もいなくて、本気なんだ信じて欲しい、と先生は立ち上がって叫んだ。

 それから放課後の教室は先生とわたしの愛の巣になった。わたしのことをチワワと呼んだ先生は、破滅的な性癖があった。とにかく不細工なわたしにいじめて欲しいと言った。美人とは付き合ったことがあるが、あれはだめだ。金がかかるし、欠点があるとイライラする。まわりが褒めると、自分が本当に愛しているのかわからなくなるから、純粋な愛で付き合えない。などと、不平をこぼした。美人は一度やったらどうでもよくなるとも言っていた。

 先生は、わたしのような醜女がよがり、声を押し殺し、快感を得ている様は、美人とは違ったエロスがある、と股間を見せつけながら語った。生々しい、官能美があるんだよ、君は最高だ、とわたしの絵を描いた。わたしは先生にされるがままになり、奉仕した。美しい手を使ったテクニックを学んだ。先生とわたしがそういう関係にあると誰も疑いもしなかった。わたしが馬鹿だから、放課後に余計な課外授業をさせられて可哀想だ、と他の生徒も先生も思っていた。

 思い出すだけで愛液がとろけ出すような、甘くて濃厚な思い出の詰まった夕日の差し込む教室は、わたしにとって宝物になった。記憶の大切なものフォルダにきちんと保存している。今でも思い出すだけで、背徳の教室に戻れる。

 わたしは勉強ができた。習ったことを書けばいいだけのテストは容易だった。課外授業中にわからないところは質問し、家では他にすることがないから教科書を耽読し、文学や芸術にも親しんだ。わたしは芸術を愛した。西洋美術ではなく、日本の、古典美術だ。あののっぺりとした顔やふっくらとした女性の美的感覚はわたしの容姿にやや近い。西洋から入ってきたヌードや写実的な絵はわたしの感性には合わなかった。日本の奴隷根性が滲み出て滑稽だと先生も言っていたし、美術部の生徒は、芸術の名を語り、ヌードばかり描いていたのが気持ち悪くて、モデルになる女にも腹が立った。男の欲望に忠実な犬め、と心の中で罵った。もちろんわたしは先生専属モデルだから、どうでもいいことなのだけど。

 テストでは、わざと手を抜いた。醜女が成績優秀でも誰も喜ばない。無駄な争いの種になるし、勉強ばかりしている寂しいやつと思われたくもなかった。先生はわかってくれているし、受験でいい点を取れることはわかっていた。案の定わたしは優秀な国立大学に進学し、特待生になった。誰にも言わず先生とお祝いをした。親はその時泣いて喜んでくれた。母は妙な宗教にハマまっていたが、わたしの成長ぶりを見て信仰が揺らいでいたようだった。父はまじめにコツコツ働いて、植物のような生活をしていた。日に当たって植物が育つように、わたしのことも見守っていた。妙な虫がついたら払ってくれるかしら。

 大学ではサークルには入らなかった。人間とかかわるのは面倒だった。文学サークルなどは興味があったが、芸術は一人で楽しむものと決めていたので、アルバイトと読書に明け暮れた。時々先生とも交流したが、以前のような燃え上がる感情は失われていた。やはり、生徒と先生という背徳感がなくなったことは大きかった。アルバイトはもっぱら清掃や裏方作業で、外見の関係ないものを選んだ。一人で作業できるものが多く、わたしは案外楽しめた。わたしが真面目に生きているだけで、感動ポルノを見ているみたいに、みんな頑張ろうという気持ちになるらしかった。この頃に、手のポルノに出会った。いつものようにネットサーフィンをしていると、顔を出さないポルノが多くあることを知った。コアなものを探るうちに、手にフォーカスしたものを見つけた。セレンディピティだった。爪を磨いて早速動画を配信した。誰にも見られないと思ったけど、いつのまにか数千人が見るようになった。醜女がやっているとは誰も思わない。それが楽しかった。声を少し出すと反応が変わった。顔が見えなければ声もそこそこ良いことがわかった。わたしで興奮している人たちを糧に、勉強に精を出し、良い眠りをとった。しかし、先生との体験のような、甘美な刺激はなかなか得られなかった。あれは麻薬に近い。すべてが満たされる。大学では、社交的ではないわたしに、チャンスは巡って来なかった。しかし、ネットには無限の可能性があった。特にBLはわたしを燃えたぎらせた。攻めと受けの妄想を無限にできたし、俺なんかがなんでこいつと、くそっ、でも、なんていうシチュエーションには愛液が止まらなくなって、一人で身悶えした。可愛い系の男子、いわゆるチワワ系の男子が、オラオラした男子を陵辱するシチュエーションも大好きだったし、いじめられっ子といじめっ子の逆転監禁シチュエーションも最高だった。そこには、背徳の香りが充満して、わたしと先生の愛の巣を思い出させた。背徳的な行為になぜ人間は燃えるのだろうか? そんな論文を書いてやろうかと本気で考えたこともあった。醜女である自分を、ネットの世界では忘れられる。しかし、先生との行為は、醜女である自分に興奮していたという点も否めない。ああ、なんて複雑な精神構造なのだろう。こんな拗れた変態が普通の顔して歩いているなんて、信じられない。歩く性器ばかりなのに、社会が運営できるなんて、可笑しい。馬鹿ばかりだな。と変態の醜女が一人考えているなんて、誰も思わない。それも、可笑しい。暇な大学生活では、そんな妄想を日々繰り返していた。

 先生のおかげでいい企業に就職できた。先生はわたしのために知り合いをまわり、彼女はいい子で勉強ができる。芸術もわかってるし、真面目だと、触れ回ってくれた。彼はいい大学を出ていて社交的だったし、わたしを今でも愛してくれていた。わたしを憐んでの行動だとみんな思って、彼の評価は上がり、わたしの評価も上がった。彼の知り合いのいる企業に就職できることになって、先生はとても喜んでくれた。愛の巣はいつのまにかホテルや彼の家になった。彼には本命の彼女がいたけど、その彼女では満たされない、彼の欲望の化身はわたしを定期的に求めた。彼と付き合うことはないとわかっていたし、彼女ともよく話をした。わたしが彼と肉体関係があるなんて疑いもしない彼女は美しく、モデルのようだった。チワワちゃん、いつでも来ていいからね、と彼女は言った。あたしは馬鹿で、頭が悪いから、先生に勉強を見てもらっていたんです。先生は面倒見が良くて、あたしを放っておけないんです。迷惑かけてすみません、もっと頑張って、自立します。とわたしが言うと、彼女は目に涙を浮かべ、いいのよ、頑張って生きてきたのね、つらかったよね、わたしも彼も味方だからね、と抱きしめてくれるのだった。くうん、とほんとのチワワのように泣きながら心の中でほくそ笑んだ。あの女は馬鹿だが、性格はいい。結婚相手には最適だろ? とわたしの恥部をまさぐり乳首を吸う彼を愛おしく思った。リビングの机の上で脚を広げているわたしを、先生は絵に描き、ふたたび燃え上がった背徳の炎を大切に育てた。君の愛液は桃の匂いがする。甘い天上のフルーツだよ、と先生はわたしの股に顔を埋め、手で自らの性器をしごいた。チワワはやはり特別だよ、ぼくは君の容姿が美しくなくてよかった。本物の美があることを知れたんだからね。

 先生はわたしの絵を描いて個展を開いた。カリカチュアライズされているためわたしとはわからない。愛の巣を描いたものは、わたしと先生にしかわからない。これは、イデアを追求したものです、真の美は精神世界にあるのです、と彼は説明し、新進気鋭の芸術家として、すこし名を馳せた。先生の彼女と個展を見に行って、わたしは背徳的な気分になった。彼女は、なんかよくわからないけどすごいね、と感想を述べ、チワワちゃんってこういうのわかる? ときいてくる。カラフルで素敵です、とわたしはありきたりな感想を言った。チワワちゃんは芸術をわかってるって彼言ってたよ、彼女はわたしを見つめて言った。あたしが好きだって言った作品が、先生とたまたま一緒だっただけなんです、先生はあたしをよく褒めてくれるから。彼女は、チワワちゃんって不思議な子だね、と彼の絵を見ながら呟いた。

 描かれてあるモデルはわたしだけれど、抽象的に描かれ、色合いも非現実的でバレるはずはなかった。けれど彼女は怪しんでる様子を見せはじめた。ねえ、チワワちゃんっていい大学出てるよね? ほんとは馬鹿じゃないでしょ? ある時、彼女と彼の家のリビングでドラマを見ている時にきかれた。やばい、とわたしは思った。彼の絵もチワワちゃんを描いたものでしょ? なにか隠してない? わたし、隠し事嫌いだなあ。彼女は視線をドラマに注ぎながらも、注意はわたしに向けていた。いや、あの、とわたしは口ごもった。なあに? 彼女はわたしを睨む。ちゃんと言って。ええと、あの、わたしは言葉に詰まる。彼女はわたしの肩を掴んで、言って、と真剣な顔をする。人生最大のピンチだった。こんな醜女に騙されていたと知ったら彼女はどうなるだろう。逆上して包丁を取り出し、わたしの首を切り裂くだろうか。それともプライドが傷つき、包丁で自殺するだろうか。わたしは悩んだ。優秀な頭脳で考えた。あ、あたしは何度か、あの、裸で、その、裸になって、絵を描き、描かれ、ました。でも、あの、芸術って、彼は言ってて、その、と言いながらわたしは涙を流した。と言うより、怖くて泣いた。すべてが崩壊する恐怖だった。彼女の顔は醜く歪み、美人の顔が歪むと、本当に恐ろしい、恐ろしい、鬼になるのだと気付かされる顔だった。ごめんなさい、ごめんなさい、あたし、あたし、馬鹿だから、馬鹿、だから、わたしは土下座して、何度も謝った。彼女が立ち上がり近づいてきた。殺される、と思った。しかし彼女はわたしの背中を摩り、大丈夫よ、チワワちゃんは悪くないんだから、謝らないで、とわたしをなだめた。え? わたしが顔を上げると、彼女は泣きながら、彼に言われてしかたなかったんだよね、あいつ芸術のことになると途端に馬鹿になるから、ごめんね、怖かったよね、と勘違いをしていた。先生は悪くないんです、あたしが馬鹿だから、なんにもできないから、とわたしは自虐の追い打ちをかける。チワワちゃん、そんな卑屈になっちゃだめよ、勉強できるでしょ? この経験からちゃんと学びなさい、いいわね? と彼女は優しく諭してくれた。先生がいないと勉強もなにもできない馬鹿で不細工なゴミなんです、ごめんなさい、もう死にます、死にます、ごめんなさい。わたしが言い続けると、彼女はパタリと何も言わなくなった。彼女は声を押し殺し、泣き続けていた。ボソボソとなにかを言ってるのが聞こえた。口元に手を当てているためよく聞こえない。しばらく床に二人でへたり込んで泣き続けた。ネガティブなことを言うとほんとに泣けてきた。しばらくそうしていると、彼女は息を整えて、チワワちゃん、ほんとに苦しかったんだね、ごめんね、気づいてあげられなくて、わたし、チワワちゃんのこと勘違いしてた。頑張ってたんだね。わたしなんかより全然強い子だったんだね。と慈愛を込めてわたしを見つめる。わたしは彼女に抱きついて、大声でクゥーンと泣いた。彼女はずっとわたしの頭を撫でてくれた。よしよし、わたしが守ってあげるからね。

 翌週末、彼女に呼ばれて先生の家に向かった。

 

続きは書きたくなったら書きます。というより、書きたいのですが、眼がドライアイで、すぐ疲れてしまうので、なかなか進みません。

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