最高の白い結婚
デートリヒには婚約者がいる。
彼の名前は、アルタイルといいデートリヒと同い年だ。
二人の両親は仲がよく家族ぐるみの付き合いがあった。
そのため、遊ぶことが多かった。
二人の関係性を一言で表すと「最悪」。
アルタイルの皮肉にデートリヒがブチ切れるという流れ作業を会うたびに行っていた。
その関係性は、式が間近に迫っていても変わらなかった。
「僕たちは本当に結婚するんだな」
久しぶりの茶会で、アルタイルは何の感情もなくそう言った。
デートリヒは、その物言いに不愉快そうに眉間に皺を寄せる。
嫌なら嫌とはっきりと言えばいいだろうと言わんばかりに。
「そうよ。今更怖気付いているのかしら?」
「はっ、そんな事はない。君との結婚生活が楽しみだよ」
デートリヒの馬鹿にするような物言いにアルタイルは、心にもないことを返す。
いつもの皮肉にデートリヒの堪忍袋の尾が切れた。
「結婚が墓場とはよく言ったものね。生き地獄しか待っていないんですもの。アンタの結婚生活とか本当に無理!最悪よ最悪!」
「なんだと!?」
デートリヒのキツイ物言いにアルタイルは、同じように腹を立てる。
「事実を言っただけよ!」
そこから始まる暴言の応酬は、客観的に痴話喧嘩にも見えなくもない。
本当は二人とも憎からず思っているのだが、幼い頃からの付き合いゆえに素直になれずにいた。
周りはもちろんそれに気がついていたが、二人はへそ曲がりなので気が付かないふりをしていた。
「デートリヒ。お前とは白い結婚をするつもりだ」
「あらそう、望むところよ」
アルタイルのトドメの言葉にもデートリヒはどうでも良さそうに返事をした。
「悲しみもしないのか?」
怒る様子もないデートリヒにアルタイルは、拍子抜けしたような顔をした。
「……離婚するのが待ち遠しいわね」
「結婚もしていないのにそんなことを言うな!」
ふふふ、と楽しげな顔をするデートリヒに、アルタイルは怒り出した。
しばらく口喧嘩をした後に「結婚したことを絶対に後悔させてやる!」と、アルタイルは謎の捨て台詞を吐いて帰っていった。
残されたデートリヒは、俯いて唇を噛み締める。
「今更、素直になったところで何の意味もないわ」
デートリヒは知っていた。アルタイルに恋人がいることを。
二人が一緒にいる姿を見た事はないが、友人たちからそういった情報はよく聞かされていたのだ。
今更素直になって、余計なことを言ってアルタイルを困惑させるつもりはない。
だから、自分の気持ちを見て見ぬ振りをする。
「邪魔者は早くいなくならないとね」
結婚後は、別荘にでも行って二人の視界に入らないようにしよう。離婚後はどこに行こうか。
デートリヒはぼんやりとそんなことを考えていた。
そして、式当日。
天気は二人の行く末を嘲笑うように快晴だった。
デートリヒは、天気と反比例するように気分が悪くなった。
「最悪、嵐でもくればいいのに、会場に雷でも落ちればいいのに」
なかなか酷い言葉を吐くデートリヒは、すでにウェディングドレスを着ていた。
結婚は人生の墓場だから黒いドレスがいい。と、何度も言ったが当然のように聞き入れてはもらえなかった。
「面倒なことは、さっさと終わらせるにかぎるわ」
これを終わらせたら、別荘で一人で悠々自適に暮らすのだ。そのための我慢だと言い聞かせて、デートリヒは父に付き添われて会場に入った。
赤い絨毯の先には、牧師とアルタイルが立っていた。
アルタイルはなぜか白いベールをかぶっていてデートリヒは首を傾けた。
「絶対に後悔させてやる!」
そういえば、最後に顔を合わせた時、アルタイルはデートリヒにそんな捨て台詞を吐いていた。
思い出して、デートリヒはゲンナリした。
いくら式が嫌だからって替え玉を用意するなんて……。
とことん嫌われているのだとデートリヒは思い知らされる。
しかし、それを顔や態度には出さずに男のところへと歩いて向かう。
男のところに到着するとしげしげとその姿を観察する。
どうやって見つけてきたのか、背格好、雰囲気すらどこか似ているような気がする。
「貴方も気の毒ね」
デートリヒは苦笑いして替え玉新郎に声をかける。
替え玉新郎は、びくりと体を震わせて硬直した。
もしかしたら、デートリヒにキツく叱責をされると思ったのかもしれない。
「大丈夫よ。貴方に怒ったりなんかしないから」
デートリヒは、男を安心させるように小さく声をかけた。
「……」
男は小さくため息を吐いて何を思ったのか、ゆっくりと白いベールを上げていった。
そこにあったのは。
白塗りのアルタイルの顔だ。
白い壁と同化しそうなほどに真っ白で、眉毛の存在感すら消えている。それはもう、真っ白白な顔だった。
デートリヒは、自分の目を疑った。
何をしているのだ。この男は。
「デートリヒ、僕の顔を塗ってくれ」
「は?」
アルタイルの突然の申し出にデートリヒは目が点になった。
なぜ、どうしてそんな考えに至ったのか理解ができなかったからだ。
白塗り新郎よりも替え玉新郎の方がまだマシだ。
アルタイルは本気で結婚式をぶち壊しにきている。
デートリヒを貶めるために体を張りすぎだ。
しかし、次の言葉に今度は自分の耳を疑った。
「君のことを愛している。だから、僕を君色に染めて欲しい」
白塗り人間と愛。どこに関係性があるのか、デートリヒには理解ができなかった。
そもそも、彼には恋人がいたはずだ。
「本当は、君のことが好きだった。嫉妬してほしくて恋人がいるとか嘘の噂を流したけど君はどこ吹く風で……」
アルタイルは、恋人の存在が嘘だったとバラしてしまう。
その理由は、デートリヒにはわからなくはないものだった。
自分の態度も悪かったという自覚はちゃんとあった。
デートリヒは、アルタイルに好きだと言われて心の底から歓喜した。
「ずっと素直になれなくてごめん。好きだよ。誰よりも、だから、僕の顔を塗って欲しい」
しつこいほどにアルタイルは顔を塗って欲しいと言い続ける。
デートリヒは正直困っていた。
参列席に目線を向けると、友人や家族たちは「やっちまいな」と言わんばかりに頷いている。
そこに、牧師がペンが乗ったトレイを差し出してきた。
「永遠の愛をチカイマスカ?」
強い訛りの牧師の問いかけにデートリヒは迷わず叫んだ。
「チカイマス!」
デートリヒは、ペンを手に取りアルタイルの眉毛を描き出す。
印象的な赤い唇を描き出すと、不思議なことに出来上がった顔はバ○殿だった。
「デートリヒ!愛している!」
アルタイルは、叫び声と共にデートリヒに勢いよく口付けをした。
バ○殿メイクは、デートリヒにも移りここに一対のバ○殿達が完成した。
「さあ、皆さんも愛を叫んでください!」
アルタイルの叫び声と共に、生クリームが大量に乗ったパイが会場に持ち込まれた。
参列客は、思い思いにパイを手に取った。
「君が好きだって!叫んでしまいたい!」
一人の男が婚約者に向かってパイを投げる。
「すでに叫んでる!」
男の婚約者が間髪を容れずに叫びパイを投げた。
直後、お互いの顔にパイが直撃した。
「壊れそうなほど愛しても、半分しか伝わってない気がする!」
「三分の一は伝わってるわ!」
参列者は、口々に互いの思いを叫びながらパイを投げる。
カオスな光景だが、なぜか皆幸せそうな顔をしている。
デートリヒは、うっとりとこの光景を見ながらこう思った。
こんな白い結婚なら別にいいか。と。
めちゃくちゃな結婚式になったが、デートリヒの気分は晴れやかだ。
きっとアルタイルと思いがつながりあったからだ。
後に、参列者たちはこの結婚式についてこう語った。
「最高の白い結婚だった」と。
お読みくださりありがとうございます
勢いで書きました