7話
乾いた不毛の大地。シュルトン王国は人間が暮らすには困難な土地柄だ。
土は痩せており、雨は中々に降らず、井戸の水もよく涸れる。
魔物の発する瘴気がその原因なのではないかと言われており、シュルトン以外の王国は比較的豊かな土地が多い。
そんなシュルトン王国だけれど国が豊かでないかと言えばそうとは言えない。
農作物に関しては絶望的だけれど、他国からの支援によって物流はかなり豊かな国であり、シュルトン王国を通して他国同士の流通が潤っていたりする。
シュルトン王国国王であるアズール様は魔物の討伐を中心に、そして国交関係はアズール様の弟のダリル様が引き受け全てを担っているのだという。
二人は仲が良く、私との婚約を誰よりも推し進めたのは弟のダリル様なのだという。
二人は全く似ておらず、アズール様は逞しく屈強なイメージに対し、ダリル様は髪色と瞳の色は同じでも細身であった。
雨祭に行こうと誘われた朝私は準備を済ませると、アズール様と一緒に広間へと向かいそこでダリル様を紹介されたのだ。
丸眼鏡をかけたダリル様は嬉しそうに私と握手をすると、楽しそうな口調で言った。
「本当に兄上と婚約してくれてありがとうございます。これでリベラ王国とも深く付き合って行けそうです。シャルロッテ様は女神様ですね!」
婚約解消をした私であったけれどこんなにも歓迎してくれるのかと思っているとダリル様はにやっと笑った。
「これまで何があったのかは私も聞いています。ですが、ちゃんと情報は把握しておりますのでご心配なく! シャルロッテ様は我が兄の元で幸せになればいいのです!」
似ていないように思えて、似ているところもあるのだなとそう思った。
「ありがとうございます。私自身、この王国に貢献できるように頑張っていきますわ」
そう告げると、ダリル様は嬉しそうにうなずく。
「えぇ。シャルロッテ様が優秀な女性であることも存じています。本当に我が国に来ていただけてありがたい! では雨祭楽しんできてくださいね!」
「ありがとうございます」
「シャルロッテ嬢。では行こう」
「はい」
アズール様に手を引かれ、私は歩いていく。いつもとは違い、ドレスではなく雨を弾く布で作られたシャツとズボンであり、靴もブーツを履いている。どのように作った物なのだろうかと思っていると、どうやら魔法が練られている布らしい。
着なれない服であったけれど歩きやすく動きやすい。そして洋服のサイズがぴったりであり驚くと、お父様を通してシュルトンのデザイナーとリベラのデザイナーとで連絡を取り合ってもらい作ってもらったのだという。
知らない間に、準備していてもらい、私はありがたく思いながら負担ではなかっただろうかと思う。
「ありがとうございます。すみません。このように配慮していただいて。この洋服もありがとうございます」
「婚約者殿に尽くすのは俺の特権だろう。シャルロッテ嬢にはこんな不毛の土地に嫁いでもらうのだ。このくらい、たいしたことではないさ。さ、馬に乗っていこう。一緒に乗るつもりだが大丈夫か?」
城の外には馬が用意されており、黒くて大きなその馬に私は一瞬たじろいでしまう。
普通の乗馬用の馬であれば乗ったことがあるのだけれど、この馬はそのような馬ではないと一瞬でわかる。
私が見てきた馬よりも遥かに大きく雄々しい。
「立派な馬だろう。俺の愛馬のテールという。どのような戦場だろうと負けずに走っていく勇気ある馬だ。魔物を怖がることもない」
なるほど。だからこのように逞しいのかと私は思った。
貴族が乗るような雰囲気の馬とは全く違う。
筋肉が盛り上がり、その瞳は全てを見透かしているかのようでありこちらを見てフンッと鼻息を漏らす。
「逞しい馬ですね」
アズール様程の屈強な男性を乗せ魔物を討伐するために走るのだから、馬もしっかりとしていなければならないだろう。
「あぁ。さぁ行こう」
アズール様は先に馬に乗ると私に手を伸ばす。私はその手を掴むと、アズール様に軽々と引き上げられてしまう。
そして、すっぽりとアズール様の前に座る形となり、安定感がすごくあった。
最初は怖いかと思ったけれど、安定感があることからそう感じることもなかった。
「君は小さいな……最初手を握った時にも思ったのだが、もう少し太った方がいい。あと、緊急時に備えて少し鍛えた方がいいかもしれない」
「え?」
「俺は魔物討伐に出向けば君の傍にいられない。そんな時にもし君が魔物に襲われたらと思うと、かなりそれが心配なのだ。まぁそんなことにはならないように俺が戦場で魔物を倒すわけなのだが」
婚約者ではあるけれどまだ出会ったばかりなのに、どうしてこんなにも大切にしてくれようとするのだろうか。
私はそれが不思議だった。
「まぁとにかく今は雨祭を楽しもう! 行くぞ!」
馬が駆け出し、大きく揺れる。風が吹きつけて私はその光景に目を見開いた。
空は薄暗く、空気はまた乾いている。けれど、馬で駆けた瞬間世界が一変した。
速い。
視線をあげアズール様を見上げると、楽しそうな様子であった。
町まで着くのは一瞬であった。そして私は人々の賑わいに驚いた。
露店が出て、人々は笑顔で賑わいそして良い香りがした。皆が笑顔であった。
「楽しそう」
「あぁ。さぁ行くぞ」
後ろからついてきていた従者に馬を任せ、アズール様は私と共に街を歩き始める。
「アズール様! 昨日は良い雨でしたな!」
「久しぶりの天の恵みですね!」
「あぁそうだな。皆、我が妻となるシャルロッテ嬢が昨日到着した。天もそれを喜び雨を降らせたのだろう」
町の人々に声を掛けられたアズール様がそのように言ったことに私が驚いている間に、町の人々の賑わいはさらに増した。
「なんと! リベラ王国の公女様ですか! やっとご到着で!」
「こりゃめでたい! 祝いだな! 我が国王アズール様! 婚約者シャルロッテ様に祝福を! 乾杯! シャルロッテ様が来たことを天が喜んだのだ!」
「乾杯! 天の祝福あれ! シャルロッテ様が幸運を運んできたのだ!」
「素晴らしい公女様だ!」
もうすでに酔っているのか、皆の顔は赤く、それでいて喜び方も大げさであった。
飲み物を持っていた人々は天にそれを捧げ、何も持っていなかった人々も次々に飲み物を手に持ちこちらに向かって乾杯というようにグラスをあげる。
そしてアズール様も町人から飲み物を差し出され、私も渡された。
「こらこら、シャルロッテ嬢に酒は」
「あ、私……頂戴します。せっかくいただいたのですもの。この国の習わしならば、ぜひ」
「大丈夫か? 無理はするものではないぞ? それにここには君の国のように毒見役もいないし……」
「これがシュルトン王国の歓迎ならば、ありがたく受けたいのです。良いですか?」
「っふ。あぁ。もちろんだ。乾杯」
「はい。乾杯!」
私達はグラスを合わせ、町の人々と乾杯をする。
町に到着した直後にこのように酒を酌み交わすとは思っていなかったし、これまで貴族社会で生きてきた私には初体験の場であった。
けれど賑やかで、すごく楽しい。
お酒も強い物ではなく、甘くて美味しかった。
「ふふ。ふふふふ! 楽しいです。アズール様。すごく、楽しいです!」
心が晴れやかで、私は笑い声をあげる。
ここでは自由だ。そう思うと、手渡されたお酒がさらにおいしく感じられた。
これまではお酒で何か感情に変化があってはいけないと飲んだことさえなかった。けれどここであれば大丈夫。
「ふふふ! アズール様! ふふふふ! 楽しいです!」
次の瞬間、厚くかかっていた雲が光によって十字に分かれ、青い空が見える。そこから太陽の暖かな光が差し込み始めた。
「これはっ……空が」
「青空だ」
「わああぁっ。綺麗」
天から降り注ぐ美しい光。そして歓声が上がった。
アズール様も驚き、私の方へと視線を向けた。どうやら私のことを心配しているのか慌てている様子だ。
「この国は雨が嬉しいんですよね。ふふふ。雨よ~ふれふれ~心地よく~」
「シャルロッテ……嬢? 酔っているのか? まさか、まだ、数口だが」
この人は優しい人だなと思った。
幸せになってほしい。私は身勝手な理由でこの国に来た。
自由になりたかったから。だからこそ出来ることは何でもしたい。
雨が降ったらいいのになとそう思って、私は少し楽しくなって歌を歌う。
「雨よふれふれ~心地よく。どうか空よ~雨よふれふれ~心地よく~」
「はぁ。シャルロッテ嬢にお酒は強すぎたようだな。まだ町に来たばかりだというのに」
そうアズール様が頭を押さえて困ったように呟いたのが聞こえた時、ポタッと、青い空から雨粒が落ちた。
「え?」
「雨?」
「あ、あれは」
大きな虹がかかり、雨が心地よく薄霧のように降り始めた。
美しいその光景に人々は天を見上げ、そして歓声が次第に上がり始める。
アズール様が私の方を見た。視線が重なり合い、私は、この国に来れて、この人の婚約者に成れてよかったなとふと思った。
まだ会って間もないことなのに不思議なことだけれど、一緒にいるとすごく安心する。
「シャルロッテ嬢……君は、天からの贈りものなのではないだろうか」
「え?」
「乾杯だ! 今日ほど素晴らしい日はない! 神が我々を祝福している」
人々はアズール様の言葉に沸き、そして町の広場に皆で進んでいく。人々に流されるように進んでいくと、広場には、音楽が流れており、皆が楽しそうに踊っている。
私はアズール様に手を引かれてその輪に加わったのだけれど、その踊りの作法など何も分からないので、どうしようかと思っていると、皆、心の赴くままに踊っているようであった。
「楽しめばいい。さぁ踊ろう!」
アズール様は歯を見せて笑うと、私の手を引いて踊り始めた。
途中で抱き上げられてくるりと回された時には驚いたけれど、周りの人たちが楽し気に手を叩いて盛り上げてくれた。
温かなその雰囲気に私は嬉しく思いながら、雨祭を終始楽しんだのであった。
たくさんの方々に読んでもらえると、もう嬉しくて(*´ω`*)
にやにやします。