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感情が天候に反映される特殊能力持ち令嬢は婚約解消されたので不毛の大地へ嫁ぎたい ~魔物を薙ぎ倒す国王陛下に溺愛されて幸せです~  作者: かのん


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16

 アズールは胸騒ぎを感じながら小隊を率いて渓谷へと向かっていた。


 ただ、ずっと何かが引っかかる。


 昨日はシャルロッテのおかげで雨が降ったはずだ。通常であれば雨の翌日は魔物が出ない。


 心の警笛のようなものがずっと鳴り響いている。


 そして渓谷へとたどり着いた時、アズールは馬を降りると目を見開いた。


「なんだ……花が!」


 渓谷の美しく咲いていた花々が枯れている。その光景を見て、アズールは二つ鐘を急ぎ鳴らすように部下に伝え、そして剣を構えて渓谷の先へと進んでいった。


 すると、光の虹色の壁が薄れており、そこから魔物が次から次に押し寄せ始める。


「気合を入れろ! 一匹も通すな!」

「「「「「ハッ!」」」」」


 気が緩んでいた。


 久しぶりの迎撃だ。だが、元々はこのくらいの魔物は常に押し寄せていた。


 だからこそ、驚きはあるが焦りはない。


 魔物を切り捨てていると二つ鐘が鳴り、しばらくすると応援の部隊が到着する。


 全員で対処していれば魔物を退けることは可能。


 そう思っていたが、次から次に魔物が押し寄せ、アズール達の息は次第に上がっていく。


 翼をもつ魔物までもが空を飛び交い始め、ついに三つ鐘が鳴り響いた。


「……はぁぁ。かなりの量の魔物がきたな……だが、我らが負けることはない!」


 その時だった。


 雨が、ポツリ、ポツリと降り始め、そして魔物達が悲鳴を上げるのと同時に空に虹がかかり始める。


「シャルロッテか……ありがたい。皆! 気合を入れろ! ひと踏ん張りだぞ!」

「「「「「「はいっ!」」」」」


 魔物は雨によって大部分は逃げ帰り、そして残った小さな魔物達も切り捨てていく。


 終わりが見えないような戦いであったが、やっと終わりが見えてきた。


 そして一段落着いた時のことだった。


 男の悲鳴が聞こえてアズールは急ぎ声のした方へ走った。


 すると岩陰の向こうに、何か袋を手に持った男が小型の魔物に襲われていた。


 アズールは急ぎ駆け付けその魔物を切り捨て、剣を鞘へと納める。


「大丈夫か……お前は!?」


「ひぃぃぃ」


 ガタガタと震えながらその場にしりもちをついていたのは、シャルロッテの元婚約者であるセオドアであった。


「お前が……何故ここに……その手に持つものはなんだ」


 セオドアの周辺の、花が不思議と枯れていた。


「え? え? あ、アズール……? な、なんで!? た、助けてくれ! あれ? さっきまでいたのに、どこに行ったんだ! おい! 俺を助けてくれ! ……え? 誰も……いない?」


 困惑しているセオドアの胸ぐらをアズールは掴む。


「何をしていたと聞いている!」


「ひぃ……お前が悪いんだ! 俺を、俺は、幽閉されて!」


 アズールは地面へとセオドアを投げ捨てると、じたばたとするその手首をひねり上げた。


「……正直に話さなければ、折るぞ」


「え? え……痛い痛い痛い! や、やめてくれ。頼む。助けて」


「話せと言っている」


「し、知らない男に誘拐されて、それで、シャルロッテのことを話して……それで俺を助けてくれるって! 俺はこの渓谷の花を枯れさせてやろうと思ったんだ。俺だってバカじゃない! 幽閉されても部下を使い調べたのだ! そして渓谷にこの花が咲き始めて魔物が来なくなったんだろ! はは! だから、だから枯らしてやろうと思ったんだ! この国など魔物に呑み込まれてしまえばいい!」


 あまりにも錯乱しているその状況に、普通の精神状態ではないことを感じる。


 アズールはセオドアの落とした袋を拾い中を見た。匂いを嗅ぎ、顔を顰める。


「……毒か……この土地に、毒を撒いたのか」


「それは、その知らない男の部下が、これを撒けば植物は枯れるって……」


「その男とは?」


「……分からない。だが、異国風の、そうだ。レジビア帝国の衣装に似ていた」


 その言葉を聞いた瞬間、アズールはハッと気づき、急ぎ馬の所まで走る。


 そして部下に告げた。


「魔物は退けたな?」


「はい! 全ての魔物が森へと逃げていきました!」


「わかった。私は先に急ぎ戻る。向こうにいる男を捕らえておけ! リベラの王子だ。 毒を渓谷に撒いたようだから、その中和剤を作るように城へと持ち帰る」


「リベラの王子? なんと……了解いたしました!」


「頼むぞ」


 アズールは馬に乗って走り出した。


 アズールに命じられた騎士は急ぎセオドアを捕まえに向かった。岩場の後ろにいた男は渓谷を逃げようとしており、追いかけようとした時、男が崖から足を滑らせるのが見えた。


「あ……!」


「うわぁぁっぁぁぁ」


 騎士は急ぎ駆け付けるも、男の姿は渓谷に開いた穴へと消えていた。


◇◇◇


 シュルトンの城にて私ははうつむいていた。


 だが、二つ鐘が鳴り響く。


 その鐘の音を聞き、私は深呼吸をすると顔をあげた。


 アズール様が危ない。レクス様の方へと向き直った。


「……祈りを、捧げてもいいでしょうか」


「そんな暇はない。アズールが帰ってくる前に、帰国だからな」


 その言葉に絶望が押し寄せてくる。


「お願いします。このままではアズール様達が」


 その言葉にレクスは苛立った様子で私の肩を掴んだ。


「アズールのことは、早々に忘れるのだな。お前は、もう俺の物だ」


 物……。あぁ。私はもう……人としてすら、扱われないのか。


 私は……レクス様のことを友だと、そう思っていたのに……。


 そう思った時、雷がうるさく鳴り響き、空が何度も稲光で点滅を繰り返す。 


 それを見ていたレクス様は楽しそうに笑った。


「天候を操る力……ねぇ」


 びくっと肩が震える。


 あぁ、そのことについても気づかれているのか……。


 私は呼吸をゆっくりと整え、天候が荒れないように心を落ち着かせる。


 するとレクス様が言った。


「その力、見せて見ろよ」


 好奇心なのだろうか。レクス様の言葉に、私はほっとした。


 これで、アズール様達の為に祈ることができる。


 窓を開け、私がテラスへと出るとレクス様もついてくる。


 ちらりと見ると、一階の外に待機していた護衛騎士が倒れ眠っている。


 大丈夫だろうか……。


「あぁ、城の奴らなら眠らせた。安心しろよ。殺してはいない」


 私はうなずき、それからゆっくりと深呼吸をすると空を見上げた。


 空には厚い雲がかかり、そして、風が、乾燥している。


 なぜだろう。いつもはほのかに香るあの優しい花の香りがしない。


 私は、手を重ね、そして祈りを捧げることに集中する。


「……魔物が森へと帰りますように、どうか、雨が、優しい雨がシュルトンを守って下さいますように」


 こうして、シュルトンで祈りを捧げることは、出来なくなるのだ。


 涙が溢れそうになるが、心を乱してはいけない。


 空が、少しずつ晴れていく。それと同時に、渓谷の方から魔物の雄たけびが聞こえてきた。


「魔物か……」


 レクス様の見つめる方角に翼をもつ魔物の陰のようなものが見えた。


 アズール様が危ない。


「どうか、皆をお守りください」


 次の瞬間、暖かな太陽の光が大地を照らし、そして霧雨が優しく振り始める。


「お前、髪が……やはり、お前が……」(あの時の、夢に出てきた女だったのか)


 そしてレクス様は視線を渓谷の方へと向けて目を丸くする。


 空には大きな虹がかかり、きらきらと輝いている。


 私はゆっくりと瞼を開けた。


 笑い声が聞こえた。


「ははは……なるほどなぁ……」


 レクス様が私を見て、それから言った。


「この力……隠したくなるわけだ。この力が天候を自由に操れると言うならば……他国の雨すらも奪うことができるのだから」


「……奪う?」


「そうだろう。雨を降らせることが出来るのならば、雨を降らせないことも、出来るだろう? つまり敵対した国に雨を降らせなければ……」


 考えてもみなかった。


 そうか……私のこの力は人から国を亡ぼす力にもなりえるのか。


 レクス様の楽しそうなその様子に私は何も答えられない。


「アズールはバカな男だ」


 告げ荒れた言葉に、私は驚き顔をあげた。


「何故……そのように言うのです」


「バカだろう。俺ならお前を人目になど出さない」


「……」


「もちろん幽閉ではない。幸福を与えてやろう。欲しい物はなんでも。鳥かごの中でなら」


 残酷に笑うレクス様。


 この人にとって私は所有物であり、人として扱う気はないのだろう。


「……憐れな人」


 私はそう告げた。


「なんだと?」


 レクス様は冷ややかな瞳で私を睨みつける。


「貴方は、本当に欲しい物を見誤っているのだわ。それに気づけないなんて、憐れよ」


 レクス様は私の腕を掴むと引っ張り、そしてベッドの上へと私のことを乱雑に押し倒した。


 私の上に馬乗りになり、こちらを見下ろすレクス様。


「自分の立場が分かっていないようだ」


 押さえつけられる手は痛く、そして体にかかるその重みが恐ろしい。


 レクス様は、私の服の上着のボタンを、一つずつ、笑いながら外していく。


「ここで、お前の純潔を散らしても、俺は問題ないのだぞ。あぁ、アズールは悲しむだろうなぁ。自分の無力さに」


「アズール様も、私も、貴方を……貴方を友だと思っているのに」


「友? あははははっ。バカか。王にそのようなもの必要ない」


「王であろうとなかろうと、人には友が必要よ」


「黙れ。……まぁいい。お前が望むならここで抱いてやるよ」


 そういうと、レクス様が私の頬に手を伸ばしキスをしようとしてきた。


 私は静かにレクス様を睨みつける。


「私に触れる権利は貴方にはないわ……。これ以上私に触れるのであれば、レジビア帝国が不毛の大地になるでしょう」


「なんだと……」


 次の瞬間、雷がテラスに落ち、風圧によって窓は割れ、レクス様は目を丸くすると私を見た。


 レクス様が私に触れるのをやめ、こちらを睨んでくる。


 私は半身を起き上がらせると、真っすぐにレクス様を見据えながら言った。


「お前にそのような度胸あるわけがない」


「どうかしら」


 怖くて逃げたくてたまらない。


 けれどそれでも、この人の人を押さえつけようとする姿に、私は屈したくなかった。


 その次の瞬間、突然首後ろに衝撃を受け、そのままベッドへと倒れる。


 どうやら、レクス様の護衛騎士の方に、首元を打たれたようだとそれは分かる。


 意識にもやがかかっていく。


「しばらく眠っていろ。目が覚める頃にはレジビアだ」


 どうすることが、正解だったのだろう。


 わからない。


「さぁ、行こうか。シエル」


 悲しいな。


 お別れすらいえなかった。


 最後に愛していると、離れていても愛しているとそうアズール様に伝えたかった。


 せめて心だけはここに置いて行こう。


 シュルトンを、アズール様……貴方を魔物の魔の手から守れるように。


 どうか、シュルトンをお守りください。


「人間、時間が経てば忘れる」


 レクスはシャルロッテを抱きかかえると、人目に気付かれないように裏口から馬車へと運ぶ。


「代わります」


「いい。こいつは俺が運ぶ」


「かしこまりました」


 ベッドの上で震えながらも睨みつけてくるその姿に苛立った。


 脅すだけのつもりだったのに、引かない姿にむきになってしまった。


 言うことを聞かない人間は久しぶりだったのだ。


 だが、鳥かごの中で、誰にも頼れず俺だけしか会えない状況になれば、また変わっていくだろう。


 俺だけを見ればいい。


 自分の中に芽生えたその感情が何を示しているのか、レクスにも分からない。


 恋や愛とは違う気がした。


 ただ、答えが分からずともとまることはできない。


「急ぎ出立だ」


 そう告げた時、レクスは温かな光を感じ空を見上げた。


「なんだ……あれは……」


 シュルトンの空には輪を描いた虹がかかり、空がきらめいている。


 レクスはハッとしてシャルロッテを見た。


「これも、シエルの力だというのか。……人知を超えている。お前は……なんだ」


 馬車に乗り込み動き始めた時、小窓から遠くに馬を走らせてくるアズールの姿が見えた。


 勘のいい男だ。


 部下からの報告で、セオドアに頼まれ毒を渡し、渓谷に生える植物に撒く手伝いをしたのだとか。


 渓谷に花。


 まだまだシャルロッテの能力については調べる必要があるだろう。


 ただ今はとレクスはアズールは気づかないだろうが、アズールの馬に向かって手を振った。


「さらばだ」


 欲しい物は手に入れた。


 だが、その時、アズールの馬が、王城から出てきた数人の騎士と合流してこちらに向かって走ってきたのである。


「なんだ……気づかれたのか」


 馬が地面をける音が響く。小窓から外を見れば、こちらを追いかけてきているのはアズールとそして、シャルロッテの侍女のローリーだ。


「……目覚めたのか? ははは。薬盛ったのに、なんと強靭なことか。化け物か」


 馬車横を馬で走るレクスの部下が、小窓から指示を仰ぐ。


「ご指示を」


「……振り切れるか」


「……数名使っても?」


「あぁ。証拠は残すなよ」


「かしこまりました」


 レクスの部下がアズール達の足止めへと向かう。


 五分稼げばもう追ってくることは出来なくなるだろう。


 馬車の後ろで、鋼がぶつかり合う音が鳴り響く。


「レクス! 待て! レクス! シャルロッテを、シャルロッテを返せ!」


 聞こえてきたその声に、小窓から少し顔を出してレクスは笑顔で告げた。


「私が連れていくのはシエルだ。ははは。シエルは私と一緒に行くと了承した。アズール、さらばだ! 婚約者殿と幸せにな!」


「レクス! 待て!」


 声が聞こえるが、レクスの部下によって足止めさせるアズール。


 ひらひらと手を振ったレクスは、馬車の中で眠るシエルの髪を指で梳いた。


「可哀そうにな」


 レクスはそう、楽しそうに呟いたのであった。

 


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