15(すみません。作者のミスで飛ばしていた話です。)
人身売買の一件はレクス様に感謝された。レジビア帝国でも調べていたとのことで、無事に解決したということであった。
そしてそれから数日後のいつもの朝のことであった。
私とアズール様とレクス様が朝食をとっていると、一つ鐘が鳴り響いた。
魔物が出現した合図によって王城内は一瞬で緊迫し、騎士達は出撃の準備をし始める。
アズール様は即座に立ち上がった。
「行ってくる」
「はい。お気をつけて」
私も立ちあがると、アズール様の身支度を手伝っていく。
「レクス。外出は控えて、皆のいうことを聞くように。緊急時は非難を。いいな」
「ん? あぁ。なんか、大変だな」
魔物がどれほど恐ろしいのか……レクス様にはあまりピンと来ていない様子であった。
私はアズール様を見送るために皆と門へと向かう。
武装したアズール様は拳を振り上げ大丈夫だと言うように私に笑みを浮かべると、他の騎士と共に馬に乗り、門をくぐると駆けていく。
アズール様ならば大丈夫だとそう思うけれど、やはり不安はぬぐえない。
朝食の席へと戻ると、食事を食べ終えたレクス様がこちらを見て首を傾げた。
「よくあることなんだろ? 皆で見送るのか?」
この国をよく知らないレクス様からしてみれば、おかしな光景に見えるのだろうか。
「はい……帰ってくると信じていますが、何があるかは……分からないので」
一週間ぶりの出撃である。何事もないことを祈るしか出来ない。
「すみません。レクス様……今日は危ないので、城で待機でお願いします。私も少し自室に戻ってもよろしいですか?」
「ん? あぁ……だがそんなに気にすることか?」
あっけらかんと言われ、私は少しだけ胸が痛い。
「……気にはします……アズール様はいつも帰って来て下さる。けれど、それでも……もしかしたら怪我をするかもしれない。危ない目に合うかもしれない……そう思ったら……」
私が胸を抑えると、レクス様が言った。
「いや、人間死ぬときは死ぬだけだろ」
突き放すような、冷ややかな言葉。
不安が胸の中に広がり、私は首を横に振った。
「……私にとって、アズール様は……とても、とても大事な人なのです。ですから……そんな風に、言わないでください」
「あー……大事な人、ねぇ」
レクス様は私のことをじっと見つめながら呟く。。
「アズールには婚約者がいる。弁えておいた方がいい」
私はレクス様に本当の正体を言っていない。だからこそ、こういわれても仕方がない。
けれど……。
「……大事だと思うことは、悪いことではないでしょう……?」
「……所詮は他人だろ」
心底信じられないと言った様子だ。
レクス様の言葉で、あぁ、この人には自分以上に大切な存在がいないのだと、そう気づく。
「私にとってアズール様は、自身よりも大切に思う存在です」
そう告げると、レクス様は意味がわからないと言ったように眉を寄せる。
「他人を? 自身よりも? 詭弁は辞めた方がいいぞ。人間自分以上に大切な存在などいるわけがない。いざとなれば自分が一番可愛いに決まっているだろう」
心からそう思っているのだろう。
レクス様にはレクス様の考えがある。だからこそその言葉を否定するつもりはないが、寂しいことだなとそう思った。
「……私は、この国に来た時に、アズール様に心ごと救ってもらいました。アズール様と、アズール様の守るこのシュルトンは、私にとっては、自身よりも大事です。詭弁と言われても、私にとっては、そうなのですよ」
私をバカにするように、レクス様は笑った。
「はは。立派な考えだな。だがきっと、アズールはお前とシュルトンであれば、シュルトンを取るぞ。あれは、王だからな」
私はそれはそうだろうとうなずいた。
「当り前です。王族と言うものは、国を支える民が第一ですから」
王族に嫁ぐと言う者は、覚悟を持たなければならないと、幼い頃から教わって来た。
王は国を守ることが第一である。そうした時、もし自分の命と民が天秤にかけられれば、王は民を選ぶべきである。
私はそれが正しき王だと思っている。
けれど私が当たり前だとうなずいたのを見て、レクス様は目を丸くしていた。
「……お前、悲しくはないのか」
「悲しくもあり、寂しくもあると思います。王族を愛するということは、そういうことです」
真っすぐとレクス様を見つめながらそう告げると、レクス様はしばらくの間、考え込む。
「……俺の知っている王族の妻達とは考えが違うようだな……」
レクス様の知る、王族の妻達?
以前、うなされていたことと関係あるのだろうか……。
「俺の母は、第一婦人と第二婦人を憎しみ、恨み、呪っていた。そして王に対しても愛情よりも地位や金を求めていた。大切などとは思っていなかった」
「それは……」
「お前とは違うな」
レクス様はそう呟くと、ため息をつく。
「話過ぎたな。もういい。行け」
どうすべきか迷ったけれど、レクス様はそれ以上話をしたくない様子だった。
「レクス様、では失礼いたします。私は部屋へ戻りますね」
「……あぁ」
私は執事にレクス様のことを頼むと、その場を後にした。
先ほどのレクス様のうつむく姿が頭から離れない。
自室へと戻った私は男装を辞め、シャルロッテに戻る。
鏡に映る自分を見つめながら、小さく息をつく。
「男装なんて……しなければよかった」
そうすればこんなにややこしいことにならなかったのに。
ただ、女嫌いのレクス様に今更女でしたと告げれば、最悪国同士の間柄が悪くなる可能性もある。
自分の心は真実を継げたいと思っても、状況がそれを許さない。
「とにかく、祈りを捧げましょう。アズール様の無事を祈らなくちゃ……」
―――――死ぬときは死ぬ。
レクス様の冷ややかな言葉を思い出し、私は頭を振った。
「大丈夫。アズール様は帰ってくると、私に約束してくださった。だから、私はそれを信じて待つだけよ」
部屋をノックする音が聞こえ、ローリーが入って来た。
「シャルロッテ様。大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫よ。テラスで祈りを捧げるわ」
「かしこまりました。傍に控えております」
「ありがとう」
私は深呼吸をすると、テラスの窓を開け、外へと出た。
空には厚い雲がかかっている。
魔物が出るとより一層厚い雲が空を覆い、まるで夜のような暗さが訪れるのだ。
暗闇と言うものは、人の心に影を落とさせる。
恐怖、不安、焦り……そういうものを人に与えていくのだ。
空気は乾燥し、どこか息のしずらい風が吹きすさむ。
私は天に向かって、祈りを捧げる。
「どうか……どうかアズール様や他の騎士達が無事でありますように」
風がピタリと止まった。
「どうか魔物が、森へと帰りますように」
空にかかる厚い雲がゆっくりとゆっくりと十字に開き始めた。
「シュルトンにどうか、優しい雨が降り、魔物を退けてくださいますように」
優しい霧雨が降りはじめると、太陽の光が差し込み、空い虹がかかる。
私は、ただただ祈りを捧げる。
私には戦う力がない。
アズール様の横に立ち前線へ向かう事は出来ない。
この城の安全な所で祈るだけの自分が、情けないと思うこともある。
だが、私の祈りに天が答えアズール様達の力になれるのであれば、何時間でも、何日でも祈りを捧げ続けよう。
どれくらいの時間、祈り続けていたのだろうか。
ガサリという音で、私は人の気配を感じた瞬間、ローリーが私を背にかばい短剣を構えた。
「何ものだ!?」
侵入者?
その時、私を庇うローリーの視線の先から、声が聞こえた。
「女の護衛? ちっ。 面倒くせぇな」
―――――レクス様?
顔を確かめようとしたが、顔を隠すように布をつけており、良く見えない。
その声に私がびくりとすると、ローリーが小さな声で言った。
「すぐに部屋に入り、鍵を閉めてください」
私はうなずき、動こうとした時、鋼と鋼とがぶつかり合う音がした。
怖い。けれど今私は出来ることは、ローリーの指示通りにすることだけだ。
私がいたら、邪魔になる。
言われたとおりに私はテラスの扉から中に入り、鍵を閉めた。そして廊下に出ると助けを呼んだ。
「誰か! 誰か来て!」
外に控えていた騎士達が来ると私は安全な場所へと促され、そして部屋の中に騎士が流れ込んでいく。
ローリーは大丈夫だろうか。
そして部屋に現れたのは、レクス様だったのだろうか。
私は不安に思いながら、安全な部屋で護衛に守られていると、空がどんどんと曇り始め、雷鳴が轟く。
このままじゃ駄目だと思うのに、暴風が吹き荒れ始めた。
落ちつけ、落ち着け。
私はゆっくりと深呼吸しながらアズール様のことを想い浮かべる。
大丈夫。私は大丈夫。
そうすることで、少しずつ空は静けさを取り戻していく。
すると部屋をノックする音がする。
そして中に入ってきたのはローリーであった。
「ローリー! 大丈夫!?」
「はい。大丈夫です」
ローリーは怪我をしている様子はなくほっと息をつく。するとローリーは言葉を続けた。
「顔を仮面で隠していましたので、断言はできませんが……恐らく体格や声からするに、レジビア帝国のレクス様ではないかと……剣を抜かれたのでこちらも短剣で応戦しました。ただし他の騎士が来るとすぐ
に引いていきましたが……」
すると、ローリーは私の前で頭を下げた。
「侵入を許してしまい申し訳ございませんでした。警備を見直します。また、取り逃がしてしまい申し訳ございません……証拠がない以上、レクス様を追求するのは難しいかもしれません……」
肩を落とすローリーに手を伸ばし、私はその体をぎゅっと抱きしめた。
「いいの。貴方に怪我がなくてよかったわ」
「……シャルロッテ様……」
「レクス様は、きっと探りに来たのでしょう。天候の変化に気付き、その異変から私を見つけたのかもしれないわ……。外で祈りを捧げたのは、不用意だったわ……」
気を付けなければいけなかったのに、気を抜いていた。
私の力については、出来るだけ他国の人には知られないようにしていくべきなのに……。
「レクス様の現在の動向は?」
「はい。レクス様に着けていた監視は途中で剥がされたようです。ただ、現在は客室へと戻っているとのことです」
「そう……アズール様が帰ってきて次第話をするわ」
「かしこまりました」
部屋の安全が確保された後、私は私室へと戻る。
テラスの外、部屋の廊下にも騎士がつき、部屋にはローリーが残った。
「アズール様達から連絡は?」
「ありません。ただ、二つ鐘が鳴っていないので、対処は出来ているのかなと思います」
「そう……よね」
早く帰ってきてほしい。
そう思った時、部屋がノックされた。
ローリーが扉へと向かい外と何かを離した後に帰ってくる。
「シャルロッテ様……」
「どうしたの?」
「……レクス様から、謁見の申し出があったそうです」
「……そう」
アズール様のいない今は会うべきではない。
私は少し考えていた時、騎士からのアズール様が無事に帰って来た一方が届いた。
その言葉に私はほっと胸を撫で下ろす。
アズール様はすぐにこちらに来てくれるとの伝言もあった。
そしてその伝言から五分もしないうちにアズール様が部屋へと帰って来た。
「シャルロッテ! 大丈夫か!」
「アズール様! ……え……?」
私は、アズール様の姿を見て、血の気が引いていく。
「あ……アズール様……血が……血が! すぐに医者を呼びなさい! 早く!」
「シャルロッテ、落ち着いて」
アズール様の額からは出血しており、ぼたぼたと血が流れ落ちていた。
「大丈夫。ここは血がたくさん出る位置なんだ」
そう言う問題ではない。
「アズール様はすぐに座って下さい! 清潔なハンカチを!」
「は、はい!」
ソファへとアズール様を座らせ、強く抑え過ぎないように清潔なハンカチで押さえる。
「患部を冷やす氷を氷室から持ってきて!」
「はい!」
慌ただしく皆が動く中、アズール様は飄々とした様子で言った。
「あの、私は大丈夫だ。このくらいはかすり傷だぞ」
「だめです。アズール様……お願いです」
私は涙が零れ落ちそうになるのを我慢してそう告げると、アズール様は仕方ないと言うようにうなずいた。
それからは医師が駆け付け、的確に処置してくれた。
血もすぐにとまり、私はほっと胸を撫で下ろしたのであった。
「……心配をかけてしまったな」
「いいえ。ご無事で……本当に、よかったです」
「今回は小型の魔物が多くてな、俊敏故に……中々手こずったのだ」
部屋から医師は下がり、部屋の中には、私とアズール様、ローリー、そしてダリル様が残った。
ダリル様が、今回の一件とレクス様の状況を簡潔に説明していく。
話を聞き終えたアズール様はなるほどとうなずいた後、立ち上がった。
「レクスの所へ行ってくる」
「どう……話をされるのです?」
私がそう問いかけると、アズール様は肩をすくめた。
「あれは一筋縄ではいかない男だがなぁ……だが友だ。友として、話を聞いてくる」
「あ……」
その言葉で、私はハッとした。
この一週間一緒に過ごして多少なりともレクス様のことを知った。
そして、共に笑い、食事を共にしてきたのだ。
「……友……」
そうか。と、アズール様の言葉で気づかされた。
私も立ち上がると言った。
「着替えます。私も、友達としてレクス様にどうしてあんなことをしたのか聞きたいです。そして私……レクス様に自分は女であると、正直に告げます」
アズール様は私の言葉に、瞼を閉じると考え込むように眉間にしわを寄せた。
「国同士の為には、女性が嫌いなレクス様に今更得策ではないのは……わかります。でも友達なら……嘘は、ついちゃだめですよね……」
「うーん……いや、うむ。それはそうなんだが……」
「やはり……やめておいたほうがいいでしょうか」
「……いずれは、気づかれる可能性もあるしな……そうだな。しっかり謝罪しよう」
「はい!」
私とアズール様から話があると、隠していたことがあるから話を聞いてほしい胸をレクス様の護衛騎士に伝え面会を願った。
だが、その日は、レクス様が面会に応じることはなかったのであった。
11話から15話までが作者が間違えて投稿をしていなかった箇所となります。
読者の皆様、本当に申し訳ございませんでした。






