14(すみません。作者のミスで飛ばしていた話です。)
レクスは、男達の会話から運んでいる荷物がただの物ではないことを感じ取っていた。
ここしばらく、レジビア帝国にて人身売買なのではないかという怪しい動きをしている者達がいるという情報は入っていた。
レジビア帝国では禁止されているが、帝国に気付かれないようにと他国を経由して人が輸入されている。
こんなところで情報がはいるとは運がいい。
男達との会話や言葉の訛り方から出身地やどこを経由してやってきたのかそれを把握していく。
ここから泳がせて部下に探らせるか。そう思った時、アズールが席に帰ってくると一瞬で男の一人を地面にねじ伏せた。
「え……」
レクスが呆然としていると、アズールの合図と共にシュルトンの騎士達が店の中に入ってきてあっという間に男達を取り囲む。
「な、なにをする!」
「俺達は旅人だぞ!」
「離せ!」
これでは泳がせることが出来ないではないか。レクスがため息をついてアズールを見ると、殺気が漂っており、レクスは息を呑む。
魔物と対峙している時ですらこんな雰囲気ではなかったというのに、何があったのかとその殺気に身震いする。
「全員捕縛。後に尋問へ回せ。数名の騎士は私についてこい」
「おいおい。アズール。どういうことだ」
説明を求めると、アズールはレクスに小声で伝えた。
「子どもを一人保護した。どうやら誘拐、人身売買のようだな。そしてその子どもがいうには、シエルが巻き込まれたらしい」
「シエルが?」
辺りを見回せば確かにシエルの姿がない。
レクスは立ちあがるとため息をついた。
「手伝う。はぁぁ……なるほど、アズールが殺気を放つわけだ」
この短時間で色々と巻き込まれるとは……。
店の中はアズール部下達が治め、レクスとアズールは他の騎士達と共に馬に乗る。
「それで、どこへ向かうんだ。検討はついているのか」
レクスがそう言った時、アズールはちらりと空を見る。
「あぁ……」
空には光がかかっており、幻想的な雰囲気に包まれていた。
「なんだ……空が、異様に綺麗だな」
「あぁ……」
異様な雰囲気を感じた。
街の中の空気もどことなく違い、街の人々が心配そうに光の指し示す方向へと祈りを捧げているような様子もあった。
(なんだ? 変だろ。こんなの……)
レクスは馬でアズールの後ろから走ってついていきながら、シエルとは、アズールのただの恋人なのだろうかとそう訝しむ。
そもそも、真面目なアズールが婚約者がいる状態で恋人を作るだろうか。
シエルとはいったい何者なのか……。
頭の中でシエルと夢の中の女性が重なってレクスは頭を振る。
あれからずっと、夢の中の女性が忘れられない。
先ほどの店では女性が横にいるだけで、本心は吐きそうなほどに気持ちが悪かった。
それなのに……。
「見えてきた。あれだ。行くぞ。隊列を崩すな」
「「「「ハッ!」」」」
緊張感が漂っている。
アズールは光の先を見つめながら考える。
シャルロッテの力が、以前とは違う色を見せてきている。天は一体、シャルロッテをどこへ連れていくのだろうか。
人知を超えているその力に、アズールは思い悩むしかない。
森へとたどり着くと、騎士達は馬を降り、森の中を進んでいく。
「あっちぃ。この森にいるのか?」
「あぁ。おそらく。いた、あそこだ」
森の中にひっそりと荷馬車が置かれており、馬車の上で男が一人休憩している。
「お、一人か」
レクスがそう言って近づこうとしたところを、アズールが止める。
口元に指を当て黙るように伝える。
レクスはちらりと馬車の方を見ると、反対側から他の荷馬車が到着するところであった。
その周囲には、盗賊のような風貌の男達の姿が見られる。
だが、その中に一人、身長の高い身形の良い男が立っている。
「おい。起きろ。他の連中は?」
「シュルトンの店で羽目を外しているんだよ。まぁ、たまにはいいだろ」
「はぁぁ。レジビアまで後少しだっていうのに。それで、今回の出荷は何人だ」
「八人だ。あまり捕まえられなかった」
「少ないな。まぁいい」
そんなやりとりを見て、レクスはその男に眉間にしわを寄せた。
「あれは、レジビアの貴族の一人だな」
「知り合いか」
「いや、舞踏会で一度会ったくらいだな。確か、ベルア男爵家の三男だったか……なるほど。以前からきな臭い家だとは思っていたが、なるほどな」
アズールは少し考えてから尋ねる。
「我らが片づけてもいいか?」
その言葉にレクスはしばらく考えてから尋ね返す。
「捕まえた者達は、こちらで対処しても?」
「あぁ。そちらには興味ない」
「助かる」
レクスが同意するようにうなずいたことで、アズールは剣を鞘から出し、構える。
「さて、全員捕まえるぞ」
「「「「ハッ!」」」」
一気に駆け出し、男達を取り囲む。男達は動揺しながらも剣を引き抜き構えた。
「我が名はシュルトンの王アズール。積み荷を確認させてもらう」
その言葉に男達は慌てた様子で声を荒げた。
「シュルトンの王!? なぜ気取られた!」
「くそ……」
「これはレジビア帝国に運ぶもの! しかもここはシュルトン王国の外の森だ。確認されるいわれはない!」
レクスが前へと出ると、胸元から印籠を取り出した。
「奇遇だな。俺は今シュルトンに滞在中の、レジビア王国の使者なのだ。我がレジビアへと運ぶものならば見せてもらいたい」
その言葉に男達の顔色が悪くなり、ベルア男爵が前に出ると声を上げた。
「逃げるぞ! 積み荷は捨てる!」
「おいおい。そんな焦るなよ。ベルア男爵の三男坊」
レクスがそう言うと、ベルアは驚いたように目を見開く。
「え……なんで」
「最近、きな臭いと思っていたんだ。話を聞かせてくれよ……我が国の信頼を落とすゲスが」
「くそ……」
ベルアは周囲を見回した後に、取り囲まれていると悟ると、荷馬車の中へと入ろうとしてアズールが急ぎそちらに駆けた。
その時だった。
雷が勢いよく地面へと落ち、男達が悲鳴を上げる。
「な、なんだ!?」
「雷!?」
アズールは声を荒げた。
「シエル!」
レクスは突然のことに鳥肌が立つ。
「なんだ……なんだ。何が起こっている」
雷があのような動きをするのを、今まで見たことがない。
異様としか、いいようのない光景であった。
◇◇◇
外が騒がしくなり、騎士達の声が聞こえてきた。
アズール様達が来てくれたのかもしれない。
私は、子ども達を出来るだけ荷台の奥へと隠す。
現在、数名の子どもが目を覚まし、震えていた。
「お兄さんは、だあれ? ふえぇ。ここ、どこ?」
「こわいよぉ。ままぁぁ」
「ふえぇぇ」
私は泣いている子ども達に笑顔を向けると言った。
「私はシャルロッテ。よろしくね」」
そう告げると、子ども達は涙をためながらも、不思議に思ったのか尋ねた。
「シャルロッテ? 女の子?」
「お兄さんじゃないの?」
「男のこなの?」
恐怖よりも不思議が勝ったのか、きょとんとする子ども達が可愛らしい。
こんな子ども達を誘拐するなんて……。
「女の子なんだけど、ちょっと事情があって、男の子の格好をしているの。秘密にしてくれる?」
私がそういうと、子ども達はこくりとうなずいた。
「多分、今、外に私のお友達が助けに来てくれているの。だから、それまでここで頑張ろう。出来る?」
「うん、出来るよ」
「頑張る……」
「ねぇ。まだ、寝ている子達、大丈夫かな。起こす?」
私は首を横に振った。
「今起こしても、不安にさせるだけだから、眠らせててあげましょう」
大きく人々の声や鋼のぶつかり合う音が聞こえ始めた。
「きゃぁぁ」
「こわよいよぉぉ」
「うわぁぁぁん。ママー。ママー」
子ども達の不安が伝わってくる。
私は大丈夫だと声をかけていた時、扉が開き、私は子ども達を背にかばった。
「なんで、男が!? どけっ!」
そこには見知らぬ男がおり、焦った様子で私を押しのけた。
「やめて! だめっ!」
必死に子どもを守ろうとするけれど、乱暴に私は突き飛ばされる。
「きゃっ」
「うわぁぁ。やめてよぉぉぉ」
一人の子どもを男は掴み上げると、荷馬車から出て声を上げた。
「子どもの命が惜しければ、こっちにくるなぁぁ」
「うわぁぁぁぁん。たすけてぇぇぇぇ」
子どもは叫び声をあげた。
外でおそらく、犯人を追い詰めていたのだろう。
男を追って荷馬車から出ると、そこにはアズール様やレクス様、それにシュルトンの騎士達の姿があった。
良かった。助けに来てくれたのだ。
皆にすでに取り囲まれており、男に逃げ場はない状況だ。
「離れろ!」
男は子供に剣を突き立て、その瞬間、私はパニックを起こしてしまった。
「ダメ! やめてぇぇ!」
このままでは子どもが危ない。そう思い男の足に私はしがみついた。
この男が子どもを連れて逃げた場合、その子どもの安全は脅かされる。
絶対に逃がしてはダメだと思った。
「離せ! 邪魔だ! このやろう!」
私は蹴り飛ばされて、地面へと転がった。
雷鳴が轟き、次の瞬間、その男を中心にして雷が次々に落ちていく。
「ダメ! 当たってしまう! お願い! だめ!」
私は自分の感情を落ち着けるために大きく深呼吸をするが、雷がとまらない。
轟音を立てながら落ちる雷に、子どもも悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁぁぁ」
その悲鳴が私の頭にこびりつく。
だめだ、だめだ、だめだ。
落ち着かなきゃ。私が、私が傷つけてしまう。
私は自分を抱きしめた。
「落ち着け、落ち着け。私が動揺しちゃダメ」
ぐっと感情を押し付け、私は深呼吸をする。
「お願い。とまって」
その瞬間、風すら吹くのがとまり、空が凪ぐ。
雷がやみ、男が混乱しながら走りだそうとした時、アズール様がその隙をつき、一瞬で間合いを詰めた。
それに気が付いた男は、子どもをアズール様に向かって投げつける。
「くそがぁぁぁ!」
アズール様は子どもをしっかりと抱き留めると、剣を振った。
「下賤が!」
「うわぁぁっ」
アズールは男が持っていた剣を弾き飛ばす。
男はアズール様に背を向けて、悲鳴を上げながら転びそうになりながらも走って逃げる。
だが逃げた先にはレクス様が待機しており、男の腹部に拳を入れた。
「ぐふっ……」
「殺さないのは情報を聞き出すためだ。ははは。役に立てよ。くそやろうが」
男が地面に倒れ、他の男達も次々にアズール様の部下によって捕らえられていく。
私はほっと息をついた。
アズール様達が助けに来てくれたと言うことに力が抜ける。
安心した瞬間に、私は全身が震え始め、その場でうずくまった。
「シエル! 大丈夫か!?」
アズール様が、子どもを他の騎士に任せて私の元へと駆けてくると、私を抱き上げた。
アズール様の心臓の音が聞こえる。
「大丈夫だ。もう、大丈夫だから」
優しい声と心臓の音。震えていた体が、少しずつ落ち着いてくる。
怖かった。
ただ、怖かったのは男ではない。
自分の天候を左右する力が、人を傷つけるかもしれないと恐ろしく感じた。
すると、レクス様の声が聞こえてきた。
「我が国へ護送しておけ。情報を聞き出すぞ」
いつの間にかにレクス様の部下達もその場にはおり、捕まえた者達はそちらへと引き渡すようであっ
た。
アズール様はその旨を自分の部下の騎士達に伝えていく。
「全員捕縛したな。この後はレジビアへと引き渡す。よいな」
「「「「ハッ」」」」
レクス様の方へとアズー様は私を抱きかかえたまま歩み寄ると言った。
「そちらの部下に、男達は任せてもいいか」
「あぁ。任せてくれ」
「いや。ことを急いだ故……そちらとしてはもう少し泳がせたかっただろうが、すまんな」
「構わん。クズは早々に処理したほうが国の為だ。それよりシエルは? はぁ。男なのにそのくらいでメソメソとするなんて」
その言葉に、私は今は男であったと気合を入れて顔をあげた。
大きな瞳からは大粒の涙が溢れ、目元や鼻は赤くなっている。
それでもレクス様に言われたから意地で顔をあげた。
その顔を見て、レクス様は思わず口を閉じる。
「すぐに……泣き止みます」
ぐっと涙を堪えるそう伝えると、レクスは顔をそむけた。
アズール様はそんなレクス様を見ると、困ったように小さく息をついてから、私の耳元で囁いた。
「あまり可愛い顔を、他の男に見せないでくれ」
その言葉に、私は目を見開き顔を赤らめた。
恥ずかしさからアズール様の胸元に顔を寄せる。
「可愛く……ないです」
「自覚がないと言うのは、罪なものだ。とにかく、無事でよかった」
「……すみませんでした。本当に突然で……偶然、声が聞こえて、様子を見たら子どもがいて……子どもが、危ない目に合うと思ったら、感情が抑えられなくて……」
私はまた震えがぶり返してしまう。
もし雷が人に当たってしまっていたら、大事になるところだった。
危険性が見えて恐ろしい。
私は自分を落ち着かせるように、アズール様にぎゅっとしがみつくことしか出来なかった。
それからはあっという間に進んでいった。
保護された子ども達は、取り調べがレジビア帝国で行われることになり、レクス様の部下と共にレジビア帝国へと出立することとなった。
その後保護者を捜索し、引き渡される予定とのことだ。
「お兄さん、ありがとう」
「ありがとう……怖かった」
「ママにまた会える?」
私はその言葉にうなずく。
「えぇ。きっと会えるわ。だからもう少しだけ、頑張って」
子ども達はうなずき、こちらに何度も感謝をしながら、騎士達に連れられて行ったのであった。
無事に家に早く帰れるといいなと、私はそう思いながら見送ったのであった。
「さっきまで泣きべそかいてたくせに」
レクス様にそう言われ、私は肩をすくめる。
「ちょっと、動揺しただけです。もう大丈夫です」
「そうか。だが忠告しておくぞ。あぁいうとき、不用意に希望を見せるもんじゃねぇ」
「え?」
「……家に帰れない可能性だってあるんだ」
「でも、調べれば家が……」
「捨てられた可能性だってある」
その言葉に、私は息を呑む。
たしかに、その可能性もあるのか……。
「希望っていうのは。残酷だ」
遠くを見つめながら呟くレクス様の言葉。
たしかにそうかもしれない。けれど……。
「でも、希望は、目の前に一歩踏み出す勇気にもつながると……そうも思うんです」
レクス様は私を見た。
「一歩?」
「はい。私、シュルトンに来る前に色々ありまして。その時はすごく苦しかったんです。でも、希望を見つけた。あの時、自分が次の一歩を踏み出せていなかったら、アズール様の横には立てていなかったと思います。だから」
私は部下に指示を出すアズール様を見つめる。
アズール様に出会えたから私はこんなにも幸せだ。
「だから、希望を持ってもらいたいんです」
笑みをレクス様に向けると、レクス様が私を見て驚いたような顔をしていた。
「希望……か。俺にも、希望はくるんだろうか」
ぽつりと呟かれた言葉に私はどうしたのだろうかと首を傾げる。
「レクス様?」
レクス様も、これまできっと色々とあったのだろう。
私はそう思い、言葉を続けた。
「では、レクス様に希望が輝くように私は祈りますね」
「……はっ。祈りじゃ何も変わらねぇよ」
「案外、そんなこともありませんよ」
シュルトンは魔物が出なくなってきた。そうは言えないので、私は笑って濁す。
日が暮れていく。
太陽が沈むのを私は見つめながら、一日がすごく長かったと、そう思ったのであった。






