13(すみません。作者のミスで飛ばしていた話です。)
レジビア帝国がこちらの情報を探っているとのことで、私もアズール様も多少の緊張感を持っていた。
持っていたのだけれど、レクス様といえば、そんな私達にはお構いなしな様子であった。
「なぁ、今日は、あそこに行こう」
「あそこ?」
ここ最近は、朝食後にいつも門の前で三人で落ち合うようになった。
私は男装をしており、二人は街に行くための軽装である。
レクス様は楽しそうな様子で言った。
「アズール。この町にも賭け事をする場所はあるんだろ?」
その言葉に、アズール様が一瞬間を開け、それから口を開く。
「そういう場には、女性もいるが、いいのか」
「ん? まぁー我慢する。自国ではなかなかいけないからな。シュルトンの賭け事というのものも見てみたい」
アズール様がちらりと私を見てからレクス様に言った。
「あぁいう場は……その、治安があまり良くない。シエルは……」
「おいおい。こいつも十五は超えている男だろ? それなら、別に問題はないだろう。アズールさすがにそれは過保護すぎるぞ」
その言葉に私は首を傾げた。
「あの、私なら大丈夫です」
「いや。その」
ごにょごにょと言い淀むアズール様。
賭け事をするカフーの館。そこは、ローリーや他の者から近づかないようにと言われていたお店の一つであった。
結局その店に行くことになったのだが、私は中にはいって、自分の知っている世界とはまるで違い驚いた。
舞台の上には、薄い衣装で踊る女性と男性の姿が。
他のテーブルではカードゲームや、ボードゲームなどを楽しむ人々の姿が見られた。
お酒を飲みながら楽しんでいるようであった。
私達は、カウンターテーブルに着き、アズール様が飲み物を頼む。
この店には旅人や商人が来るようで、店内で働いている人々もシュルトンの人でない人が多い。
「旅人がここで小銭を稼いで、また旅に出る。だから店員も、知らない者が多いと思う。シエル、嫌ならすぐに店を出るから言ってくれ」
「はい」
小声でアズール様に告げられ、私はうなずいた。
大人な雰囲気の店であるし、踊っている女性と男性の布面積の狭さに、私は見ていられなくなり、視線を下へとそらした。
すると、そんな私を見てレクス様が笑い声をたてた。
「くく。子どもには刺激が強かったか?」
「そ……そういうわけじゃ……」
「お前も男だろ。いや……男が好きなのか? 女? まぁいいが、ほらちゃんと見ろよ。こういうところはアズールの手前、中々これないだろ」
アズール様に聞こえないように言われ、私は顔を真っ赤にする。
「わ、私は。その。ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきます!」
「では、私も」
アズール様がついてこようとしたけれど、レクス様がそれを止める。
「過保護すぎる。シエル、行ってこい」
「はい」
私は急いでお手洗いの場所へと歩いていく。ただ、この格好でお手洗いには入れないので、少し休憩をしようと楽屋近くの廊下へ身を隠すと、息をついた。
「はぁ……こんなところ初めてだから、疲れる」
男性は、こういう場所が好きなのだろうか。
もしかしたらアズール様も……。
このままだと、気持ちが沈むだけになりそうだと私は立ち上がると気合を入れた。
ここもシュルトンの一つ。経済というものは様々なことで成り立っているのだ。
私もこうした場所についてせっかくだから視察をしておくべきだろう。
「一つ一つが学びよ。シャルロッテ、頑張りましょう」
自分自身に気合を入れて元の席に帰ろうと人ごみの中に戻った時であった。
数名の踊り子の女性がお客さんの間を歩きながら、接客をしていた。
美しい女性達は、異国の方々らしく恐らく旅の途中でここで働いているのだろう。
「あら、若いお兄さん。今日は楽しんでいる?」
「え?」
声をかけられたが、私は思わずきょとんとしてしまう。
「やだ、お兄さんに声をかけているのよ?」
そう言って、女性が私の腕を掴み、胸を押し当てて来た。
私は驚いて顔を真っ赤にしていると、女性達に取り囲まれる。
「やだぁ。お顔が真っ赤。可愛い」
「あらあら、うぶなのね」
「こういう子見ると、いたずらしたくなっちゃう」
あれよあれよという間に、頬を撫でられ、私は驚いたまま硬直していると、女性が驚いたように目を丸くした。
「この子……肌がすべすべだわ」
「え? 本当。ほっぺた、もちもちだわ」
「おめめも、かわいすぎない?」
あまりに突然のことに、思わず涙が浮かんでしまう。
「ご、ごめんなさい。や、やめてください」
そう言うと、女性達がごくりと息を呑むのが分かった。ちょっとなんだか怖い。
「ねぇ……この子可愛くない?」
「えぇ……」
「食べちゃいたいわ」
すると、それを見ていた男性達が、こちらの様子を見てなぜか頬を赤らめながら近づいてきた。
「なぁなぁ。そんな子どもに構っているなよ」
「そうそう」
「あとほら、子どもはこんなところで遊んでちゃだめだぞ」
そう言いながら男性に手を引かれ、何故か輪の中に入れられてしまう。
「こっちでお姉さんとの遊び方教えてやるよ」
肩を組まれてしまい、どうしようかと思っていると、女性がそれを注意してくれる。
「ちょっと、その子怖がっているわ。離してあげなさいよ」
「お前達だって散々触ってたくせに。だが、本当に、男にしては可愛いな」
「あぁ。本当に。本当は女の子なんじゃないかぁ? ちょっと脱いでみるか?」
「お、いいねぇいいねぇ」
お酒がだいぶ回っているのだろう。
男性達は笑い声を上げており、私は取り囲まれてしまう。
怖くて、伸びて来る手にぎゅっと瞼を閉じた時であった。
「……何をしている」
「いてててて」
「ちょちょちょ、放せって!」
瞼を開けると、アズール様とレクス様が男の人達を押さえつけていた。
それからすぐに男を二人は放すと、アズール様が私の肩に腕を回した。
「連れなんだ。あまりからかわないでくれ」
怒気の込められた言葉に、男達は苦笑して両手を上げてみせた。
「すまない。連れだったか」
「いやぁ、可愛い男だと思ったが、なるほど、旦那の連れでしたか」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる下世話なその男に、アズール様が静かに言った。
「この街の者ではないな」
「えぇ。旅の途中です。荷物をレジビア帝国に運んでいる途中に寄らせてもらいました」
その言葉に、レクス様が眉間にしわを寄せ、表情を変えると、笑顔で男に尋ねた。
「へぇ。レジビアに? 何を届けるんだい?」
レクス様の言葉に男はにっと笑みを深める。
「まぁ、いろいろですよ」
男達がそう言うと、レクス様は少し考えてから、男達の座っていた席にどかりと座った。そして、女性達に言った。
「いい酒をこの男性達に振舞ってくれ。俺が払おう」
すると男性達は瞳を輝かせてレクス様の横へと座る。
「なんだ、気前がいいな」
「俺達は気前のいい人間は抱き好きさ。乾杯しよう」
高い酒を頼まれた女性達も嬉しそうに、カウンターへと戻っていき、酒を持って戻って来た。
レクス様は女性が苦手なのに大丈夫だろうか。心配していたが、女性が横に座っても、表情は変わることなく、大丈夫そうな様子であった。
私はどうしようかと思っていると、アズール様が私に小声で言った。
「あの者達気になるな。最近、レジビアに積み荷を届ける怪しい一行がいると情報が入っていたのだ。おそらくレクスも気づいたのだろう」
「そうだったのですか」
「あぁ。私も少し探りを入れてくる。シエルは安全な場所で」
「大丈夫です。私も一緒にいます」
「そう、か。分かった」
私達も席に座り、酒を飲みかわし始めた。
アズール様もレクス様も男性達の気をよくするために会話の中心に入っていく。
ただ、結局私はその会話には入れず、席の一番端で様子を見ていた。
ただ、やはり女性達に囲まれるアズール様達を見るのはなんだかいたたまれなくなってくる。
笑い声が聞こえてきて、私は勧められるがままに、女性から飲み物を受け取り飲んでいた。
アズール様と女性がやけに近い。
「ちょっと……風に、当たってきます」
アズール様が心配そうに私を見るが、レクス様がアズール様に場の雰囲気を壊すなというように睨みつける。
私は大丈夫だとうなずいてから、席を立った。
外に出ると、店の中とは違い、いつものシュルトンが広がっている。
私はほっとしていると、店の横に止められた馬車の荷台から物音が聞こえてきて私は小首を傾げた。
動物でも乗っているのだろうか。
私は少し酔っていたこともあり、おぼつかない足取りで荷台の中を覗き込んだ。
「猫ちゃんでもいるのー?」
しかし、荷台の中にいたのは、猫ではなかった。
私はそれを見た瞬間に酔いが冷めていくのを感じた。
「え……? 子ども?」
荷台には、縛られた状態の子どもが複数人乗っていた。皆眠っているようだが、一人だけ目を覚まして震えている少年がいた。
私は慌てて荷台へと乗り込むと、少年のさるぐつわを外した。
「貴方、どうしたの? 一体だれがこんなこと……」
少年は瞳一杯に涙をためており、震える声で言った。
「わかんない……目が覚めたら……ここにいた。皆寝ていて、目を覚まさないんだ」
ガタガタと震える少年の背中を私は優しく撫でる。
とにかくこの荷台の持ち主に話を聞かなければならない
「お、お願い! おいて行かないで! 助けて!」
とにかく今動けるこの少年だけでも先にこの馬車から降ろすべきだろう。
私は少年の縄を外すと、荷台から降ろした。
「誰かにこのことを知らせて。私は、この子達を起こしてみるわ」
「で、でも、ここがどこかも分からないのに……」
「ここはシュルトンよ」
「シュル……トン?」
少年は場所もわかっていないようだった。
不安そうなその少年の肩を私は掴むと言った。
「大丈夫。いい? 強そうな人に声をかけて。シュルトンの人は普通の人よりも大きいから、シャルロッテに言われたと言えば、動いてくれるわ」
「しゃる、ロッテ?」
「そうよ。お願いね」
「わかった! 行ってくる!」
少年は荷馬車を降りて走っていく。
私は、中にいる子ども達に声をかけていく。
「大丈夫? ねぇ、起きて」
そう声をかけるけれど、やはり目覚める気配がない。
私は、少年を待たずに助けを呼んでくるかと思った時だった。
「おいおい。荷台、誰か鍵をかけ忘れていたのか」
外からそう声が聞こえ私は身をかがめる。
心臓がバクバクと煩くなる。
「あいつら、めちゃくちゃ飲んでいるなぁ……ここに荷台を置いていて誰かに気付かれてもいけねぇし……少し先の森まで、先に運んでおくか」
鍵がかちゃりと駆けられた音が響き、荷台が動き出す。
―――――しまった。閉じ込められた。
どうしたらいい?
私は、拳をぎゅっと握る。
明らかにこれは犯罪だ。子どもを眠らせて連れ去るなんて人攫いの仕業にしか思えない。
「……もしかして、アズール様達が一緒にお酒を飲んでいた人達?」
レジビアに運ぶつもり?
分からない。今はまだ情報が少なすぎて、それを確定は出来ない。
「近くの森……シュルトンを少し行ったところにあるところ。そこには人はいないし……一時的に移動するだけかしら。その後に、仲間と合流して、移動をするのかしら……」
私は荷台の中に何かないか探し始める。
少しでも情報が欲しい。
荷台の中には、飲み水と食べ物があった。他にはないかと探していると、地図のようなものが置いてあった。
道順のようであり、やはり目的地はレジビアのようであった。
人身売買は、シュルトンでもレジビアでも禁止されている。
しかもさきほどの少年の言葉からして、誘拐されてきた可能性が高い。
「可哀そうに……大丈夫。絶対に助けるから」
どうすればいい?
アズール様達は私が今この馬車に乗っていることなど知らない。
どうにかしてここにいることを知らせなければ。
「何か方法は……」
そこで私は、自分にだけ出来る方法があることに気が付いた。
「そうよ……方法はある」
私は、呼吸を整えるとその場に跪いて手を重ねた。
こんな使い方、したことはない。
でも、天はいつでも私の願いに答えてくれる。
最近はそれをより強く感じる。
「なぜかしら……以前よりも、天が傍にいるような、そんな気がする」
アズール様に私がここにいると伝わるように、天に願う。
きっと、天は答えてくれる。
そう、分かった。
アズールはシャルロッテが帰ってくるのが遅いのが気になり、席を立った。
「なんだ、兄さん、どこへ行くんだ? もっと飲もう!」
べろんべろんに酔っぱらった男にそう言われるが、アズールは笑顔で答えた。
「すぐに帰ってくる。ちょっとトイレだ」
「あぁ! そりゃ仕方ない!」
男達は手を叩きながら笑い声をあげる。
アズールはレクスと視線を交わすと、レクスは過保護だなというように肩をすくめてみせた。
アズールは過保護といわれても心配なのだ。
今日はずっと自分が傍にいると思っていたので護衛を貼り付けていない。
こんなことならばローリーに傍にいてもらうべきだった。
風に当たると言ったから、店の外に出たのだろうか。
周囲を探すも、シャルロッテの姿が見えない。
「……どこへ行ったんだ?」
その時、突然空が曇り、バケツをひっくり返したような雨が降って来た。
「これは……」
空を見上げた時、足元に子どもが走ってくるのが見えた。
「ねぇ! 貴方シュルトンの人?」
少年は不安げな表情を浮かべており、アズールは腰をかがめて少年と視線を合わせるとうなずいた。
「あぁ。私はシュルトンの者だ。君は?」
「助けて! お願い!」
「助けて? どうしたんだい? なにが」
「シャルロッテに言われたんだ! 助けて」
「シャルロッテ? 詳しく話を聞こう。教えてくれ」
その時、雨が止む。そして光が見えた。
「これは……」
光がまるで橋のように地上を指し示す。
人知を超えるその光景に、その場にいた皆が息を呑む。
「なんだ、空が……」
「綺麗」
「不思議な光景ね」
アズールは拳を握り、シャルロッテの身に何かが起こったことを悟ったのだった。






