12(すみません。作者のミスで飛ばしていた話です。)
それからの数日はあっという間に過ぎていった。
服飾店やシュルトンに流れてくる各国の品の市場、アズール様と一緒に私も行った鍾乳洞、現在拡張中の畑など、一つ一つを紹介していった。
レクス様は初日に感じたような恐ろしさを感じることはなく、その間に心配をしていた魔物が出ることもなく時間は穏やかに過ぎた。
私は空いた時間でアズール様と共に、祭事迄の魔物の動きを記録していっていたのだが、レクス様と行動を共にする時間の多さから、なかなかそちらは上手くいっていない。
ただ、その分、レクス様の助言を生かし、騎士達に話を聞いて魔物についての資料をまとめたりはしていた。
焦らなくていい。
少しずつでいいから、しっかりと記録や資料を残していこう。
私はそう思っていると、あっという間に次の雨祭である祭事の日がやってきた。
レクス様の滞在期間も、実のところそろそろ王国にお戻りくださいと侍従達が何度か申告しているのを聞いていた。
ここしばらくは私もアズール様もレクス様の勢いに押されて、なんだかんだと楽しく過ごさせてもらったので帰るとなれば寂しさがある。
「雨祭ねぇ。祭事っていうのはどういうことをするんだ?」
いつもならば私が祭壇に登るところだけれど、今回はそれはせずに、皆で祈りを捧げる手はずとなっている。
レクス様からの質問に、アズール様が答えた。
「天に雨を願い、感謝する日なのだ」
「感謝……ねぇ。神様なんていないのに、よくやるものだな」
祭壇に作物が捧げられる中、それらを見ていたレクス様はぶっきらぼうにそう呟く。
「神様、というか……自然に感謝みたいな印象かもしれないな」
「自然?」
「シュルトンは不毛の大地であった。レクスは、この土地がどれほどに……どれほどに悲しい大地だったのか知らないのだ」
遠くの大地を見つめながら、アズール様は言葉を続ける。
「青い空も、太陽も……虹も……乾いていない土地も……シュルトンにとっては奇跡なのだ……皆、それを知っているからこそ、天に祈るのだ。どうか、どうかこのまま、土地が潤っていきますように、雨がまた降りますようにと。さぁ、皆、祈ろう。シュルトンの天に」
アズール様の言葉に、皆が祈りをささげ始める。
レクス様は祈りは捧げなかったけれど、その光景を興味深そうに見つめていた。
私も祈りを捧げた。
シュルトンがどうか、これから豊かな土地になっていきますようにと。
「……シエル……」
レクス様が一瞬私の名を呼んだ。
顔をあげると、少し訝し気なレクス様の視線を感じる。
「どうかされましたか?」
「ん……いや、見間違いだ。なんでもない」
「そうですか。さぁ、祭事が終わったらお楽しみですよ! レクス様も楽しんでいただけるといいのですが」
「何があるんだ?」
「いろいろです! ね! アズール様!」
「あぁ」
私がアズール様の手をとると、レクス様がニッと笑う。
「いやぁ……アズールが男を好きとはな。だが……本当に仲いいな」
その言葉に私はハッとしてアズール様の手を離す。
「す、すみません」
けれどアズール様は私が離した手をもう一度握り直す。
「あぁ。仲がいいんだ」
「……へぇ~。なぁ、それってリベラのお前の妻となる女は知っているのか? ははは。哀れだよなぁ。好きな男には、別に好きな男がいたなんて。傑作だ」
その言葉に、アズール様が、眉間にしわを寄せた。それから、ちらりと私を見て、それから、
「……シャルロッテのことも、大切に思っている」
アズール様がレクス様に告げると、レクス様は面白くないと言うように顔をゆがめた。
「女が? 大切?」
「……レクス。以前から気になっていたが、何故そうも女性を見下すのだ? 女性にも素晴らしい人も多いが」
「なんだ。俺にお説教か?」
一瞬で、冷ややかな視線へと変わるレクス様。そんなレクス様を心配するようにアズール様が言った。
「説教ではなく、純粋な、心配だ」
「……心配ねぇ。お節介か」
ぶっきらぼうだけれど、アズール様とレクス様の間には二人なりの友情のようなものが見えた。
お互いに一国の王として背負っている物があるからこそ、共感できるところもあるのだと思う。
「レクス。いつでも私で良ければ話は聞くからな」
「はぁ。聞いてもらうつもりはない。シエル。この世話焼き男は放っといて、雨祭紹介してくれ」
私はそんな二人のやり取りに微笑みうなずいた。
「はい。もちろんです」
すると、私を見つめていたレクス様が少し顔を引きつらせる。
「この一週間で思ったが……アズールが惚れるだけあるな」
「え?」
「顔がいい。性格もいい。はぁ。シエル。お前ならば抱ける気がする」
「な……」
「え……」
一瞬何を言われたのか分からずにいた私だが、アズール様が私をレクス様から隠すように立った。
「……レクス……まさか」
睨みつけるアズール様にレクス様が口角をあげる。
「男の嫉妬は醜いぞ」
そう言った次の瞬間、レクス様はアズール様の後ろにいた私の腕を掴み走り出した。
「わっ!」
「ほーら行くぞ!」
「レクス!」
まるで子どものようなレクス様。
私もアズール様もこの一週間でレクス様に対する印象が定まらない。
雨祭では、街の中央で人々が酒を飲みかわしながら踊っている人達に拍手を送っている。
「シエル! あれはなんだ!?」
「皆で雨に感謝して踊るんです」
アズール様との思い出の一つだ。そう思っていると、レクス様が私の手を引き踊りの輪の中へと入った。
「よし、踊るか」
「行動力すごいですね」
「ほら、どうやって踊るんだよ」
「ふふ。見様見真似で大丈夫ですよ」
踊っていると、アズール様は私とレクス様を見守るように話の外にいた。
その姿に、レクス様がアズール様の腕を引き、輪の中へと引き入れた。
「よーし。三人で踊るか」
楽しそうなレクス様に、私もアズール様も苦笑を浮かべ、そして三人で踊った。
空には虹がかかり、人々の楽しそうな声が響く。
この幸福が、ずっと続くといいなと、私はそう、思ったのであった。
◇◇◇
雨祭の最中、レクスはひとしきり踊り終わると、近くの露店を指さして言った。
「ちょっとあそこ見てくる。二人は飲み物でも飲んでろよ」
「はい」
「気を付けていって来いよ」
「あぁ」
踊りつかれたのだろう。シエルに飲み物を差し出すアズールを見つめたあと、レクスは露店へと向かう。
そして、露店の手前にある路地へと入ると、そこに控えていた自身の護衛へと声をかけた。
「……それで、シエルについての情報は?」
「それが、この国の者は皆口が堅く、素性が調べられませんでした」
「……ふーん。おかしなことだな」
王の男の恋人の素性が出てこないとなると、普通の平民ではないのだろう。
路地からレクスはシエルを見つめる。
「ふーん……あれ、欲しいよな」
なぜだか、無性にほしい。こんな感覚は初めてでクレスは肩をすくめた。
「まぁいい。タイミングを見るか。それで、リベラの王子は?」
「そちらの方は手はず整いまして、すでに護送中です。レジビアへと連れていきますか」
「いや、一度こちらへ連れてこい。話を聞きたい」
「かしこまりました」
「あと、城にいる女については?」
「……それが、陛下の指示する女性と一致する者がいるとすると……アズール様のご婚約者であるシャルロッテ様なのではないかと……」
「シャルロッテ……か……ふーん……」
レクスは静かにアズールとシエルへと視線を向けた。
「さてさて、一体何を隠しているのか」
そう言ったところで、レクスの部下が他の資料を手渡した。
「これは?」
「シュルトンを経由し、我が国に人身売買をしに来ている者がいるようなのです。こちらで対処してもよろしいでしょうか」
「……あぁ。俺も気にかけておこう」
「ありがとうございます」
世界は平和なように見えて、裏では様々な悪事が動いている。
だから油断してはいけないのだ。
レクスはそう思った。






