27話
鋼の音、それから魔物の叫び声が響いて聞こえ、私は目を見開いた。
「待たせた」
低く、それでいて安心する声に、私はぐっと唇を噛むと口を開いた。
「……待っておりました」
声を絞り出した私は、魔物を切り捨て、私の前に立つその人を見て、視界がぼやける。
信じていたけれど、それでも目の前にいるのといないのとでは安心感が違う。
アズール様はにっと歯を見せて笑うと、私のことを抱き上げた。
「泣くな。来ただろう?」
「……はい」
優しく背中をさすられ、私はアズール様の肩口に頭をこつんと乗せるけれど、甲冑が固いので少し痛い。
アズール様にもっとぎゅっとしたいけれど、甲冑が邪魔で出来ない。
そんなことを考えている自分に、私はハッとすると、恥ずかしくなって一瞬身もだえるけれど、今はそれどころではない。
「アズール様! お怪我はありませんか? セオドア様が……アズール様は死んだと、縁起でもないことを言って……すごく心配しました」
そう伝えると、アズール様は胸ポケットから魔法道具を取り出して見せた。それは通信用のものであり、リベラ王国のマークが付けられている物であった。
「一つ鐘が鳴った時点で、異変は感じていた。それから部隊を編成して向かうと、リベラ王国の騎士であろう者達の姿を確認し、その後彼らを止めようとしたが渓谷から魔物の侵入を許してしまったのだ。リベラ王国の騎士達は全員捕縛してある。そしてこれを使い、俺は死んだと嘘の情報を流したのだ」
アズール様の説明に、私はうなずくと、ほっと息をついた。
「本当に良かったです……心配しました」
私の言葉にアズール様はどこか嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。こんなことを言ってはいけないのだろうが、心配してもらえるのが嬉しい」
「まぁ」
私はくすくすと笑っていると、空がきらきらと輝き始める。
魔物達が悲鳴を上げる声が響いて聞こえ、視線を向けると、魔物が森の方へと帰っていくのが見えた。
「とにかく間に合ってよかった。渓谷の方では騎士達が森へと押し返している。あちらは問題なさそうだ。ただ空を飛ぶ魔物は落とせなくてな、一直線にこちらに向かっているのが分かったから、肝が冷えた。魔物が地面に降りなかったのが良かった」
「どうして下りなかったのでしょうか?」
私が首をかしげると、アズール様はおかしそうに言った。
「トルトの苗木を配っただろう?」
「え?」
「今まさにトルトは花をつけて咲いている。何故かその花は、君の香水と同じ香りがしたのだ。なんとも奇妙なことだ」
確証があるわけではなさそうだけれど、それでも降りなかった理由なのではないかとアズール様は考えているようであった。
私が驚いていると、アズール様は肩をすくめて言った。
「おそらくだが、それが理由で、香りが結界のような役目を果たしているのか、降りて行かなかったものと思われる。そして、魔物は君のことに気付いたのだろう。一直線に君を目指していた」
その言葉に、私は確かにそうかもしれないと思う。
魔物達は、明らかに私のことを狙いに定めていたように思う。
私は一体どうしてだろうかと思うけれど、目には見えないけれど気づく何かがあるのかもしれないなと思った。
魔物達が森の方へと帰っていく。今ではその影も小さくなり、遠い。
私はそれを見つめてほっと胸をなでおろした。
「良かった……」
「あぁ。それで、何があったのだ? セオドア殿が俺を殺そうと企み君を連れ戻そうとしたっていうところか?」
端的に読まれており、私は、笑い話には出来ないほど大事なのに、つい、笑ってしまった。
言葉にすると、どこか現実離れして聞こえる。
「はい合ってています。ふふふ」
「笑いごとではないがな。まぁ、とにかく君が無事でよかった」
「あ! 皆は無事でしょうか!? セオドア様の騎士達がいて」
私がそう言った時、後ろからローリーの声が聞こえ振り返ると、そこには縄で縛られたリベラの騎士達と、そしてセオドア様の姿があった。
ローリーは私の方へと向かって涙目で駆けてくると言った。
「シャルロッテ様! 大丈夫ですか!? 本当に申し訳ありません」
私は首を横に降ると、ローリーが怪我をしていないことにほっと胸をなでおろした。
「無事で良かったわ。それで、騎士とセオドア様を捕縛することに成功したのね?」
「はい!」
ローリーはその後アズール様にセオドア様達のことについて報告をする。
皆大きな怪我はさせずにどうにか捕まえることが出来、その捕まえたタイミングでセオドア様が魔法陣で逃げようとやって来たので捕まえたとのことであった。
セオドア様はアズール様が生きているのを見て驚いたように声をあげた。
「ななななな! なんで生きているんだ! 化け物か!」
突然のその発言に、私は額に手を当てると、こんな人を私は好きだったことに対して、頭が痛くなる。
どこが、好きだったのだろうか。
分かってはいるのだけれど、大きくため息をつきたくなってしまう。
「アズール様、どうなさいますか?」
私がそう尋ねると、アズール様は笑顔で言った。
「まぁ、いい交渉材料が手に入った。俺はもうシャルロッテ嬢を手放す気はないが、セオドア殿のような者が出てきても敵わないからな」
とてもいい笑顔でアズール様はそう言うと、セオドア様の前へと移動する。
そして縛られていたセオドア様の縄を解くと笑顔で言った。
「セオドア殿。今回の一件は独断での行動か?」
目の前にアズール様が立ったことで、セオドア様は一歩後ろへと下がると、へらへらとした笑みを浮かべて言った。
「あ、えっと、な、なんのことだか。私には」
「ふむ。ここで突然しらを切ろうとしても無理があるだろう。全て証拠はそろっている。セオドア殿が用意周到に集めた騎士達も、ここにいる騎士達も、また目撃者も、そしてこのリベラ王国のマークの入った通信機も、全てあるが……しらを切れるとでも?」
アズール様のその言葉に、セオドア様は視線を彷徨わせ、それから乾いた笑い声をあげた。
「はは、は……だって、しょうがないだろう? シャルロッテ嬢が俺の元へと帰って来れるようにするためには、理由が必要だろう」
その言葉に、私は驚いてしまう。アズール様を目の前にしてもそのようなことが言えるのか。
「理由か……残念ながら俺はシャルロッテ嬢を手放すつもりはない」
セオドア様はアズール様の言葉に声をあげた。
「横暴ではないか! シャルロッテ嬢の気持ちはどうでもいいのか? シャルロッテ嬢は俺のことが好きなのだ。男ならば女性の幸せを願って身を引くべきなのでは!?」
その言葉に、アズール様は目を細めると、笑みをすっと消し、低い声で、威圧するように言った。
「セオドア殿、俺は自分以上にシャルロッテ嬢を幸せにできる男はいないと思っている。それなのに何故、譲らねばならん?」
「あ、相手の気持ちを鑑みて」
「っふ。その気持ちとやらだが、俺に振り向かせればいいだけのことだろう」
「なっ!?」
ちらりとアズール様の視線が私へと向く。
「俺は自分のことを、愛してもらうよう努力するつもりだ」
真っすぐに見つめられ、私の心臓はうるさくなりそれと同時に恥ずかしさから顔が熱くなる。
「だ、だだだだ黙れ! 俺が、俺のことがシャルロッテ嬢は好きなのだ! お前など、お前など!」
セオドア様は何を思ったのか拳を振りあげた。
そして、アズール様の顔にあたるが、アズール様はそれをよけることなく正面から受けると、にやりと笑った。
その代わりセオドア様が悲鳴を上げた。
「ててててててていってぇぇぇ」
その様子にアズール様は言った。
「先に手を出してくれて助かった。どうしても、今回の一件は腹に据えかねていたのでな。歯を食いしばれ」
「え?」
次の瞬間、アズール様の拳がセオドア様の顔に入り、めきっという今まで聞いたことのないような音が響き渡る。
そしてセオドア様が宙を舞った。
ドサッと言う音を立ててセオドア様が地面に落ちた。
私が呆然としていると、アズール様はすっきりした顔である。
「お互いに一発ずつ。よし。では場所を移動しよう。リベラ王国にも連絡を取らなければならんな」
「は、はい」
べしゃりと倒れるセオドア様を横目で見ると、他の騎士達に起こされて縄で縛られている。
恐らく意識が飛んでいるのであろう。
立つよう促さなくて、私は大丈夫だろうかと思ったけれど、その後すぐに動いていたので、ほっとしたのであった。
いよいよ明日が最終話です!最後まで楽しんで読んでいただけたら幸せだなぁと思います(●´ω`●)