20話
シャルロッテがシュルトンへ旅立ってしばらく経った頃、セオドアは愛に溺れ、平民の少女の元へ毎日のように通っていた。
「お願いだ。今日こそ、私と結婚すると言ってくれ。愛しいヴェローナ」
ヴェローナの簡素な部屋の中で、セオドアがそう愛を告げると、ヴェローナは恥ずかしそうに顔を赤らめて、そしてうなずいた。
「セオドア様。分かったわ。貴方と結婚する。ふふふ。でも、結婚すると言ったのだから、どうか貴方の正体を教えて」
自分の立場を話していなかったセオドアは、ヴェローナに承諾してもらったという事に歓喜して笑顔で答えた。
「あぁ。嬉しい! ありがとうヴェローナ! これで君はこの王国の国母となるのだ!」
「え?」
ヴェローナの顔色が一瞬で変わり、セオドアは首を傾げた。
「どうしたのだ?」
「待って。セオドア様。国母? え? どういう……こと?」
「秘密にしていてすまなかった。私はこの王国、リベラ王国の王子、セオドア・リベラなのだ。だから、君が私と結婚をすれば、君は国母となるのだ」
セオドアがうっとりとした表情でそう告げると、ヴェローナは顔をひきつらせ、そして握られていたセオドアの手を振り払った。
「な、何をおかしなことを言っているの? 国母? 王子? は? 貴方どこかの没落貴族のおぼっちゃんじゃないの?」
「え? ヴェローナ?」
「無理よ。何バカなこと言っているの? 平民の私が国母なんてなれるわけないでしょう!? どこぞの偉い人に潰されておしまいよ!」
先ほどまでは頬を赤らめていた少女のヴェローナは消え去り、セオドアのことを憎々し気に見つめる。
「あぁぁ。時間を損したわ。セオドア様、もう二度と私に会いに来ないでください。私はお金持ちと結婚したいのであって、王子様と結婚したいわけじゃないの」
「ヴェローナ? え? 一体何を」
「はぁぁ。セオドア様現実見てよ。王子様がどうして平民と結婚できるのよ。それに、私知っているわ! 第一王子のセオドア様と言えば、公爵家の姫様と婚約が決まっているでしょう! っは! あぁぁ。本当にむかつく」
ヴェローナはセオドアのことを睨みつけると、大きくため息をついた。
「出て行って。金輪際会いたくないわ」
「いや、シャルロッテ嬢との婚約は解消した! だから私と」
「はぁぁ? バカじゃないの。公爵令嬢と婚約解消なんて……はぁ。セオドア様、私みたいな平民の女は現実を知ってるの。だから、無理。さようなら。貴方とはもうおしまいよ」
「ヴェローナ! ちょっと話をしよう」
「無理。絶対に。はい、出て行って」
「ヴェローナ!」
セオドアはヴェローナに部屋の外に追い出され、道の真ん中に呆然と立ち尽くす。
「どうして……だって、君が運命だって……あれは、嘘だったのか?」
冷たい乾いた風が吹き抜ける。最近は曇り空が多く、雨が降らないからか、大地が乾燥しているようだ。
「嘘だろう……」
父である国王に、一体何と報告をしたらいいのか。
セオドアは大きくため息をついた時、曇った空がごろごろと音を立てているのを感じた。
そして次の瞬間、セオドアの目の前に雷が落ちる。
「うわぁっ! なんだこれ……くそ!」
いらだったセオドアは、近くにあったバケツを蹴ると、大きくため息をついた。
セオドアは待機していた護衛たちを連れて王城へと帰ると、すぐに国王から呼び出されることになる。
まさかもう自分が振られたことに気づかれたのだろうかと思っていると、国王からは違うことを告げられた。
「セオドアよ……最後にお前にもう一度チャンスをやろう。今の恋心を捨て、シャルロッテ嬢にしっかりと謝罪し、心を入れ替えることはできるか」
セオドアはチャンスだと考えた。このままうまくすれば自分が振られたことも気づかれないで済む。
そう思い、セオドアは出来るだけ反省したように見えるように顔を装うと言った。
「父上、いえ、国王陛下。私が間違っていました。恋心は捨て、これからは王族として、しっかりとした道を歩んでいきます」
国王はその言葉に少しばかり眉を寄せ、そしてうなずく。
「行動で示して見せよ。……シャルロッテ嬢を逃したのは大きな損であった。はぁぁ。最近シュルトン王国の気候が変わったと聞く」
「え?」
突然何のことだろうかとセオドアが首をかしげるのを見て、国王はため息をつく。
「お前は王の器にはなりえなさそうだな……謝罪後は、隣国の女帝の元へ嫁ぐ算段が付いている。心得ておくように」
「は?」
寝耳に水の言葉に、セオドアが目を丸くすると、国王はぎろりとセオドアを睨みつけた。
「女に振られたのにもかかわらず、よくもその顔ができたものだ。あまり父をなめるな。いいか、お前は隣国の女帝に第六皇配として嫁ぐのだ」
「と、突然何を。私はこの国の次期国王ですよ? 何を冗談を」
「冗談ではない。シャルロッテ嬢に婚約解消を言い渡したお前を国王にするわけがなかろう。お前は眠っていた獅子を起こしたのだ。マロー公爵がお前を隣国ルードビアの王配に推し進めている。すでに他の貴族たちはマロ―公爵に同意している。はぁぁ。ここしばらく、貴族達の動向すら見ていなかったのだろう」
「ルードビアって、あの南国の帝国ですか!? 強い女帝の納める国に、私を? ちょっと待ってください。何故マロ―公爵が! この前はそんな素振りなど」
「お前には何度も、マロー公爵には失礼な振る舞いをするなと言ってきただろう」
「それは、公爵家だから」
「あぁそうだ。あの、マロー公爵家だからだ。マロー公爵程恐ろしい男はいないと、何度も教えてきたはずだ」
その言葉にセオドアは顔をひきつらせながら笑った。
「ですが実際には恐ろしくはなく、シャルロッテ嬢が可愛くて、いつも目尻を下げているマロー公爵ですよ!?」
「あぁ。家庭を持って丸くなった。それをお前がまた目覚めさせたのだ」
「何を」
「とにかく、お前はシャルロッテ嬢に謝罪をしに行った後は、ルードビアへ婿入りするのだ」
「あ、お待ちください父上!」
国王は待つことなくその場から去り、セオドアは呆然としながらその場で固まる。
自分の身に起こったが理解できず、セオドアは視線を彷徨わせる。
ルードビア帝国は女性の治める国。そして第六皇配とはいうが、すでに十人以上の皇配が気に入られずに離宮に放っておかれていると聞く。
放っておかれた皇配は、孤独でみじめな暮らしをするとか。
そんな場所に自分が?
セオドアはその事実に焦りを感じ、そして思いつく。
「シャルロッテ嬢に、戻ってきてもらおう。そうだ。それがいい」
シャルロッテ嬢が自分の元に戻り婚約が戻れば、自分は次期国王になれるはずだ。セオドアはそう考えると、謝罪しに行ったと見せかけて、その時にシャルロッテ嬢に自分の元に戻ってくるように言えばいいと思った。
そうすればきっとシャルロッテは戻るだろう。
安易な考えだとセオドアは気づくことはなく、ほっと一安心すると自分が婿入りなどありえないと頭を振るのであった。
そして一言自分の護衛騎士に命じた。
「平民でありながら俺を侮辱した罪は重い。ヴェローナを奴隷へと落とし、離宮へと閉じ込めておくように」
王族故の傲慢。愛していると言いながらも結婚をしなければ平民。ならばそれは王族の所有物のようなものだとセオドアは認識している。
そして所有物は主を否定するなどあってはならないことなのだ。
セオドアは笑みを浮かべたのであった。
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