2話
「不毛の大地に嫁ぎたいのです」
「不毛の……大地……」
セオドア様に渡された婚約解消の書類を手に、屋敷に帰るとすぐにお父様に報告をしに向かった。
無言でお父様は私の話を聞いていてくれた。そして、私は話し終えた後、小さく息をついてから父に不毛の大地に嫁ぎたい旨を告げたのである。
お父様は不毛の大地と口の中で何度も呟いてから、私の方へと視線を向けた。
「よいのか? 本当に……お前は第一王子殿下のことを、慕っていたではないか」
伺うようにそう尋ねられ、私はこくりとうなずいた。
セオドア様のことは本当に慕っていた。けれど、だからといって、これまで散々振り回された挙句、側室の提案をしてもなおセオドア様は受け入れなかった。
それはつまり、セオドア様は私のことをほんの少しも好きではないということだ。
そう、好かれていないのだ私は。
ずっとそうなのかなとは思っていたのだ。いくらセオドア様の好きな食べ物を準備しても、好きな紅茶を用意しても、出かけても興味なさそうな様子ばかりであった。
もう潮時なのだろう。むしろ結婚しなくて良かったのかもしれない。結婚してから好きではないと告げられるよりは、まだ良かった。
私はそう思うことにして顔をあげると言った。
「良いのです……セオドア様にはもう心に決めた相手がいるようですし……それに、私、もう無理そうなのです」
はっきり言って、これまで散々自分の感情を我慢して生きてきたけれど、それはセオドアの妻になるという思いがあったからだ。
それが無くなった以上、もう自分の感情を我慢して生きていくのが辛い。
「お父様……私、自分の感情を抑えつけて生きていくのがもう嫌なのです……それにお母様から引き継いだこの香り、お母様のお気に入りの香水も、セオドア様には嫌がられてしまいました……」
私が幼い頃に亡くなったお母様。私はお母様から特殊能力を引き継いで生まれていた。
私のお母様の血筋は感情で天気を左右してしまうという能力があった。次第にその能力は薄れていたというが、お母様も多少その能力を有していたそうなのだ。
弱いけれど、天気を左右できる能力。それを国王陛下も把握していたからこそ、私の能力が有用に使えるかもしれないと考え、セオドア様と私との婚約を推し進めていたのだ。
そしてお母様の血筋を私は色濃く継いでいた。けれどその事実を私はこれまで必死に感情を押し殺して潜めて生きてきた。
そしてお母様のつけていた香水の香りは、私にとってお守りのようなものであった。
国王陛下は私がどの程度能力を有しているかは知らないはずである。
また、国王陛下が今回の婚約解消について把握しているのかどうかは分からないけれど、実際にここに婚約解消の書類がある。
「お父様、私を不毛の大地に嫁がせてはもらえませんか?」
王都で自分の感情を好き勝手に出すという事は難しい。それによって天候を左右して被害を出すわけにはいかない。
けれど元々不毛の大地ならば、災害が起こったところで自然災害かどうかなど誰にも分からないだろう。
安易な考えかもしれないが、私はもう限界に近かった。
お父様は、私の言葉にうなずき、私の希望を尊重させてくれると言った。
婚約解消の手続きは恙なく行われたようでその日のうちにお父様が婚約解消の証明書をもって帰宅した。
私はこれで本当にセオドア様とは何の関係もなくなったのだなと思ったけれど、一時的に私はその感情を押し殺す。
幼い頃から、感情を押し殺す訓練はずっと続けてきている。だからこそ、まだ耐えられるけれど、私は窓の外の青空を見つめながらため息を漏らす。
「はやく……不毛の大地に嫁ぎたい」
嫁ぐ相手が良い人ならばなおいいけれど、婚約を解消された令嬢は何かしらの問題があるのではないかと貴族社会では思われがちだ。
ただ救いなのはこれが婚約破棄などではないことだろうか。
破棄だった場合、我が国の場合は結婚はもう無理だろうと言われるからだ。
「……はぁ……」
私は両手で顔を覆いながら、静かに呼吸を繰り返す。
「……まだだめ。我慢よ。我慢」
そう自分に言い聞かせることしか出来なかった。
桜が咲く季節ですね。お花見行きたいのです。最近オードブルのお花見セットなるものが登場し始めて、頼みたい!と思うものの、全部食べきれるのか? 何人で行くつもりだ自分。と思っています(*´▽`*)
そしてふと、この前2月が終わったばかりなのに、もう3月末……と震えています。