銀髪の少女2
【土下座】
ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をすること。主に最大限の謝罪や感謝を示す際に行う行動である。異世界から持ち込まれた文化であり、当時やってきたばかりの異世界人が、マギ国王の前で行ったことがこの世界での始まりと言われている。真偽は不明。現在ではこの文化はマギ王国中で根付いている。
(『異世界輸入文化辞典 第4版:マギ王国中央出版社』より引用)
~
ウィズが「変態……」と言われた後に真っ先にした行動が土下座であった。
倒れた拍子ではあったものの、女性の胸を触ってしまったことに、ウィズは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。こうして謝っている最中でも、倒れた時の右手の感触を思い出してしまっているから、なおさらに。
「わざとではないとはいえ、胸を触ってしまいすみませんでした!」
大きな声があたりに響く。今絨毯は、建物だとちょうど地上7階ぐらいの位置にいる。そして足元には昼時でにぎわう商店街。もしかしたら街行く人にも聞こえているかもしれない。ルーナは慌てて、声をかける。
「え、ちょ、あんまり大きな声で言わないでよ。はあ、いいから頭上げて? ちゃんと話し合いましょ?」
よくよく思い返してみれば、逃げるのに必死で彼女ときちんと向き合って話をしていない。焦っていたとはいえ、ちゃんと相手を見ていなかったなんて自分も未熟だなと、ウィズは一人反省する。
そうしてゆっくりと顔を上げたウィズが目にしたのは、絨毯の上に落ちていた黒くつばの短い丸帽子をかぶり直す彼女の姿だった。
一言でいうと、彼女は美しかった。
白いブラウスからもわかる細身の体、淡いブルーのスカートから見えるしなやかな脚、帽子からこぼれ落ちるさらりとした銀髪に、あるいは吸い込まれるような青色の眼をもった、彼女の小さくかわいらしい顔に、ウィズは目を奪われた。
恋に落ちたとかではない。ただただ美しいとウィズは思った。
「何見てんのよ」
胸を見られていると勘違いしたのか、ルーナは自分の胸を再び手で隠す。
「え、いやきれいな人だなと思って」
「え?」
「ん?」
無意識に思っていたことを答えてしまうウィズ。押し倒してしまった後にも彼女の顔を見てはいたが、改めてしっかりと見るとここまできれいな子だったのだなあ、と思うウィズなのであった。
そして一呼吸置いて気づく。自分が何か変な事を言ったかも知れない、と。
色白なルーナの顔はみるみる紅潮した。
「な、何言ってんのよ。そんなこと言ってもごまかされないわよ」
「いや、今のはその。えと、それと本当に今、胸は見てなかったんですけど……」
そういうと、今度は本当に胸元に目が行ってしまうウィズ。人は隠されたり、指摘されたりすると逆にそこに注目してしまうものである。彼女の大きくはないが形がよい胸には、三日月の形をした銀色のネックレスが光っていた。
「がっつり見てるじゃない!」
「今は見てました。すみません!」
ハッと気づいて目をそらすウィズであった。
「はぁー。まあ、 運転中に抱き着いた私にも非があるからね。そこは私もごめんなさい。それに助けてくれたことは感謝してる。だけど、」
ルーナの声が途端に小さくなり、ウィズから視線を逸らす。
「初めて男の人に胸触られた」
「あ、あの?」
「何でもないわよ!」
◇◆◇
「それでルーナさん、でしたっけ。あの男の人たちはいったい何なんですか?どうして逃げていたんですか?」
「う、それは、いわなきゃだめ?」
「言ってもらわないと僕もどうすればいいのかわからないので。今のままだとやっぱり警察の方にお世話になることになりますよ」
ルーナは言いにくそうにしていたが、一つ息をついて話し出した。
「はあ。まずね?あの人たちはね、お父さんの部下の人たちなの」
「ぶ、部下? じゃあ、悪い人とかじゃないんですね?」
「まあ、見た目はちょっと怖いかもしれないけどね。全員私の知り合いだからあんまり悪く言わないで」
「そ、そうなんですね。じゃあ、なんでルーナさんは逃げていたんですか?」
「な……にげ……よ」
「ごめんなさい、もうちょっと大きな声でおねが……」
「習い事から逃げてきたの!」
王都中に響いたのではなかろうか。ルーナの声に街行く人たちの足が止まる。一部の人はこちらの方を見上げているようだ。
「え。それだけですか?」
「そ、それだけよ」
ウィズはいぶかしげに彼女を見つめた。お客さんをあまりじろじろと見続けるのは、タクシー運転手としては好ましくないことだが、ここははっきりさせておかなければならない。彼女が男たちの知り合いで、彼らをかばったことはウィズにとっては驚きであったが、そうだとしても習い事から逃げるだけであんなに大騒ぎになるだろうか、という疑問があった。ウィズとしてはここまで深く今回の事件に関わってしまったのだから、何か他の理由があるのならちゃんと聞いておこうと思ったのだ。
真剣さを感じ取ったのか、ルーナはウィズから目をそらす。無言の時間が一秒、また一秒と過ぎていった。
そんな二人の間にある緊張の糸を切るかのように、ぐうううう、と大きな音がルーナのお腹から聞こえてきた。再びルーナの顔が真っ赤に染まる。
ウィズは一瞬驚いた顔をしたが、ふぅと一つ短い息を吐いた。
「とりあえず、場所変えますか?」
遠くで、どこか間の抜けた鳥の鳴き声が聞こえた気がした。
間開けずに投稿したいけどねえ