第99話:世界で一番大切なモノ
それからわたしに課された選択のことについて話した。
でも今のわたしにとって、もう答えは決まっているようなものだった。
「そのカミサマ、っていうのが奈緒ちゃんを転生させたんだね?」
「そういうことです。どうでもいいですけど、もう1回わたしの名前呼んでもらってもいいですか?」
「緊張感ないなー。どういう選択をしてもまゆさんたちは一緒なんでしょ?」
「そうなんですけど。今は、名前呼んでくれるのがめちゃめちゃ嬉しくて……」
そりゃあ今まで偽名使ってたようなものだし、こうやって推しに本名で呼んでもらえるなんてことなかなかないことだったから。
あの邪神が介入するまでの間、それを堪能していたい。
『だーれが邪神ちゃんだってー?』
「ぴやっ!!!」
瞬間、世界のあらゆるモノが静止した気がした。
って、いや静止してるわ! なんか太陽が照ってる感じしないし、喧騒だって何故かなくなっている。
そして声がした方を向けば、それは空。天からだ。
金色の髪の毛をたなびかせながら、白い翼をふぁさりと1つ羽ばたく。
白い天使の羽が下界のものを導くように落ちてくると、尊花さんとまゆさんの頭に乗った。
「……あれ?!」
「え、なんか時間止まってるー?」
この神、もしかして2人もこの状態に介入させました?!
『いやー、流石に世界の重大な選択に重要人物を呼ばないのはどうかと思うからねー』
「相変わらず演出だけは凝ってますよね」
『それほどでもー』
尊花さんとまゆさんは初めてなんだと思う。
その証拠に人智の及ばない存在を前に唖然としている。
わたしが邪険にしているだけで、普通の初見はこうですよね、うん。
『さて。選択を聞くのに立ち話じゃなんだ。素敵な場所へと作り変えよう』
パチリと指を鳴らすと、世界が一度暗転する。
真っ暗闇だった世界に蛍光灯が光を灯すと、見慣れたソファーに見慣れた机が目の前に鎮座していた。
あ、これわたしの家のリビングだ。
「これって……」
『尊花ちゃんだよねー! そっちはまゆちゃん! 初めまして、神様はカミサマだよー!』
「あ、ど、どうも……」
「これはご丁寧にー」
「……どういうつもりですか」
このカミサマとの選択には2人はほとんど関係ないはずだ。
いや、わたしと世界を渡航する可能性があるから、ないとは言い切れないんですけども……。
選択自体はわたしだけがするものだと思っていた。
『さっきも言った通りだよー。愛する2人にも聞いてもらって損はないでしょ?』
「……まぁ」
「なんか奈緒ちゃんが珍しく不服そうな相手だね……」
「だねー。確かに笑顔が張り付いてて怪しいけど」
いいぞー! もっと言ってやれー!
ひそひそ話にしてはちょっと声が大きい気がするけど、それは寛大なわたしが許すぞ、うん!
カミサマだって許してくれるさ!
『さて、キミに問いを出した内容は、恋する2人と共に自分の世界に戻ってやり直しか、それともこの世界で人生を終わらせるか。そうだったね?』
「はい」
『早速だ。聞こうじゃないか、カミサマの最後の気まぐれを始めよう』
わたしは、このことについてずっと悩んでいた。
世界が変わっても、好きな2人は変わらない。わたしのことを好きで、わたしも大好きな2人。
だからぶっちゃけどっちにいてもいいとも考えたことはある。
こんな時にどっちつかずなんて、格好がつかないなぁ。なんて思いながら。
でもわたしは、それじゃあダメだって、思ったんだ。
だから口にする。わたしの本当の意思を。
「わたし、最初はここが自分の大好きなゲームの世界だって気付いて嬉しかったんです」
なんだかんだ言って引きこもってしまったけど、好きな世界が目の前にあって。
もしかしたら大好きな推しやキャラクターたちに出会えるって考えたら、すっごく嬉しかった。
「尊花さんと出会って。桜の木の下でロマンチックに話しちゃったり。それからまゆさんとも出会って、友だちになって」
『嬉しかったかい?』
「はい。その時はこんなカミサマながら感謝しました」
万葉さんという原作主人公と出会ったり、鈴鹿さんや響さんと一緒になってバカなことを考えたり。
わたしが憧れていた青春が目の前で起こっているって考えたら、すごく嬉しくて。
だからだろう。
「でも、次第に怖くなっていきました」
「え?」
「だって原作になかった鈴鹿さんルートなんて知らなかったし。わたしの知らないところで尊花さんとまゆさんが恋のライバルになってたり。知ってる展開だったのに、それが突然知らないモノになったんです。怖いでしょう?」
正直不安だった。
流されるようにして万葉さんと鈴鹿さんが付き合い始めて。
決定的に変わったのはまゆさんが泊まりに来てからの夏休みだ。
そんな展開知らない。分からない。
そう思っていたら、今度は尊花さんからの告白。トラウマほじくり返されてショックでしたよ。
「お前とは友だちぐらいの距離感でいいや。そんな呪詛を頭の中でぐるぐるしている最中に尊花さんが先制パンチしてきて。あの時はずっと引きこもってやろうって覚悟してましたよ」
「それは、ごめん……」
「いえ、いいんです」
多分、あのデートはそのつもりで組まれていたものだったんだと思う。
だからちゃんと答えが出せてよかったと思ってる。
それもこれも全部……。
「まゆさんが、あんなに酷い言葉を口にしたのにわたしを許してくれて。気遣ってくれて……」
――すごく嬉しかった。
あの時、どんなことよりも救われた気持ちになったんだ。
きっと、誰かに言ってほしかった言葉。
自分勝手かもしれないけど、相手が悪いって言ってくれたことが救いになった。
わたしを受け入れてくれた。
「尊花さんだって、わたしのことをずっと気遣ってくれて。それは全部好きだから、なんですよね?」
「……うん。そうだよ。私は美鈴ちゃんも、奈緒ちゃんのことも好き。仲良くなりたいって思ったから」
「その暖かい優しさが、ずっと心地よかった」
尊花さんはわたしの凍っていた距離感をゆっくりと溶かしてくれた。
まゆさんはわたしの中にあった嫌な過去を慰めてくれた。
「2人はわたしにとって救いだったんです。2人といれて本当によかった」
そして。それはこの世界にだって言えた。
「わたしと仲良くしてくれた万葉さんと鈴鹿さんの関係をもっと見ていたい。響さんの百合小説だって読んでみたい! お母さんの作ってくれた衣装も料理も、それから優しさをもっと受け止めたい。みんなみんな、わたしのことを好きでいてくれたんです!」
それは元の世界でも同じだった。
だからこの答えを出すのは難しかった。
けれど、ちゃんと答えは出せた。
「わたしは、そんな好きを分けてくれた人たちに恩返しがしたい! わたしに好きって感情を思い出させてくれたこの世界のみんなに!!」
結局はこれなんだ。
元の世界の人は気遣ってくれたけど、救ってはくれなかった。
きっとこれは最初に踏み出した一歩のおかげ。自分の勇気と、尊花さんに会えるかもっていう打算が生み出した最初の一歩のおかげ。
尊花さんがいなかった、わたしは今でも引きこもりだったはずだ。
「それに……。わたしも、あんな男は願い下げですよ!! なんですかお前じゃそういう気持ちにはなれないって! わたしは今お前の好きな相沢美鈴なんですよーーーーーだっ!!!」
ぶっちゃけ、もう男なんて懲り懲りだ。
わたしには2人がいるんだから。
「わたしの選択は、この世界でみんなに恩返しする! これだけです!!」
『……ふふ。フフフフフっ! あははははははははは!!!!!』
カミサマはひとしきり笑ったかと思えば、いつの間にか用意していたクラッカーをど派手に鳴らした。
舞い散る紙吹雪。それはまるであの日の桜の花を見ているようで……。
「って本当にあの樹の下になってる!!」
「奈緒ちゃん、なんか。すごいね」
「なんでもアリって感じだねー」
『カミサマだからねー!』
あの日からもう半年が経過したのか。
なんだか、遠い所まで来た気分だ。
『改めて、おめでとう! カミサマはキミの選択を祝福するよ!』
「本当に胡散臭い」
『はっはっは! 褒め言葉だよー!』
無限にクラッカーを鳴らしまくる。
待って、どっからその紐出てるの?! 中から出てるの?! こっわ。
『いやぁ、今回も楽しかったなぁー。やっぱりハッピーエンドが一番だ!』
「……神様。ちょっといいですか?」
『ん、なにー?』
尊花さんは非常に悦に浸っているカミサマに対して真剣な眼差しを向ける。
「本物の相沢美鈴ちゃんの魂は、どこに行ったんですか?」
あぁ、やっぱりそのことだったか。
実際わたしも気になっていた。魂には器がなければ人として成り立たない。
魂だけだったら幽霊みたいなものだしね。
だから、わたしが殺してしまったんじゃないかって、すごく怖かった。
けど、カミサマの答えは変にあっけらかんとしていた。
『ん? そこの奈緒ちゃんの身体を作り直して、魂を突っ込んだよ』
「……え?」
「は?!」
『要するに入れ替わりってわけ! まさか本当にアイドルになっちゃうなんてねぇ……』
え? えぇ? どういうこと。
わたしってゴミ収集車にひき肉になったんじゃなかったっけ?!
『だから、作り直して空いたところに美鈴ちゃんの魂を突っ込んだの。だから向こうの世界で生きてるよー』
理解はした。だが脳が納得をしてくれない。
なんかもう。どうでもいいや、向こうの世界のことだし。
『そんじゃ! 最後に楽しめたし、キミたちはキミたちの人生を歩みなよ!』
「ちょ! なんですかそれ!! 最後に爆弾残していかないでよ!!!」
「そうですよ! それならそうと、最初に言ってよ!!!!」
『じゃあね。キミに、奈緒ちゃんに祝福あらんことを』
「最後に神様らしいこと言って誤魔化さないでください!!」
『神様だからねー!』
パチンと指が鳴った瞬間。そこはさっきまでわたしたちがいた学校の屋上。
文化祭の終わりを告げる放送が耳元でハッキリと聞こえた。
「あ、あはは……」
「なんか、すごい神様だったねー」
「……帰りましょうか」
「うん!」
ま、祝福されてやったことだし。わたしも頑張って恩返ししていかなきゃなぁ。
尊花さんとまゆさんの手を握って、わたしたちはその場を後にした。
次回、最終話




