第94話:文化祭前夜の下校
「お、終わったぁ……」
そのままバタンキューするところだったが、目の前に明日使うアイドル衣装があるので、流石にやめておいた。
今の時間はだいたい10時ぐらいだろうか。
陽もとっくのとうに落ちて、まぁるいお月様がこんばんは。
会社員も、きっとこの時間帯には家に帰っている頃だろう。
まゆさんが眠い目をこすりながら、ふあぁ、とあくびを口にして微笑む。
「やったねー。全部美鈴さんのおかげだー」
「えへへ、ありがとうございます」
何を達成すること。これに勝る快感はない。
わたしは今それを成し遂げたのだ。んー、最強になった気分。
多分次の瞬間には粗を見つけて修正する自分が見えるけど、それはもう明日でいいや。
「どうせだったら学校に一泊するー?」
「え、それはなんというか……。ワルですねぇ!」
「でしょー。家に帰らなくてもいいし、まゆさんはそれでもー」
「ダメです。2人とも帰るよー!」
「えー、酷いよー尊花さんー!」
真面目さんな委員長のことだし、そういうところはしっかりしてくるだろうとは思ってた。
宿泊許可がどうこうとか、絶対言う。
でももう一歩も動けないというか、立ちたくない。
「ほーら、美鈴さんがもう動けないーって抗議してるよー?」
「うっ……」
諦めようとしないまゆさんは尊花さんに巻き付くようにねっとりと抱きしめる。
尊花さん、すごく嫌そうな顔してる。委員長としてのプライドと、恋人としての甘やかし。
こういう目の保養でわたしはだいぶ回復してきたし、尊花さんに助け舟を出すことにしましょう。
「まゆさん、そうなったら明日3人で怒られるかもですよ」
「…………やめよー」
へへ、ちょろいな
「じゃあ帰り支度しよっか!」
「でも、今度はどっか泊まりに行こうよー」
「それはいいよー! 温泉宿とかかな?」
「海辺のホテルとかロマンあるよねー」
必要なものをカバンに詰め込みながら、泊まりで旅行のことについて考える。
疲れることは前提としても、近くの温泉街なんかも悪くないと思う。
ゆっくり温泉で癒やされて、ご飯を食べて、大の字で横になる。
あれ、最高では。やってることが堕落の極みそのもの! わたしも今度その話に乗っかろう。
「さて、っと。じゃー行くよー!」
「はーい!」
家庭科室を出ていくと、月明かりだけが廊下を照らす。
これが廊下オンリーならきっとお化けがー! とか、学校の七不思議がー! とか言い始めることだろう。
でも看板やらポスターなんかがあっちこっち飾られている文化祭の前夜の姿を見ていると、お化けという陰キャは出てこれないと思う。
「なんか、すごいですね」
「うん。お祭りの前って感じ」
「だねー。ちょっとノスタルジックに浸っちゃうかも」
まだ始まってもいないのに、祭りの後感があるのだろう。
きっと人がおらず、物だけが散乱としているからかな。
どちらにせよ、始まる前なのに、終わった後みたいな達成感が今は心地よかった。
通り過ぎる看板はどれも学生たちが作ったのだろうという力作ばかり。
……ゲームの世界でも、ちゃんと生きているんだよなぁ。
見下すつもりはない。ただすごいなぁ、って思っただけ。
1年半暮らしてみんなにも血が通ってるって知ってるから。
それだけに、カミサマの選択が絶妙に難しいんだよなぁ。
尊花さんやまゆさんにこの話をしても、きっとやりたいようにやれって言うはずだ。
でも考えがまとまっていないのも事実。
文化祭は3日間で、そのラストにカミサマが結果を強いてくるのだ。
「どうしたの?」
「へ? い、いや。考え事をちょっと……」
「恋人といるのに考え事とは、感心しませぬなー、尊花どの?」
「そうですなー、まゆどの」
何のノリなんだそれは。
とも思えば、突然両手に柔らかい感触が伝わってくる。
右手にはふわふわして暖かい肌。
左手には少し冷たくて優しいぬくもり。
見れば校門に出たことで、広くなった道に横並びになり、2人はわたしの手を握っていたのだ。
「やっぱり美鈴さんの手は小さいね」
「小さくてかわいいよねー!」
「それ、褒められてるんですか?」
「褒めてる褒めてる! 小さい生き物は愛でられるべきなんだよ!」
「遠回しにバカにしてません?」
確かに150cmは下回っているけどさぁ……。
まるでロリコンのように見えますけど、それ。
「ううん?! ただかわいいなぁ、って思っただけー!」
尊花さんがわたしに体重を寄せてくる。
おいおい、そんなことしたらバランスが崩れてまゆさんの方に……。
「じゃあまゆさんもー」
バランスが取れた代わりに前に進めなくなりました。
流石にわたしもこの数ヶ月で2人の積極性には慣れてきたけど、やっぱりドキドキすること平気でするなぁ。さすがギャルゲーの民。
「さっきの話、どんな事考えてたの?」
「それ、今聞きますか」
「まゆさんも気になるなー。前に言ってた選択問題、ってやつー?」
こういうことはまゆさんは鋭いなぁ、本当に。
まぁ、2人になら話してもいいか。
でもわたしもそれなりに整理はしておきたいので……。
「はい、そうです。でも、まだまとまってなくて。文化祭の終わりまでに答えを出さなきゃいけないんです」
「わぁ、もうすぐだー」
「……できれば、自分で考えたいの?」
わたしは頷く。
これはわたしの問題で、わたしがしたいって思った方に進まなきゃいけないんだ。
だけど、もしそれでも答えが出ないんであれば……。
「でももしかしたらムリかもしれません。だから文化祭の終わり間際に2人に話したいんです」
「……真面目だねー、美鈴さんは」
「うん、私も思う」
「そ、そうですか?」
心当たりがない。だってわたし学校をサボってた引きこもりだし。
「真面目じゃなかったら、過去に振られた話を何回も掘り返さないし、誠実に3人で付き合おうだなんて言わないよー」
「うぐっ……」
それ、真面目系クズって言われてます?!
まぁ、そうかもしれないなー。
「美鈴さんは人が好きなんだろうなーって思うよ。好きすぎて抱え込みすぎちゃうけど」
「あー、分かる! 相談せずに突っ走ってそうなイメージ!」
人が好き、かぁ。
そんなこと一言も言われたことなかった。
わたしはただ、必死に目の前のことを処理して、瞬間を生きているだけ。
だから自分についてのことは考えもしなかった。
「だから今、まゆさんはちゃんと相談するー、って言ってくれたことが嬉しいんだ」
「…………そう、だったんですか」
「うん。だから、ちゃんと悩んで。煮詰まったらまゆさんたちに言って。三人寄れば文殊の知恵って言うし!」
「そう! 美鈴ちゃんはひとりじゃないもん!」
あったかいなぁ。そんなこと。そんなこと言われたら……。
「うん、ひとりじゃないですもんね……」
「そーだよー」
「私たちもいるんだから、大丈夫!」
選択の内容はしっかりと重たい。
でもちゃんと自分のしたいように選びたい。
悩んで、考えて、練って、閃いて。それでもどん詰まりになったら。
ちゃんと頼れる恋人の2人に、相談しよう。
好きだから言わないんじゃない。
信頼しているから言える間柄になりたい。
両側に暖かい心を持ちながら、わたしは少しだけ寒くなってきた風を感じるのだった。




