第93話:文化祭前夜の居残り教室
ファーストキス。ファーストキスかぁ。
全然考えたことなかった。
でも一度発想として浮かぶようになってしまったからには、嫌でも考えてしまうわけで。
唇が2つあったら、2人とも一緒にファーストキスを迎えられるのに。
って、そんな事になったらまず真っ先に通報されるわ!
やれ口裂け女だの、やれマウストゥーマウスだの。
……後者はなんか違う気がする。
そんな事を考えつつ、ミシンをとことこしたり、装飾を縫い付けていくと忙しいものであっという間に文化祭の前夜になってしまっていた。
締め切りは明日。衣装合わせなどは済ませたし、あとは微々たる調整なんだけど……。
「間に合わないよぉおおおおおおお!!!!!!」
わたしは泣きながらミシンとひたすら向き合っていた。
ムリだよこんなの! 大量のタスクを1つずつ消化はしているけど、もうなんというか。メンタルがボロボロだった。
そうなのである。この相沢美鈴、只今残業中でございます。
まさか終わりそうだけど終わらなさそうな時に限って、お手伝いの2人は買い出しに行ってるし。
いや、わたしが行かせたんですけどね?
でも予想以上にメンタルに来ていたらしい。もう少しなんだけど、うぅ、つら。
「もうサボりたいぃ……」
この相沢美鈴はもれなく引きこもりだ。
だからサボりぐせもちょっとはある。逃げ出して明日の文化祭休みてぇ……。
ミシンから手を離して、その辺の床に転がる。
あー、床つめた。なんかもう家庭科室の床になっていようかな。そうしたら明日を迎えずに済むかもしれない……。
「ただいまー。美鈴さん、いろいろ買ってきたー……美鈴さん?!」
「し、死んでる?!」
そんな大げさにしないでよ、尊花さんまゆさん。
わたしはれっきとした床なんだから。
「美鈴ちゃん、私の名前は?」
「あーうー」
「まゆさんは?」
「あーうー」
「ダメかもしれない……」
そんな買ってきた缶コーヒーでほっぺたペチペチされても効きませんよ。
わたしは床なんですから……。
「尊花さん、これは間違いないねー」
「うん……! 引きこもりが働きすぎて自我が崩壊してる……っ!」
はっはっは。その通りぞ。
わたしの自我はいま床と一体になっている。
引き剥がそうとすれば、自我が裂けてしまい跡形もなくなるだろう。
だからサボらせて!
「まゆちゃん。私にいい考えがあるんだけど!」
「いいねー。聞かせてー」
なんか2人がゴニョゴニョ内緒話をしている。
あ、ここの位置からだったら、ワンチャンパンツ見えそう。
やっぱ2人とも白かなぁ。まゆさん、案外黒いの履いてそう。せくちーなの。
わたしは一向にかまわないよ。でも尊花さんは白いのでいてほしい。素朴な感じで、真面目な感じで……。
っていやらしい事を考えていたら、何故かわたしの前後に2人が並んできた。
え、なに? 今度はなにかの儀式ですか?!
「せーのっで持ち上げるよ!」
「おっけい!」
「「せーのっ!」」
「お、おっ?!」
両脇から持ち上げられて、床から引っ剥がされる。
目の前には尊花さんの顔。そして後ろにはまゆさんの柔らかさ。
とりあえず自分の足で大地を踏みしめると、そのまま2人は移動。真横に立たれてしまった。
「あの、何の儀式ですか?」
「美鈴さんの復活祭だよー」
「へ?」
「こっち向かないー!」
強引に真正面を向かれたので、仕方なく前を見る。
あの、なにこれ。
「じゃあ、行くよ!」
「うーん!」
「え? へ?!!」
その瞬間。両側から挟み込むようにして、2人がわたしのことを抱きしめてきたのだ!
は?!! なになになに?!! なんなの?!!!
え、柔らか。美少女サンドイッチじゃんじゃなくて!
「な、なに!?」
「……好きだよ」
「ぴゅい!」
耳元で囁かれるのは愛の言葉。
吐息混じりの「好き」は木漏れ日の妖精がイタズラするように耳の中をくすぐる。
「好きだよー」
「ひゅぴぃ!」
今度は反対側から。
くすぐったくて、逃げようとしてるのになかなか離れられない。
そうか! これがASMRってやつなんだ!
生前はいつもこれにお世話になってたっけなー、しみじみ……。
「美鈴ちゃん、好き」
「だいすきだよー」
「世界でいちばん好き」
「美鈴さんがいないと生きていけないよー」
ちげーし! これ生ASMRじゃん!!
なんでこんな事になってるの?!
なまじ身長が2人の方が大きいからどうあがいても包み込まれるような状態になるし、第一身体がブロックされてて、身動きが取れないぃ!
そして無理やり剥がそうとすると……。
「……っん! 美鈴ちゃん、くすぐったいよー」
「ダメだよー。ふぁ……っ! じっとしてなきゃー」
甘い吐息とともに、わたしの劣情を駆り立てていくのだ。
ヤバい。大人しくしてたらヤバい。動いたらもっとヤバい。
流石に誰も見てないとは言え、わたしの理性がなくなりでもしたら……。
「すーき」
「好き」
「すきだよー」
「大好き」
「あいしてるー」
「ずっと好き」
若気の至りが発動しそう。
耐えろ。耐えるんだ。さっきからドキドキが止まらないけども!!!
「美鈴ちゃん、顔真っ赤にしてるー」
「ふるふる震えちゃってるし、かわいいなー、本当に」
「ふ、2人とも。……何が目的なんですか?」
「「…………励まし?」」
わたしには逢引にしか見えなかったが?
確かに元気になったか? と言われたら元気になったよ、うん。
でもそれ以上に、このままだとどうにかなりそう。
「はぁ……。2人ともムッツリすぎです」
若気の至りをなんとかため息とともに発散する。
バレてないよね? わたしが最強のムッツリさんとかにならないよね?
「んー、わかったよー」
「じゃあ最後に一言だけいい?」
なんだろう、ちょっと怖いけど……。
軽くうなずくと、2人が耳元に近づく。あの、それわたし死にません?
「「頑張って、わたしの大好きな美鈴ちゃん(さん)」」
「………………」
ヤバい、気絶しそう。
だけど……。みなぎってきた!!
この性欲、じゃなくてやる気をミシンに叩き込むんだぁああああああ!!!!
この後、めちゃくちゃトコトコした。




