第87話:新たな日常
「市川さん、これやっといて」
「はーい!」
新学期、初めての登校。
とは言え、午前中に終わるタイプの簡単な始業式があるぐらいで、委員長以外は何もすることはない。
そう、委員長以外は。
「相変わらず大変そうだねー、尊花さん」
「ですねぇ……」
考えていることは今朝言われた、カミサマからの神託。
こっちに残るか、あっちに戻るか。
尊花さんとまゆさんだけでも連れていけるのは確かにお得感ある選択だ。
やり直せるなら、『佐山奈緒』として生活したいし、2人とイチャイチャしたい。
唯一ナーフされた身体を見て思う。
身長がもっと大きければ、2人を思いっきり抱き寄せることができるのかなぁ、って。
でも鈴鹿さんや万葉さん。響さんたちには会えなくなる。
彼女たちもれっきとした友だちだ。
だから離れるなんてことはしたくない。
同時にあの告白という失敗がなければ、元の世界の2人とも友だちのままでいられたはずだ。
それにお母さんだってどっちがいいとかない。どっちも好きだし、離れたくない。
恋人は変わらない。
だが世界だけが豹変する。それが悩ましいところなんだ。
「上の空だねー、どうしたの?」
「へ?! い、いえ。別に……」
言えねぇーーーーーーーーー!!!!
尊花さんやまゆさんに、例え恋人だったとしてもこの相談は流石にできかねる。
というか、2人なら「美鈴ちゃんがしたい方にすればいいよ!」って絶対言う。
どっちもしたいから、困ってるのにー!
「はぁ……」
「やっぱため息。恋人の前なのに、なにか不満?」
「そうではなくて、ちょっと選択問題を出されまして……」
「進学か就職か、みたいな?」
「まぁ、そんなところですかねぇ」
そういえば1年の2学期だってのに、もう進路の話題が出てたっけ。
まだ2年もあるのに、大して考えてないのが露呈するだけだと思うんだけどなぁ。
カミサマの存在を隠しながら、わたしはその選択問題をまゆさんに問いかけてみた。
まぁ、全部は伝えられなくたって、分かることだけ話せればいいや。
「ってことなんです」
「身内は変わらないけど、世界が変わってしまうかもしれない。その時あなたはどちらの世界を選択しますかー。ってトンチ?」
「さっきからこの話がずーーーーーーっと頭の中でぐるぐる回ってて……」
「確かにまゆさんも悩んじゃうかもー」
だよねぇ?!
一概に、こっち! って言えない問題なのがめちゃめちゃイラッと来る。
やっぱりカミサマは性格が悪い。
「尊花さんにも聞いてみたいなぁ……。まゆさんだったらどうします?」
このぐらいの内容なら話せるはずだ。
だからやんわりずつ伝えて、実はわたしのことでしたー! みたいなことを話せればいいなぁ。
そうだ。いつかはちゃんと転生したことも伝えなきゃ。
むむむ、意外とわたし結構問題を先送りにしてるなぁ。
「まゆさんだったら、別の世界に言っちゃうかなー。せめて両親のいないところ」
「あー、まゆさんらしい」
「高校出たら、真っ先に家出るんだー。よかったら3人で住まない?」
ぐっ! 同棲の話だと?! どうせい、っちゅーねん!
みたいなくだらないジョークは置いておくとして、恋人との同棲生活。確かに、夢だ!
3人だったらベッドはクイーンサイズとか、キングサイズになるのかな。
それともシングルを3つ並べるとか。
「魅力的なアイディアですね……!」
「でしょー! えへへー」
にへらって笑う推し、もとい彼女はかわいすぎかぁ~~~~~????
弾け飛びそう。
照れ隠しで顔を避けるようにして、尊花さんの方を見る。
相変わらず忙しそうっていうか、やっぱり周りにいっぱい人がいるなぁ。
あ、こっち見た。
「っ!」
「はうっ!!!」
待って。目があったと思ったら、ニコって! 今ニコって笑ったよ!!!
かわよ。は? かわよ……。
アイドルとファンが付き合っていて、偶然目があったら隠れて微笑むあの構図!!
なんか隠れていやらしいことをしているんじゃないかって、匂わせ感がちょっとクセになるかも……。
と思ったら、ほっぺたを両手で挟まれて、強引にまゆさんの方へと視線をそらされてしまった。
え、何そのほっぺた膨らまして不機嫌そうな顔。かわよ。
「今はまゆさんと話してるんだよー。他の女の子のことなんて見ないでー」
「め、メンヘラまゆさん」
「へらへらー」
は? かわいいか???
他の女でも、同じ恋人なんですけどね、その女!
でもちょっと構ってちゃんしたくなるまゆさん、もしかして本当にメンヘラの素質があるのでは。
「ねっ。尊花さん見てるねー」
「え?」
横目でちらりと尊花さんを見る。
目をかっぴらいていた。
「自分の彼女が彼女に取られそうな顔してるねー」
「ま、まゆさん。本当に悪い子ですね……」
「えへへー。ほっぺたむにむに~~~」
うわわわわ~~~、むにむにされているのと同時に尊花さんからの嫉妬の視線がものすごい。
絶対「私も後でやらせて!」っていう無言の圧だ……っ! こわい!!
多分だけど、こんなイチャイチャの奪い合いはまだ始まったばかりなんだなぁって考えたら、そんな日常も悪くない気がしてくる。
わたしを取り合って。でもそれでも気を許してくれる。そんな不思議な三角関係。
でもまぁ。近いうちに一度わたしの心臓が持たなくなるかもしれないけれど。




