第81話:ここは誰の家?
「あんな、家……?」
「そうだよ。わたし、2人がずっと怒ってるところ聞いて、すごく嫌だった」
ふつふつと。浮かび上がった感情が温度を上げていく。
もはや止めるものはおらず。それは胸の奥底から沸き立つマグマのように溜まっていく。
「怒ってるところをずっと聞くなんて嫌だった。お父さんがお父さんじゃないように、お母さんも、お母さんじゃないみたいで、すごく嫌だった。聞いてるとだんだん吐き気がしてくるし、めまいだって……止まらなかった」
溜まったマグマは限界を迎える。
火山の噴火が、今まさに起きているんだ。
今まで爆発してこなかった感情が、全部。全部。
「わたしがいい子になれば2人は怒らないでくれるって思ってた。なのに! なのに、2人は変わらなかった。意味がわかんないよ。本当に些細な事で喧嘩して、苛立ってぶつけ合って。わたしだってどうにかしたかったけど、怖かったんだもん!」
悲痛な叫びに、お母様はただ立ち止まる。
信じられない。ありえない。我が子がこんなことを考えていただなんて。
そんな表情がありありと見えてしまう。
「怖くて怖くて仕方がなかった! わたしは、お母さんをお母さんだなんて思ってない!」
「まゆちゃん?!」
「わたしはもう二度とあんな家に帰りたくない!!」
それは、言いすぎじゃないのか?
待って。流石にそこまでのことを言うなんて聞いてないですよ?
お母様もまゆさんのめったに見ない怒りに唖然としている。
反発しようにも心当たりしかないから、戸惑っているんだ。ずっとこんな感情を抱いてたのか、って。
「だ、だからって。もう帰りたくないって。あなたの家なのよ……?」
「関係ない。あんな家で一生を過ごすぐらいなら、わたしは美鈴さんの家にお世話になる! 引っ越す!」
「絶縁、したいっていうの?」
親子の絶縁。話には聞いたことはある。
でもそんなに。そんなに嫌だったんですか?
わたしの考えてたことは話し合って、お互いに折り合いをつけて……。
って思ってたんだけど、これじゃあ完全にまゆさんが暴走している。
わたしは尊花さんと目を配る。
同じことを考えているようだ。なら、今度はまゆさんを止めなきゃ。
目の前で絶縁なんてさせたくない。後悔にある選択なんてさせない!
「……っ! そうだよ! もう怒っているお母さんはお母さんじゃないもん!」
「ま、まゆちゃん、それは言いすぎだよ!」
「言いすぎじゃない! お母さんは、お父さんはずっとわたしの嫌なことをやってた! わたしなんていらないんだよ!!」
「そ、そんなことないわ……。ただ、少し苛立ってたのは事実で……」
そこ認めたらダメでしょうが!
「事実なら! 事実なら、ちょっとは我慢することを覚えてよ……! わたしはずっと我慢してきた! だからもういいでしょ! わたしのことは構わないで!!」
今度はまゆさんが強引にわたしの腕を引っ張る。
待って、このまま帰るつもり?!
そんなことさせたくない。絶縁なんて、一生親と会えないなんて……。
「構うよ! わたしと同じ目に合わせたくないから!!」
「っ! ……美鈴さん?」
はは、やっちゃった。
わたし、まゆさんの前で怒鳴ることなんてしたくなかったのに。
でもこの際しょうがない。爆発したまゆさんを鎮火させるには、こうやって止めないと話を聞かなさそうだし。
でもどこまで話す? 誤魔化しが効くような場面じゃない。
だけど伝わらないといけない。うぅ~~~!!! こうなったら、奥の手を切るしかない!!
「まゆさんは……。まゆさんは、もう実親に会えない子供の気持ち、分かる?」
実親。そうだ。わたしの転生前の話。
両親とはそれなりに仲がよかったし、一人暮らしをするときも仕送りを出してくれるぐらいには気にしてくれていた。
だからこそ、引きこもった高校時代には負い目を感じていた。
あの時は放っておかれることが一番幸せだった。
けど、独り立ちして、転生して。後悔した。
もっとお母さんと話したかったって。お父さんの趣味を笑いながら聞きたかったって。
「美鈴さん……」
「わたしは、もう会えなくなって後悔した。くだらない話も、怒った声も、優しくしてくれた気持ちも。だんだん忘れていくんだよ。わたしはもうどんな声だったか。顔のほくろがどこにあったとか。もう覚えてないんですよ」
人の記憶は、何故か楽しい思い出から抜けていく。
だんだん抜けていって、残ったものが過去になって、風化して。思い出せなくなる。
抱いていた感情しか、思い出せなくなる。
まゆさんとその両親が、怒りを抱いたまま思い出せなくなるのは、嫌だ。
「少なくとも、わたしはまゆさんにそんな目に遭ってほしくない。まだ話せる内に、話してほしいんです。まだ、間に合いますよね?」
わたしはまゆさんのお母様に顔を向ける。
申し訳無さそうな顔をしていた。自分がどんなにバカなことをしていたのか。
娘の気持ちを分かってやれなかったことに、反省していた。
「まゆ。…………ごめんなさい」
「お母さん……」
「このことはお父さんとも話させて。後で、必ず連絡するから」
わたしに頭を下げる。
頭を上げてから、かつ、かつ。と地面を鳴らしながら、お母様は住宅街の中に消えていった。
……なんとか、なった?
「…………ふあぁああああああああああああああああ」
その瞬間、急に足の力が抜けて地面に尻餅をついてしまった。痛い。
あ、あはは……。やった。なんとかなったんだ!
「あはは! あははははは!! ははは!!! やったーーーーー!!!!!」
「や、やったねー、美鈴ちゃん、まゆちゃん!」
「う、うん……」
つ、疲れた。
あんな激昂してるまゆさんを見たのも初めてだったし、台本と違うことを言ってたからびっくりしたよ、もう!!
「……美鈴さん、さっきの話って」
「ん? あー」
それまであった達成感と同じぐらいのテンションで、わたしはこう言った。
「いつか話すから! ぜったい!!」
もう隠せないもん。
わたしのお母さんだって感づいてるし、いつまでも尊花さんをごまかせるとは思えない。
だからいつか言う。それまでは、しばらくこの暮らしを堪能していたい。
「……うん、分かったよ。…………ありがとう」
「まゆさんだから、こう言ったんです!」
「もし私だったら?」
「尊花さんだったらもっと激しく止めます!」
「えへへ~」
兎にも角にも。なんとか話し合いの舞台まで持っていけそうで何よりだ。
さて、と。そろそろ帰らなきゃなぁ。
よいしょ、っと。
「…………?」
足にうまく力が入らない。
チカラいっぱい身体を動かそうとしてるのに、何故か自分の体がピクリとも動かない。
あ、これ……。
「どうしたの美鈴ちゃん?」
「あ、あはは……。腰抜けて動けません」
最後にこれだから、わたしはずっとずっと情けない女なんだぁ!!
予想以上に毒親になりました。
5章はもうちょっと続くんじゃよ




