第66話:悲しませたくない想い。素直な気持ち
この相沢美鈴、一生の恥!!!!!!!!!!!
あ、一生って言っても、多分これからも数か月おきに何度も口にすると思うんですけどね?
でもさぁ、わたしはやってはいけないことをしてしまったって肌で感じるんですよ。
ちょっとくちゃいお洋服を手洗いしながら、わたしは賢者の領域に至っていた。
なに? って。そりゃぁ……。
「推しを悲しませるとか、ありえない……」
尊花さんのあのムリした笑い方も。
まゆさんの泣き顔も。全部が全部わたしのせいで。
わたしがトラウマ抱えて、引きこもったせいでみんなに迷惑かけて。
悲しませてしまって……っ!!!!
「ありえない!!!!!!!!!」
「美鈴ちゃん、お静かに」
「あ、はいぃ……」
後ろで引きつった笑顔の怒り顔を鏡越しで見て、泣きながら服を洗う。
というか、お母さん(職業服飾系)の衣装へのこだわりが尋常じゃない。
とりあえず汚れたんだから、洗濯機にぶち込めばいいでしょ精神でいたら、今みたいな顔のお母さんが現れて、汚れた衣服の手洗いをさせられているわけだ。
わたしが引きこもったときは何も言わなかったのに、どうして服になるとこんなにも強気に出れるんだろうか。
強く出すぎて、むしろ怖すぎます。漏らしますよ、母親の前で。
まぁ、それが母としての形なのかもしれない。前世のお母さんも基本は不干渉だったけど、琴線に触れてしまったら一日中怒られてた記憶があるもん。
じゃぶじゃぶしながら、わたしは物思いにふける。
このままじゃ尊花さんに誤解されたままだと思う。
なんとかして謝らないと。電話とかメールとかで。
でもメールは不誠実だし、電話は……。気まずい。
だって!! 推しを悲しませた手前、というより友だちに告白された後で、悲しませてごめんなさいって言うのは、わたしにはできないと言いますか……。
そもそもわたしは恋愛対象として尊花さんを見てなかったわけでして。
「好きです」って言われて、なんの変化もなく会話できるか、なんて……、ぶっちゃけムリ。
「ムーーーーーーリーーーーーーーーーー!!!!」
「美鈴ちゃん?」
「はいぃいいいいいい!!!!」
でももう取れたくない?
匂いとか、すぅー……。うん、洗剤の匂いしかしない。
「こ、こんな感じでいかがでしょうか……」
「……うん。大丈夫ですよ。あとはわたしがやっておくから」
「ありがとうございました!!!!」
「なんか腰低くないかしら?」
「だ、だって……」
怖いものは怖いんだもん。
まゆさんが怒られるのが苦手だという設定がよくわかる。
わたしだって怒られるの得意じゃないし。
陰キャなんてみんなそうだと思う。いい子にしてた子は特にそうだ。
まゆさんの気持ちもわかる。一日中。それこそ毎時間毎分そんな怒声を聞いていたら、いつか精神がどうかしてしまう。
だから彼女はすごいんだ。そんな彼女を泣かせたわたしは、なかなかに罪では?
「お、お待たせしました……」
「遅いよー。尊花さん、もう寝ちゃうかもだよ?」
洗い終わったら、今度は推しへの謝罪が待ってるわけでして。
やたらかわいいもこもこのルームウェアを着ているまゆさん。え、かわよ。
それ初めて見たけど、めちゃめちゃゆめかわだ……。何それ。女神の降臨ですか???
って、そんなことも分からなかったぐらいには、今日は余裕がなかったんだなぁ。
「ふあぁ……。ですね。起きてると、いいんですけど……」
時間はいつの間にか深夜の1時を過ぎていた。
起きてるかな。尊花さんって優等生だし、やっぱり寝る時間も早いと思うんですよ。
だ、だから、その。明日にしてもいいような……。
「や、やっぱり明日にしません? 明日頑張りますから!」
「ダーメ! いま言わなきゃ!」
くっ、このいい子め!
YESマンじゃないだけ、実は元々悪い子では?
いやまぁ。……そうやって先延ばしにしても、より言いづらくなるからまゆさんの言うことが正しいのですが。
テーブルの上のスマホとにらめっこ。
うぅ、手に取っても緊張しかないというか、つらみ……。
「…………うぅうううあああああああああ!!!」
「大丈夫だよ」
どきっ、と手に何かが触れる。
それはまゆさんの真っ白で柔らかい気遣いだった。
あぁ、やっぱり。まゆさんって優しいな。こんなわたしに手を差し伸べてくれるんだから。
わたしも、頑張んなきゃ……。
「……見ていてください」
「うん」
連絡先を開いて、震える指先で通話のボタンを押す。
コール。コール。コール。
4回目のコール音とともに、その受話器が開いた。
「も、もしもし……」
「美鈴ちゃん……! だ、大丈夫だった?」
「はい。すみません、心配させてしまって」
「ううん、謝るのはこっちの方だよ……」
電話越しに話す声はいつもよりもしっとりとしていて、元気がなかった。
違う。こういうことを言いたいんじゃない。
わたしは、尊花さんに知っておいてほしいことを言わなきゃいけないんだ。
「尊花さん。わたし、聞いてほしいことがあるんです。夜遅いですが、聞いてくれますか?」
「……うん、美鈴ちゃんの話ならいつでも聞きたい!」
「ありがとうございます。それでは――」
わたしは事のあらましを洗いざらい全部吐き出した。
過去にあったことから、今、恋愛嫌いの理由など。全部、ぜんぶ。
一通り話して、ちゃんと伝わっただろうか。
「……その男の子」
「は、はい……」
「ダメ男だよ! こんなにかわいい美鈴ちゃんを雑に振るなんて!! それに女の子の友だちだって何にも分かってない! 美鈴ちゃんは全然悪くないよ!!」
ダ、ダメ男って。まゆさんも同じことは言ってたけど、ここまでばっさり切るような相手だったかなぁ。
もうちょっと優しくて、ドジで。がさつだと思ったことはあるけど、接してて楽しいのは間違いなかったというか、どうなんだろう。
「だ、だから。その……、尊花さんの告白は正直困惑しました。今まで尊花さんのことを、そういう目で見てこなかったので」
「……うん」
「でも……」
自分が恋愛に向いているとかいないとか。そういうのはさておく。
あの時、本当にあの時。一番最初に感じたもの。それを伝えなきゃいけないんだ。
悲しくなった気持ちもあった。でもその前に浮かび上がった、大切な。素直な気持ち。
「わたし、ちゃんと嬉しかったです。尊花さんが好きって言ってくれて、素直に嬉しかったです!」
単純に人に好かれるってこと自体、嬉しいものなんだ。
その気持ちを伝えずに落ち込むなんて、推しじゃなくても失礼極まりない。
「まだ気持ちに整理はついてないですけど、絶対に答えは出します。それまで、待っていてほしいです」
「うん。……うんっ! よかったぁ……!」
「え?」
「ちゃんと、嬉しかったんだね!」
「……っ! はい!」
心の底から安心した声に、ほっとした。
多分だけど、断る断らないに限らず、出した答えに尊花さんは満足してくれそうな気がして。
ちゃんと悩む。悩んで、苦しんで。それで絶対に答えは出す。
それが推しに対して。ううん。わたしを好いてくれた人へのお礼だから。
「ふあぁ……。もう寝よっか?」
「ふあい! ……あ」
「ふふ、あくび!」
「尊花さんのが移ったんです!」
「あはは! ……待ってるね」
「はい!」
電話を切って。まゆさんの顔を見る。
わたしは満面の笑みで、ピースをしてみせた。
「ちゃんと言えました!」
そう言って。
ハッピーエンドです(残り2章分ある予定)




