第65話:きっと、誰かに言ってほしかったコトノハ
カチ。カチ。カチ……。
静寂が包み込む世界に時を刻む針と、わたしの鼓動だけが響いている気がした。
違う。鼓動がはっきりしているぐらいに緊張しているんだ。
自分のことを晒す、ってことをしたくなかった。
だってそうじゃん。わたしの失恋話なんて誰が聞きたいっていうんだよ。
でも、まゆさんはそれを求めている。
わたしが恋愛嫌いの理由を聞き出そうとしている。
まゆさんはわたしに手を差し伸べているんだ。
どうしてか。ほっておけないから。そんな尊花さんみたいな理由で言われても安っぽいというか。
いや、尊花さんが安っぽいというわけではない。
なんというか……。陽キャのそういう軽いノリが、辛いだけだ。
これはわたしの問題で、わたしが自分の中で溶かしきらなきゃイケない過去で……。
反面、わたしのことを知ってほしいって気持ちが、強く出てしまっている。
甘えたい。人の好意に。ほっておけないことを利用して、洗いざらい全部喋っていしまいたい。
わたしは、弱い人間だ。
カミサマの気まぐれで恋愛をしてハッピーエンドを迎えろって、意味のわからないことを言われてしまうただのおもちゃだ。
おもちゃは壊れたらどうなるんだろう。多分捨てられる。カミサマに、尊花さんに、まゆさんに……。
嫌だなぁ。嫌われたら……。
扉の向こう側にはまゆさんがいる。
待ってくれている。わたしが打ち明けてくれることを。
ただの無機質な扉を撫でる。わずかな鼓動と暖かさを感じた。
ダメだなぁ、わたし。
これでも人生経験は上のはずなのに……。
「…………わたし、昔男の子にこっぴどく振られたんです」
仲がよかった男の子に告白して、友だちの方がいいって言われて。
それから仲のよかった女の子にも裏切られて。
気づけば4+1年引きこもっていたことになる。
なんて無意味な人生だったんだろう。たった少し、歯車がおかしかっただけなんだ。
過去をやり直せるなら、わたしは女の子の恋を応援して、わたしの気持ちはそっと胸の奥深くに沈めて。
こんな気持ち言わなければよかったんだ。言わなければ、なかったことになるんだ。って言い聞かせて。
そのまま仮初の笑顔を向けるんだ。そうして。そうし、て……。
「そうして、人の気持ちが分からなくなっていったんです」
みんなの考えていることが全部分かれば、こんなことにはならなかったのに。
人の気持ちが分かれば、もっと正しく、もっとうまく人生ができたのに。
「そう考えだしたら、もう何もかも嫌になったんです。人と関わらなければ、関係が生まれるきっかけもない。だから、傷つけなくてもいい。自分が傷つかなくてもいい、って」
どこまでも身勝手で、どこまでもワガママで。
まゆさんに悪い子になってほしいって願ったのは、きっとわたしのようなことになってほしくなかったからだ。
まゆさんには笑顔でいてほしい。かわいらしく笑って、みんなに幸せを振りまいて、わたしは後ろでふんぞり返るんだ。
あの子はわたしの推しなんだぞ、って……。
「……まゆ、さん?」
ドアの向こう側ですすり泣く音が聞こえる。
流石に気になって鍵がかかっていたドアをそっと開けて、向こう側を確認した。
まゆさんが、めちゃめちゃ泣いてた。
「え、まゆさん?!!」
「ずびっ……! うぅ……」
そ、そんなに泣ける話でした?
内容を3行で説明すると、情けない女が、叶わない理想を抱いて、引きこもったってレベルなんですけど……。
「だ、だってぇ……」
「あわわ……! と、とりあえずティッシュ!!」
ついさっきまで深刻そうな顔で引きこもっていたわたしと、それをどうにかやめさせようとするまゆさんの関係が逆転していた。
なぁああああんで、わたしのシリアスってこんなに続かないのさーーーーーー!!!!!
鼻声でずびずびしているまゆさんにティッシュボックスを渡す。
なんだろう。この緊張感のなさは。
いま割と面倒くさい女ムーブしてた自信ありますけど。
「……っ! 美鈴さんは全然、これっぽっちも悪くないだもん!」
「いやいや。……いやいやいやいや!!! わたしが10割悪くないですか?!」
「そんなことないもん! 100%こっぴどく振った男の子と、女の子が悪いもん!!」
え、えぇ……。そ、そうかなぁ。
今でも個人的には友だちだと思ってるんだけど、思ったよりもバッサリ切り捨てて流石に2人に同情する。
いや、でも。そんなに悪いかなぁ……。
「確かに、美鈴さんは人の好意に対してとてつもなく鈍感だけど!」
「え?!」
「美鈴さんはこんなにも魅力的な女の子で、友だちとしてもいっぱい、いっぱい良くしてくれる子を雑に振るなんてありえない!!」
……。泣き崩れながら、そんなことを口走るまゆさんが意外っていうか、そこまで人のことを悪く言う彼女が珍しかった。
でも。不思議と、胸の奥底にすとーんと、落ちてくる納得を感じた。
同時にこんなにもかばってくれる、素敵な友だちに感謝がしたくなった。
――本当は、きっと誰かにそう言ってほしかったんだ。
同情とか、慰めでもいい。
あんな男、わたしには不釣り合いだって。
『佐山奈緒』を肯定してくれるコトノハが、欲しかったんだ。
情けないなぁ、わたし。
ただの同情なのに。友だちとしてかばってくれてるはずなのに。
どうして、こんなにも嬉しいんだろう。
「……っ!! そんなことないです、よっ! わたしは。わたしは……!」
「美鈴さんはいっぱい幸せになっていい子だよ! まゆさんと一緒に悪い子になろう?」
「それは、ずるいですよ……っ!!」
まゆさんを背中から抱きしめるように、わたしも泣き崩れた。
こんなわたしでもいい、と。
違う。こんなわたしがいい、と。
肯定してくれたことが嬉しくて、他人任せな自分が情けなくて。
「……ぅ、ありがとう」
「うん!」
泣き声と泣き顔と。
それからたくさんの感謝をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、わたしたちはしばらく泣き合った。




