第63話:告白の痕。後悔の過去
「おかえりー、美鈴さん!」
「……うん」
あの後、なんとか帰宅するはできた。
帰宅自体はできたけど、もう気力はボロボロだったし、頭の中は霧が深まったように朦朧としていた。
尊花さんに告白された。
その事実だけで、わたしの心を壊すのは十分だった。
わたしは友だちとして一緒にいたかった。恋だの、愛だの。そんなものが無縁な人生を送るんだって。少なくとも自分にはいらないものだと思ってたのに。
「どうして……」
「美鈴さん?」
そもそもなんでわたしなんかのことを好きになったの?
わたしはいつも後ろで引きこもっているような、情けなくてダメな子だし、過去をずっと引きずっているような女だ。
それも恋愛なんてものが大嫌いで……。
『好きです。付き合ってください!』
昔は、真っ直ぐな気持ちはちゃんと伝わると思っていた。
想い合っていれば、相手が好きじゃなくても、その気持ちは受け止めてくれるって、信じていた。
――でも、現実はそうならなかった。
『佐山……。ごめんな、お前は友だちぐらいの距離感でいいや』
「うっ……!!」
「美鈴さん?!」
拒絶された。好きだと思った気持ちも、距離感も。
『佐山の気持ちはありがたいんだけど、お前じゃそういう気持ちにはならないわ』
トイレに飛び込んだ後、自分の中にあったもやもやをすべて口から吐き出した。
お昼に食べたものも、尊花さんの気持ちも、過去の痛みも。
「はぁ……はぁ……」
吐き出したことによる倦怠感と疲労感と。
それから口の中の酸っぱさがやけに強く感じた。
どうして、なんですか。どうして、わたしのことなんか……。
気持ち自体はちゃんと嬉しい、と思う。
嬉しいはずなのに、過去の自分がそれを妨げる。
『振られて、ざまあみろ! もう近づかないでね!』
わたしは振りたくない。尊花さんとの関係を壊さない。壊したくない!
でも振り切れない。過去の幻影がずっとわたしの後ろを憑いてくる。
あの男の子が。女の子が、ずっと後ろにいる。
お前は幸せにはなれない。だって……。
「友だちの、ままで……」
傷つきたくない。傷つけたくない。
わたしは。わたしは……っ!
『尊花さんの気持ちはありがたいんですけど、あなたじゃそういう気持ちにはなれないんです。ごめんなさい』
「うぅっ!!!」
わたしはそんなこと言ってない。言ったことも、考えたこともない。
尊花さんはわたしの推しで。友だちで、推し友で。
だから好きとかそういうのじゃなくて……。
許してください。わたしは尊花さんの期待に答えられないかもしれない。
誰が相手でもない。わたしは、わたしという存在を絡めた恋愛ができないから。
「……美鈴さん、大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
トイレの蛇口をひねって、吐き出したものを全部水に流す。
今日はちゃんと決めてきたのに、服に匂いが移ったら嫌だなぁ。
「……ご飯、食べた? なにか悪いものでも――」
「大丈夫です。ちょっと部屋で一人にさせてください」
あーあ。まゆさんの貴重な気遣いを全部無駄にして。
やっぱり、恋愛は嫌いだ。考える脳の思考領域も増えるし、余計なストレスで周りにも当たり散らしちゃう。
それで人に迷惑をかける。
だから、わたしは一人っきりでいい。
また引きこもろう。もう、いいや。
◇
暗い部屋に戻ってクーラーを点ける。
まとわりつくヘドロみたいな湿気からおさらばして、涼しい風を受け止める。
気持ちいい。この風を一生受け止めていたい。人に迷惑をかける事なく、ずっと……。
しばらく涼んでから、気持ちにやや余裕が生まれる。
どうして、尊花さんはわたしなんかに告白したんだろう。
ずっと前から好きだったとは言ってたけど、いつから?
こんなわたしを何故好きになったのか、分からない。
彼女とのことを振り返っても、わたしに友だちとしての好意を抱いてもらってるのは分かっていた。
もちろんわたしも彼女のことが好きだし、それ以上に推しとしても尊敬している。
でも、そんな人が。他でもない尊花さんが、わたしのことを好きっていうのは違う気がして。
「はぁ……」
こういうの、推しは好きだけど、推しが自分のことを好いてくれるのは解釈違い、ってやつなんだろうな。
わたしだって尊花さんに好きって言われるとは思ってなかったし。
それに、わたしは『相沢美鈴』であり、『佐山奈緒』だ。
だから分かんない。『わたし』のことが好きなのか、それとも『美鈴』が好きなのか。
もう寝よう。寝て、何もかも殻に閉じこもる。
それでみんなに迷惑をかけずに済むんだから……。
その時だった。
扉越しに2回ノックの音が虚空に響く。
「美鈴、さん……。少しいいですか?」
慌てて鍵を閉めた。
まゆさんでさえも、今日は話したくなかったから。
「ほっといてください……」
鬱々と過去の後悔に苛まれた拒絶は、静かに絆の橋にヒビを入れた。




