第62話:負けたくない想い。身勝手な気持ち
ここからが山場です。
シリアス注意報
かれこれ何分経っただろうか。
わたしにとってはもう24時間ぐらい経過している気分なんだけど?!
で、でも。この甘えたがりの子供みたいにすり寄ってるかわいい尊花さんを置いてはいけない。
というか、わたしもこの状況、天国にいるみたいですし。
「疲れましたねぇ」
「うん……」
「楽しかったですか?」
「うん……」
……会話が、続かない。
ぴったりとくっついてから動こうとしないし、返事もだいぶ生返事だし。
どうした市川尊花。弱ってるところを初めて見るから、めちゃめちゃ困惑してます。
なんて声かければいいんだろう……。
「ねぇ。美鈴ちゃんは、この後まゆちゃんの待つ家に帰るんだよね?」
「は、はい。そのとおりですけど……」
「むぅ……」
今度はもっとスリスリしてきた。
な、なにこの生き物?! 超絶カワイイがすぎる!! 反省してほしい!!!!
で、でもなんでこんなにも甘えてるんだろう。露骨に様子がおかしい。
ちょっと触れるのは怖いけど、このまま帰れなくなるよりはマシ、かな。
「ど、どうしたんですか? いつもの尊花さんらしくない」
「いつも通りだよ。美鈴ちゃんが知らないだけ」
「そ、そうですか?」
わたしの知ってる尊花さんは、真面目で優等生で。それから笑顔のカワイイ女の子で……。
こんなにも甘えたがりで、少し寂しそうな声を上げてる尊花さんを、わたしは知らない。
「うん。美鈴ちゃんが知らない私、いっぱいいるよ?」
そ、そんな上目遣いで潤んだ瞳をされてもぉおおおおお!!!!
くっ殺せ! いや死んでしまう!!! もう何度か死んでる気さえするけど、さらなる死を迎えてしまう!!!
「私、まゆちゃんに嫉妬してるの。夏休みの間、ずーーーーーーっと一緒にいられるんだから……」
えっ、それって……。
嫉妬? いや、でもまゆさんはわたしを頼って家出してきたわけで。
尊花さん、わたしのことをどう思ってるの?
お、推し友、だよね……?
「私だってホントは美鈴ちゃんと一緒に住みたいし、ひとつ屋根の下にいられたら、それだけで嬉しいもん。でも私の家族に心配かけられないし……」
様子がおかしい。
というか、まるで何かを押し殺しているみたいな。
『お前は友だちぐらいの距離感でいいや』
あの呪詛が脳内に響く。
ダメだ。ダメ。それ以上先には行ってはイケない。
尊花さんのためにも、わたしのためにも、絶対に……。
でも、気になる。
聞けば絶対に後悔する。心臓が嫌な予感を全身に運ぶ。
怖い。怖い。嫌だ。嫌だ。
わたしはまた友だちを失ってしまう。関係を失ってしまう。
でも、口にしてしまった。
「どう、して……?」
何か、期待を込めた予感が尊花さんの心に集まる気がした。
口にすれば、それは止まらない。どうしてわたしにこだわるのかが分からない。
ずっと前からそうだった。
入学したとき、以前から知っていたからとは言え、桜の樹の下で声をかけるだろうか。
どうしてこんなにも過保護にしているのだろうか。
気になることはずっとあった。そして、尊花さんが言い淀んでいる先に答えがある。
絡まっていた腕が離れる。
今までの様子が嘘だったかのように、ゆっくりとわたしの方に身体を向ける。
彼女は、わたしに手を添えてこう言った。
「夏休み前に美鈴ちゃんの恋愛をどうでもよくない、って言ったでしょ?」
「は、はい……」
「あれはね。……私の身勝手な気持ちなの。美鈴ちゃんにはちゃんと幸せになってほしい」
だからって、今の態度はまるで……。
「……でも。私は、昔から抱いていた自分の気持ちも捨てられない」
その想いを隠すことなく。
真摯に、真っ直ぐに。怖がっているわたしの顔を見て……。
――この世で最も尊い言葉を紡いだ。
「好きなの、美鈴ちゃんが。ずっと、前から」
思考が、停止した。
その言葉は、わたしにとっては呪いの言葉だから。
尊花さんの顔を、見れなくなってしまった。わたしに、誰かを幸せにすることなんて、できないから。
「み、美鈴ちゃん……?」
「…………ぇ。あ、はい」
「……返事は今日じゃなくてもいいよ。だから、…………ごめんね」
「あっ……」
呪術師はわたしの手を離して、その場を去っていく。
そんなに、酷い顔してたんだ。これじゃあまるで、あの時と真逆のパターンで。
尊花さんに酷いことをしてしまった。
勇気を出してもらった告白を、わたしのせいで無下にしてしまったんだから。
「こんなはずじゃなかった……」
わたしは友だちと一緒に遊んで、笑って。それからたまに喧嘩してもすぐ仲直りできるような、長続きするような関係が欲しかった。
恋とは、わたしにとっては呪いそのもの。関係を破壊して、失う。
尊花さんがどうしてこんなにも、わたしにこだわるかは分かった。
でも。こんなことなら……。
「知らなきゃ、よかった」
ベンチから立ち上がって、もたもたと足を引きずりながら歩き始める。
もう、未来は真っ暗だった。




